コルボーンからの知らせ 1

「これはまた……」


 ハクラの森からわたくしたちが持ち帰った大量の魔石を見て、出迎えたデイヴさんが言葉を失いました。

 そうでしょうね。ちょっと調子に乗って持ち帰りすぎたほどですから。

 グレアム様はとてもご満悦なご様子ですけど。


 えー、わたくしたちが持ち帰った魔石は、お昼御飯が入っていたバスケットと革袋にぎっちりと詰まっておりまして、さらに諜報隊の方々が持ってきてくださった大きな麻袋にもぎゅうぎゅうに詰まっております。

 諜報隊の方々が持てるだけ――そう、何かに挑戦しているのかと問いたくなるほどぎりぎりまでもたせて持ち帰ったのです。


 もちろん、わたくしを抱えたグレアム様も、ご自分で持てるだけ持って帰りました。

 かくいうわたくしも、ベルトに下げた革袋いっぱいに持って帰りまして――はい、結果、コードウェルの玄関前に、わたくしの膝ほどの高さの小山ができるくらいの大量の魔石が手に入りました。


 属性を気にするより魔石を拾う方に熱中しましたので、属性ごとには分けられておりません。

 グレアム様の地下の研究室へ運び込み、グレアム様がこれから選別するのだそうです。


 ……これだけの魔石を選別するのはとても大変だと思うのですが、グレアム様、とっても楽しそうです。


 ちなみにわたくしでは持てないほど巨大な闇の魔石は、さすがに指輪に加工するにはもったいなさすぎるということになりまして、グレアム様の研究室にて使い道を思いつくまで保管されることになりました。他にも闇の魔石はいくつも手に入りましたからまったく問題ございません。


 グレアム様は、魔石が少ないと言われるクウィスロフトで、これほどの魔石が手に入るとは思っていなかったそうで、あの場所は誰にも内緒の自分たちだけの魔石採掘場にするそうです。


 あそこは他領なんですけどね。……いいんでしょうか。

 まあ、もともと人が足を踏み入れていなさそうな場所でしたし、教えたところで強い魔物が生息している森ですから、危険を冒してまでで向かおうとする人は少ないでしょう。

 下手に教えて、危険を顧みずに森へ入る無謀な方々が現れると危険ですから、そういう意味では秘密にしておいた方がいいのかもしれませんね。

 死人が出たりして、グレアム様が逆恨みされたら困りますし。


「これで当分魔石には困らないな。大きな魔石もたくさんある。いい魔術具が作れそうだ。ああ、アレクシア。ほしい魔石はあるか? お前の手柄なんだ。ほしいものがあったら持って行ってくれ」


 グレアム様はそうおっしゃいますが、わたくしには魔石の有効な使い方はわかりません。宝の持ち腐れになると思いますので、すべてグレアム様がお持ちになるのがいいと思います。

 そう言おうとしたのですけど、その前に魔石を物色していたメロディが、親指の先ほどの風の魔石を手に取って瞳を輝かせました。


「奥様、せっかくですから結婚式につけるアクセサリーに加工しましょう。旦那様、手ごろな大きさの魔石をいくつかくださいませ」


 魔石は魔力がこもっていないと光りませんが、魔力さえ籠っていれば、魔石は最高級の宝石よりも美しく輝くのです。風の魔石はエメラルドよりも、火の魔石はルビーよりも、水の魔石はサファイアよりも……といった具合ですね。


 土の魔石は魔力がこもっていると乳白色の中に薄い青い光が見て取れてシラー効果の入っているムーンストーンのようになるので、小さな土の魔石を結婚式の白いドレスに縫い付けたらどうかとメロディが言うのですけど、さすがにそのようなもったいないことはできません。


 ですのに、メロディはハンカチを広げると、せっせと小ぶりの魔石を集めはじめました。

 大ぶりの魔石だと、さすがに重くてアクセサリーには向きませんから――って、そうではありません! メロディ、本当にアクセサリーにするつもりですか⁉


「あ、あの、グレアム様。さすがに魔石をアクセサリーにするのは……」


 魔石はその辺の宝石より高価なのだと伺いました。いけません。そのように惜しげもなく魔石を使ったアクセサリーなど、それこそ女王陛下に献上してもおかしくないレベルのとても高価な代物になってしまうと思います!


「ああ、デイヴ、メロディ、マーシアも、ここにこれだけの魔石があることは内緒だぞ。知られれば少し献上しろと姉上に言われかねん。……特に大きい光の魔石や闇の魔石は取り上げられそうだからな。絶対に言うな」


 趣味が魔術師研究のグレアム様は無類の魔石コレクターだともメロディから伺いました。

 手に入れた魔石を取り上げられるのは、断固として阻止したいようです。


 ……おそらくですけど、グレアム様が保有している魔石の方が、王都のお城の宝物庫にある魔石よりも多くて質がいい気がします。絶対に口にはできませんが。


「兼ねてから光と闇の魔石で魔術具が作ってみたかったんだ。これだけあれば好きに実験できるな」

「……五センチ大の闇の魔石でこの城が買えるくらいの価値があるのに、惜しげもなく実験に使いますか。いえ、わかっておりましたけど……」


 デイヴさんが頭痛をこらえるようにこめかみを押さえました。


 ……というか、五センチ大の闇の魔石でこのお城一つ分の価値があるんですか⁉ え⁉ 五センチ大の闇の魔石って、たぶん十個ぐらいありますよ⁉ もっと大きいのもいくつも……。わあ……。


 考えるのをやめた方がよさそうです。

 全部でどのくらいの価値があるのかを考えると、魂が遠くへ飛んで行ってしまいそうですから。

 というかメロディ。闇の魔石でなくともとても高価なのですから、そんなにハンカチの上に山になるくらいいっぱい取ったら……。そんなに宝飾品に使ったらだめですよ。


「このくらいあればいいですね」


 メロディがたくさん魔石を回収して満足そうです。

 グレアム様は頓着した様子もなく、魔石商を呼んで好きに加工してもらえなんて言ってます。


「奥様。後でどんなデザインのアクセサリーにするか決めましょうね!」

「ええっと、メロディ。さすがに多すぎるんじゃ……」

「いえいえ、これから先もアクセサリー類は必要ですから、いろいろ作ればいいんです。魔石のアクセサリーで身を飾るなんて、いかにも大魔術師の妻っぽくていいじゃないですか」

「そういう問題ですか⁉」


 メロディ、あっけらかんとしすぎですよ。

 グレアム様も、「足りなくなったら言え」じゃないです!

 わたくし、もともとお金や宝石類の価値がわからない人間ですが、さらに金銭感覚が狂っていきそうな気がいたします!


「指輪だが、せっかくだ。アレクシアの指輪には闇の魔石以外に土の魔石も入れて作ろう。メロディ、魔石商が来たら俺も呼べ」

「了解しました」


 わたくしが不足している属性は闇と土ですから、確かに常にはめておく結婚指輪に加工すれば別に何かを身に着ける必要がなくなりますけどね。


 ……といいますか、五センチ大でこの城一つ分の価値もある闇の魔石をあしらった指輪って、どのくらい高価なんでしょうか。


 指にはめるので魔石は小さいものを使いますが、それでもとんでもない価値なんじゃ……。

 いまさらこのことに気が付いても後の祭りですが、わたくし、結婚式と結婚指輪に浮かれて、あまり細かく考えていなかったようです。


 ……頭を空っぽにいたしましょう。


 そうしないときっと、結婚指輪をはめた暁には、恐ろしくて一歩も外へ出られなくなるかもしれませんから。




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