闇の魔石を探します 1
グレアム様とわたくしの結婚式は、八か月後に行われることとなりました。
八か月後は、王都では夏なのですが、コードウェルは夏と呼ばれる季節でも涼しいそうで、王都でいう春ごろの陽気なのだそうです。
結婚式は、グレアム様とわたくしの瞳の色の事情を鑑みて、コードウェルで執り行います。
本当ならば王弟でいらっしゃるグレアム様は、王都で大々的な結婚式を挙げたほうがいいのでしょうけど、祝い事の日に不愉快な思いはしたくないとおっしゃっていました。
女王陛下にも連絡を入れたところ、許可も下りたそうです。
女王陛下も参列したいとおっしゃってくださったそうですが、その時の状況によるので確約は取れないとのこと。クウィスロフト国にはエイデン国のような鳥車はありませんから、コードウェルまで移動するとなると、馬車で片道一か月もかかりますからね。往復で二か月強。さすがに、女王陛下が城を離れるには長すぎますので、おそらく難しいのではないかと思われます。
コードウェルで行う結婚式ですので、それほど大がかりなものではないです。
ですが、結婚式の準備には時間がかかるもの。
グレアム様は待っても半年ほどだと踏んでいたようで、マーシアから八か月と聞いて眉をひそめていらっしゃいました。
……わたくしも、さすがにドレスの制作だけで半年以上かかるとは思いませんでしたよ。
生地を選びデザインを決めて、何度も試着と仮縫いを繰り返し、満足のいく一着を仕上げるのだそうです。正直言って、わたくしよりもマーシアとメロディの気合の入れ方がすごいです。
……たくさんレースを使うようですから、レースを編むのも大変そうです。長く引きずるベールをかぶるのだそうですが、そのベールも全部レースで作るのですよ。わたくしが編むわけではありませんが、気が遠くなりそうです。
そのほかにも、式の後のパーティーのお料理を決めたり、飾りつけを決めたりしなくてはいけません。ドレスも何度か着替えるそうですので、その着替えのドレスも作るのです。
話を聞いただけでぐるぐる目が回りそうです。
……いえ、でも、結婚式ですから。もちろん、わたくしも全力で挑みますよ!
そう気合を入れていたのですが、準備はマーシアとメロディが張り切って進めてくださるそうで、わたくしがすることは、マーシアやメロディの報告を承認したり、着せ替え人形になるくらいらしいです。
たぶんですが、宝石商がティアラの見本を持ってきたときに、あまりの豪華さに目を回しそうになったせいだと思います。わたくしを関わらせては準備が遅々として進まないと思われたのでしょう。
でも、あれは仕方がなかったと思うのですよ。
わたくしは宝石とかお金とかの価値には疎いのですけど、あれはそんなわたくしでもわかる豪華さでした。
キラキラ光る宝石がたくさんついているのですよ?
しかも、宝石商が言うには、ティアラはプラチナという金属でできているそうで、現在の市場価格では金よりも高価だというのです!
にこにこ微笑みながら、小さな邸が一つ買えるくらいの金額です、などと言われましたらもう!
しかも、これはあくまで見本で、もっと豪華なものを作りましょうなどと宣言されたら、目もぐるぐる回ろうというものでしょう?
それなのに、グレアム様は平然とした顔で、その豪華なティアラの制作を了承してしまうのですよ?
もっと質素な結婚式にしてほしいですとは、とても言えない雰囲気でございました。
グレアム様はわたくしの父クレヴァリー公爵に、わたくしと離縁はしないときっぱりと返事をしたそうです。そして、結婚式には招かないとおっしゃっていました。
さらに言えば、ほかの貴族の方も、一部のグレアム様と親交のある方を除き、ほとんどお招きしないそうです。
ただ、どこから聞きつけてきたのか、招待状もまだ作成していないにも関わらず、エイブラム殿下が参加を表明なさいました。
エイデン国は、クウィスロフト国の動向を注視しているため、ロックさんのような諜報隊を各地に飛ばしているそうです。おそらく彼らの誰かから聞いたのだろうとグレアム様があきれ顔を浮かべていらっしゃいました。
「奥様、本当に行かれるんですか?」
メロディがわたくしのシャツとズボンとブーツを用意しながら、心配そうな顔で訊ねてきます。
実は今日、待ちに待った、闇の魔石の採掘へ向かう日なのです!
父の手紙が届いてから二週間。バーグソン様経由でオーデン侯爵様から許可が下りたのでございます。
闇の魔石を探しに行くのは、オーデン侯爵領とケイジヒル国の国境にある、ハクラの森と呼ばれる森です。
人があまり足を踏み入れない、木々が入り組んでいる樹海だそうで、メロディはわたくしがグレアム様と一緒に行くのが心配なようなのです。
「グレアム様がご一緒ですし、なにより一緒に探したいです!」
「旦那様にお任せすればいいのに」
「でも、だって、指輪ですよ?」
そう。闇の魔石は、最初はペンダントか何かに加工するつもりだったのです。
ですが、グレアム様がどうせなら指輪にしよう、と。
夫婦は、左手の薬指にお揃いの指輪をはめるのです。
だからグレアム様が、闇の魔石をあしらったお揃いの指輪を作ろうとおっしゃってくれたのでございます。
お揃いの指輪です。夫婦の指輪なのです。わたくしも、絶対に同行して、指輪のために必ずや闇の魔石を探し出して見せます!
……わたくし、グレアム様から結婚式のお話を頂いてから、少々テンションがおかしいかもしれません。
ちょっとしたことでわくわくして、そわそわして、なんだか落ち着いていられないのでございます。
グレアム様が、メロディの目を盗んで、ちゅっと口づけをしてくださるのも要因かもしれません。
ドキドキして恥ずかしくて真っ赤になってしまいますが、でもとても嬉しいのです。
グレアム様の唇の余韻が残っている間は、そわそわして、ふわふわして、ちょっとおかしな感じになっているので、メロディはともかくマーシアはなんとなく察してはいるようですが。
「旦那様と二人きり……。わたしは不安でしかありませんよ」
え? そっちですか⁉
てっきり深い森と、もしかしたら遭遇してしまうかもしれない魔物を不安視していると思ったのに、グレアム様を心配していたのですか?
グレアム様はとてもお強い大魔術師様なので、心配は無用だと思うのですけど。
「いいですか。べたべたされたら容赦なく頬を殴っていいですからね。こうです。こう、思いっきり手を振りかぶって、振り抜く! 必要なのは勢いですからね! 勢いがいい方が与えるダメージが大きいです」
「ええっと……」
「きっちり線引きしておかないと、男はすぐにつけあがります! 結婚式までは何が何でも貞操は死守ですよ!」
「ていそう……」
わたくしはぼっと真っ赤になりました。
えーっとですね。曲がりなりにも嫁ぐことになりましたので、わたくしも、一応最低限の閨の知識は持っているのです。
グレアム様とそういったことは一切ございませんが、確かに、夫婦になればそういうこともあるわけで。
ぼぼぼぼぼ、とわたくしの顔が、さらに火が出そうなほどに熱くなりました。
恥ずかしくなったわたくしが顔を覆ってうつむきますと、頭のてっぺんの方からメロディのため息が聞こえてきました。
「……奥様はほわーんとしていますから、メロディはとても心配です」
すみません。
なんだかその……面目ない。
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