闇の魔石を探します 4

 コードウェルは曇り空でしたが、オーデン侯爵領が近づくにつれて青空が広がります。

 顔に当たる風も、少しだけ温かくなってきました。

 オーデン侯爵領は、あまり雪が積もっていませんね。山のあたりは白いですが、民家のあるあたりはほとんど雪がありません。


 鳥車では小さな窓から下を眺めるだけでしたが、グレアム様が抱えて飛んでくださっているので、ぐるりとあたり一面見渡すことができます。

 高いところを飛んでいますので、何もかもが小さく見えて面白いです。


「怖くないか?」


 グレアム様が時折こうして訊ねられますが、怖くありません。だって、グレアム様の腕の中ですもの。

 きっと、わたくしにとってグレアム様の腕の中は、世界で一番安心する場所なのです。

 もちろん、まだドキドキもしますけど、それとこれとは別なのですよ。


 じっと下を見ていますと、見えてきた森からひときわ強い魔力を感じられました。

 風、火、土、水、光、闇。六属性すべての魔力が感じられます。ということは、闇の魔石もきっと存在しているはずです。

 闇の魔石を探しに行くとグレアム様がおっしゃった日から、わたくし、よりお役に立てるように魔力感知の腕を磨いてきたのです。

 今では、離れた場所であっても、きちんと属性まで当てることができますよ!


「降りるぞ。ふわっとするからな」


 グレアム様が忠告くださったので、内臓がふわっとする感覚に備えてグレアム様にしがみつきます。

 グレアム様がちょっとだけ体を強張らせましたので、きっとグレアム様もふわっとするのでしょうね。わたくしと一緒です。


 ハクラの森に降り立ちますと、グレアム様が地上に下してくれました。

 木々が鬱蒼と茂っておりますので、薄暗いです。そのせいでしょうか、森の香りと言いますか、木の香り? が濃い気がするのです。

 生い茂る木々の間を縫って、日差しが細い線のように差し込んでいます。


「薄暗くて見えにくいだろうからな」


 グレアム様が手をつないでくださいました。

 薄暗くて、雪が薄く積もっているため滑りやすいので、手をつないでゆっくり歩くのです。


「あちこちからたくさんの魔力を感じますね」

「確かに魔力は感じるが……もしかして、どこにどの魔力があるのか場所までわかるのか?」


 わたくしが首を巡らせながら言いますと、グレアム様が目を丸くしました。


「はい、いっぱい練習しましたから! ええっと、あ、こっちです。こっちに風の魔力を感じます」


 グレアム様の手を引いて、木々の間を縫って少し歩きます。

 グレアム様は目をぱちくりなさいましたけれど、少し歩いていくとわたくしと同じものを感じ取ったのでしょう。表情が変わりました。


「魔物じゃないな。魔石だ」

「はい。魔石の気配です」


 魔物から出る魔力と、魔石の魔力はちょっと違うのです。生命力とでも表現すればいいのでしょか。魔物から感じる魔力は少しばかり雑多な感じがします。けれど魔石に込められた魔力は、とても純粋なのです。

 その純粋な風の魔力を感じるということは、まだ魔石になって間もないものに違いありません。なぜなら時間が経つにつれて魔石の魔力はからっぽになっていき、魔力が感じ取りにくくなるからです。


 ロックさんも「よくこの距離で気づきますね」と驚きつつついてきます。ロックさんにも感じ取れるようになってきたようです。


「このあたりです」

「ああ、確かにな。少し掘ってみるか」


 グレアム様が土魔法であたりを軽く掘り返します。すると、ころんとティーカップサイズの魔石が転がりました。


「なかなかでかいな……」

「はい、大きいです!」


 グレアム様が風の魔石を拾い上げて、わたくしに渡そうとして手を止めました。


「……こんなのを入れていたら重たいな。ロック、持っていてくれ」


 わたくしの腰には革袋がありますが、重たいものを持っていると歩くのに疲れるだろうからと、グレアム様がロックさんに渡しました。

 バスケットを抱えているロックさんは肩をすくめて、バスケットとは別に持っていた袋に魔石を入れます。


「アレクシアのおかげで、魔石がたくさん採れそうだ」


 グレアム様が褒めてくださいますが、わたくし、わかっておりますよ。今日の目的は闇の魔石なのです。

 闇の魔石はとても貴重ですので、あまり数はないはずです。

 上空から見ていた時に闇の魔力は感じられましたので、あることはわかっています。


 ……ほかの魔石を見つけてもグレアム様は喜んでくださいますが、狙うは闇の魔石です!


