闇の魔石を探します 3

 グレアムは、きらきらと目を輝かせて地上を見下ろしているアレクシアを見て、口端に微苦笑を乗せた。

 嫁いで来た当初、常におどおどと不安そうな表情を浮かべて人の顔色を確かめていたアレクシアは、少しずつ表情豊かになっている。

 本人は気が付いていないのかもしれないが、グレアムをはじめコードウェルの住人が自分を傷つけないと理解したからだろう。


 優しくされると戸惑いを見せていたアレクシアも、最近は顔をほころばせて嬉しそうにするようになった。

 痩せすぎていた体にも少しずつ肉がついて、柔らかい丸みを帯びている。もちろん、そんなことを口に出した日にはメロディに何を言われるかわからないので、黙っているが。


 そうして、少しずつ変化し、痛々しさが消えていっているアレクシアだが、どういうわけかグレアムの中の庇護欲は一向に収まらない。

 というか、日に日に増していくのが自分でも不思議だった。


 痩せすぎてがりがりだったアレクシアのことが心配だったのに、女性らしく丸みを帯びていけば今度は誰かに攫われやしないかと不安になる。

 愛らしく微笑む顔は誰にも見せたくないし、もういっそアレクシアは一生自分の腕の中に閉じ込めておけばいいのではないかと病的な考えにまで及んでしまう。

 メロディがアレクシアに触るな触るなと怒るのは、もしかしなくても、グレアムのこうした少々危険に偏りつつある思考に気づいているからなのかもしれなかった。


「グレアム様、森が見えてきました。あの森がハクラの森ですか?」

「ん? ああ、そうだ。よくわかったな」

「はい! あの森が、このあたりで一番魔力が強い感じがしました!」


 笑顔で答えるアレクシアに、グレアムは目を丸くした。


(魔力が強い、か)


 グレアムですら、ここからでは魔力の強弱はそれほど感じ取れない。森に降りれば魔力の強さはわかるけれど、さすがに周辺の地域の魔力の濃さと比べるのは不可能だ。


(前から思ってはいたが……アレクシアは魔力感知に長けているな)


 魔力を感じ取る方法を教えたときも、すぐに覚えた。普通は他人の魔力を感じ取れるようになるのには時間がかかるものなのに。


(……竜の末裔。エイデン国王の推測は間違いないのかもな)


 エイデン国での魔石採掘のときもそうだった。グレアムもエイブラムも感じ取れなかった光の魔石の魔力を感じ取って、国宝級のとんでもなく巨大な魔石を見つけてしまった。

 あの魔石は、確かに魔石になったばかりのようで、魔力は残っていた。だが、森の中には魔物も多く生息していて、魔力に溢れていたのだ。その状態で、魔石の魔力だけを的確に感じ取ったアレクシアには本当に驚かされたものだ。


 グレアムもエイブラムも、近づきさえすればわかるのだ。だが、その距離が重要だった。遠く離れた場所から魔力を的確に感じ取れるものはそうそういない。というか、グレアムもエイブラムも、おそらく人間や獣人の中でも魔力感知に長けている方なのだ。それなのに、まだ魔術を覚えはじめたばかりのアレクシアは、やすやすとそれを超えたのである。


 金色の光彩がゆらめく赤紫色の神秘的な瞳。

 本人は無自覚だが、肌を整え、髪を整え、そしてバランスよく食事を摂りはじめてさらに際立ってきた端正な顔。

 まだグレアムの方が上だが、成長を続けるアレクシアの魔力は、そのうちグレアムに追いつき、追い越すだろう。


 グレアムですら、先祖返りと言われ、人ならざる者のように恐れられているというのに、アレクシアはその上。


(……いつか、違う何かになってどこか遠くへ行ってしまいそうだ)


 そんな不安を覚えるのは、これほど優れた力を持ちながら、アレクシアがびっくりするほど純真で無垢だからだろうか。

 グレアムが無意識のうちにアレクシアを抱く腕に力を籠めると、くすぐったそうに目を細めて笑う。

 グレアムの腕の中で安心しきっているのがわかるから、たまらない。


「降りるぞ。ふわっとするからな」


 アレクシアは、鳥車が飛び立ったり降りたりする時に、内臓がふわりとする奇妙な感覚を覚えるらしい。グレアムは今ではその感覚を感じなくなっていたが、確かにあれば不快なものだ。

 注意を促すと、アレクシアはグレアムに体を寄せて、背中に手を回すと、コートをきゅっとつかんだ。

 まるでグレアムにくっついていれば大丈夫だと言わんばかりのその行動に、グレアムの煩悩があふれ出しそうになる。


(ああ、くそっ、可愛い……!)


 こういう理性が吹っ飛びそうになる行動を無自覚にしてくれるから困る。

 アレクシアを抱えたグレアムが下り、そのすぐ後ろに、ばさりとロックが着地した。ロックはすぐさま人の姿になり、バスケットを抱えなおす。


「エイデン国のあの森より、森の香りが濃い感じがしますね」


 木々が折り重なるように生い茂り、太陽光の大半を遮る暗い森なのに、アレクシアは怖がるのでもなく、能天気に言って笑った。



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