 魔術具研究が大好きなグレアム様は、魔石が手に入れば手に入るほどお喜びですので、もちろん見つけたものはすべて報告しますが、肝心のものが見つけられなくては意味がないのです。


 ……闇の魔石を見つけて、グレアム様とお揃いの指輪を作るんですから!


 グレアム様と手をつないで、道らしい道のない森の中を奥へ奥へと進んでいきます。

 と……。


「あ」


 わたくしはふと足を止めました。


「どうした?」

「こっちにたくさんあります。いろいろな属性の魔石です。……魔物もいましたが、グレアム様の魔力を感じ取ったのでしょうか、いなくなりましたから、今がチャンスです」

「は?」

「こっちです!」


 すごいです。すごくたくさんあります。風、火、土、水の四属性は当然ながら、光と闇の魔石の気配も感じますよ。大当たりな気配です‼


「おい!」

「闇の魔石があります! 光も!」

「何⁉」


 グレアム様の顔色が変わりました。


「俺には感じられないが……」

「少し距離があります。ちょっと歩きますが、間違いないです」

「よし!」


 グレアム様がわたくしをひょいと抱え上げました。


「今魔物がいないなら急ぐしかない。ロック、走るぞ!」

「御意!」

「アレクシアは方向だけ教えてくれればいい。その場所の方を指さしてくれ」

「はい!」


 すごい、早いです!

 足場の悪い森の中を、グレアム様がすごいスピードで駆け抜けます。

 風魔術の気配がするので、魔術を使って速度を上げているようです。

 わたくしが指さす方向へ向かって駆け抜けたグレアム様は、ぽっかりと開けた場所に出たところで足を止めました。

 そう、ここです!


「ここは……」


 グレアム様が上を見上げて少し呆けた顔をします。

 コードウェルの裏庭と同じくらいの広さでしょう。ここだけ木々がなくて、燦々と太陽光が降り注いでいます。

 足元にはくるぶしほどまでの草が生い茂っていて、奥に一本、わたくしが両手を広げても到底届かないほどの大木がありました。


「イチイの木だ。これほど太い幹のイチイの木ははじめて見るが……」


 なるほど、細長い葉をたくさんつけているこの木はイチイというそうです。ところどころ赤い実も残っていて、巨木ですがなんだか愛らしい感じがします。


「それにしても……」


 太陽光が降り注ぐからでしょう。この開けた場所には雪はありませんでした。

 グレアム様は周囲を見渡して、感嘆の声を上げます。


「こんなに魔石が転がっているなんて……」

「魔石だけじゃなくて魔物の死体もありますがね」


 ロックさんが苦笑します。

 たしかに、端っこのあたりに魔物の死体のようなものがありました。魔物は不思議と、腐らないのです。時間が経つごとにだんだんと溶けるようにその輪郭が崩れていき、皮と骨と肉が細かい粒子のようになって、最後に血が凝固して魔石になるのだと聞きます。


 そのため、腐敗臭はいっさいしません。

 魔物の皮は毛皮としても利用できるものがあるそうなのですが、利用する場合は粒子になって消える前に魔術で保護し、消えないようにしなければならないのです。


「ここは魔物の墓場なのかもな。野生のイチイの巨木のそばに、魔物の墓があるのは聞いたことがあるんだ。己の死を察した魔物が集まる場所だと。だが、実際に見たのははじめてだ」

「このあたりは人が足を踏み入れませんからね。……奥へ行くほど、魔物は強くなりますから。正直、旦那様がいなければ、私も足を踏み入れたくないですよ」


 強い魔力を感じるとは思っていましたが、ハクラの森には強大な魔物が住み着いているそうです。

 ただ、グレアム様の魔力の方がお強いですからね。魔物は自分より強いものを避ける傾向にあるので、グレアム様が一緒だとみんな逃げていくのです。


 それにしても、壮観です。

 草に埋もれるようにして、たくさんの魔石が転がっているのです。

 魔力を失って輝きが消え、ただの石のようになったものもたくさんあります。

 もちろん本当にただの石もあるので、魔石かただの石かはよく注意しながら確かめなければなりませんが。


「十日かけるつもりだったが、不要そうだ」

「……ここにある魔石を取りつくす気満々ですね」

「当たり前だ! どうせこんなところまでは誰も来ないんだ。回収して帰って何が悪い」


 グレアム様の瞳が、爛々と輝いています。

 魔術具研究が大好きなグレアム様にとって、魔石であふれかえっているこの場所は、どんな金銀財宝よりも価値がある場所でしょう。


「袋だけでは入りきらん。ロック、さっさとそのバスケットの中身を食べて、それに入るだけ詰めるぞ」


 お昼にはまだ早いのですが、持っている革袋だけではこれだけの魔石は入りきりませんので仕方ありませんよね!

 まだあまりお腹はすいておりませんが、わたくしももちろん食べられるだけがんばりますよ。


 ロックさんがバスケットを開けて、中に入っていたサンドイッチを手渡してくださいます。

 グレアム様は黙々と無言でサンドイッチを口に押し込みはじめました。

 ロックさんもです。

 わたくしも負けじとサンドイッチを頬張ります。

 わたくしががんばって三つのサンドイッチを胃に押し込んでいる間に、グレアム様とロックさんが残りのサンドイッチを食べつくしました。

 そして、グレアム様が腕まくりをなさいます。


「闇も光の魔石も、いくつもありそうだ」


 ぺろり、とグレアム様が唇をなめました。

 なんだかそのしぐさがとても色っぽくて、わたくしはちょっと赤くなってしまいます。


 ……グレアム様はとても顔立ちが整っていらっしゃるので、そういう仕草がとても様になるのです。


「手伝え、ロック!」

「わかりました。とりあえず属性は気にせず、魔石を回収します」

「ああ!」


 ロックさんが空っぽになったバスケットを片手に、転がっている魔石を集めて回ります。

 グレアム様も拾った魔石を次々と革袋につめはじめました。


 ……わたくしも、頑張ります!


 わたくしはグレアム様やロックさんのように素早く動けませんので、目的の闇の魔石を探すことにいたしました。


 あ! ありましたよ!


 タッとわたくしが駆けだしますと、グレアム様が慌ててついてきます。


「こら、危ないから走るな」


 ここは雪がありませんから、滑って転んだりしませんのにね?

 走るなと言われましたので速足に切り替えて、闇の魔力がした場所へ向かいます。


「グレアム様! 闇の魔石です! 大きいです! ……えっと、持てません」


 わたくしは見つけた魔石を抱え持とうとしましたが、無理でした。

 駆け寄ってきたグレアム様が、わたくしの足元にある魔石を見てギョッとします。


「……おいおい」


 この魔石は魔石化して時間が経っていたのでしょう。それほど魔力は残っていませんでした。ただ、とても大きいので、多少なりとも残滓があったのでしょう。だから感じ取れたようです。


 闇の魔石はもともと黒色をしているのですが、さらに魔力がなくなり輝きが失われますと、もう、見た目だけでは普通の石と何ら変わらなくて、パッと見ただけではわかりません。

 この魔石はとても大きいのですが、逆に大きすぎて、普通はこのサイズの魔石はありませんから、グレアム様も気づかなかった様子。


「おい、まさかと思うが……これはトロールの魔石じゃないか?」

「トロールですって⁉ ここ、トロールも生息しているんですか⁉」


 トロールというのが何かわからなかったので首を傾げていますと、グレアム様が巨大な魔物だと教えてくださいました。

 闇属性の魔物で、縄張りを持ち、数がとても少ないので滅多にお目にかからない魔物だそうです。

 成長し、大きさが最大になると、身長は五メートルを超えるのだとか。

 グレアム様もトロールを見たことはないらしく、書物で呼んだ知識しか持っていないので、詳細までは知らないそうです。


「ロック、これ持って飛べるか?」

「無茶言わないでください。さすがにこの大きさは無理ですって」


 ロックさんも、抱え持つことはできますが、持って飛ぶには重すぎるとおっしゃいます。


「だが、せっかく見つけたのに……」

「いや、そういいましても……」

「ロック」

「……わ、わかりましたよ。いったんコードウェルに戻って、残っている諜報隊を集めてきます。布にくるんで数名で運べば運べるでしょう」


 グレアム様のじっとりとした視線で、ロックさんが折れました。

 グレアム様なら抱えて飛べるでしょうが、わたくしを運ぶせいで両手がふさがりますからね。


「ついでに集めた魔石を置いてきます」


 ロックさんが鷹の姿になってバスケットを抱え持ち、ばさりと飛び立ちました。

 ロックさんが諜報隊のみなさんを連れて戻ってくるまで、わたくしとグレアム様はさらに魔石を集めて回ります。


「光の魔石も闇の魔石も大量だ。アレクシア! お前は最高だな‼」


 諜報隊のみなさんが来るのであれば持てる量を気にする必要はないと、グレアム様が集めた魔石を山にしていきます。

 すっかりほくほく顔です。

 グレアム様が嬉しいと、わたくしもとても嬉しいです。


 ……これで、指輪も作れますからね!


 わたくしはグレアム様をまねて腕まくりをすると、せっせと魔石集めに精を出しました。



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