大魔術師様の妻をやめるつもりはありません
プロローグ
うっとりしすぎて忘れるところでした。
そうそう、父、クレヴァリー公爵からの手紙が来ていたのです。
何度か口づけを繰り返し、グレアム様の腕の中で甘えておりましたわたくしは、ハッと顔を上げました。
「ああ、気にしなくていい。後で俺が適当に対処しておこう。もちろん、アレクシアを帰したりはしない。アレクシアは俺の妻だからな」
わたくしはまだ何も言っておりませんのに、わたくしの心を読んだようにグレアム様がおっしゃいます。
このままコードウェルにいていいとおっしゃってくださるグレアム様に、わたくしはほっと息を吐いて、再びグレアム様の胸に頬を寄せました。
こうしていると、グレアム様の心臓の音が聞こえるのです。
トクトクと、わたくしほどではありませんが、グレアム様の心臓の音も速いのですよ。
グレアム様のしなやかで長い指が、わたくしの淡い金髪を梳くように撫でていきます。
それがとても気持ちよくて、遠慮がちにすり寄りますと、ちゅって頭のてっぺんに口づけしてくださいます。
幸せすぎて、ふわふわします。
グレアム様は「きちんと夫婦になろう」とおっしゃいました。
つまり、名実ともに、わたくしはグレアム様の妻になれるのです。
結婚式もするのです。
嬉しすぎて、眩暈がしそうでございます。
「結婚式には何かと準備が必要だろうからな、あとでマーシアに最短でいつ可能なのか確認してみよう。だがその前に――」
優しく頬を撫でられましたので顔を上げますと、ちゅっと短い口づけが落ちました。
「部屋を――」
言葉を区切りながら、また、ちゅ。
そしてすぐに、少し長い口づけが落ちます。
ぽーっとして何も考えられなくなったわたくしが、とろんと目を細めたときでした。
「旦那様! そろそろ奥様のティータイムなので返して――」
バターン! と、ノックもなしに領主の執務室の部屋が開け放たれました。
ぎょっとするグレアム様。
わたくしも驚いてグレアム様の腕の中で小さく飛び上がります。
「メロディ、お前っ」
入室許可も得ずに飛び込んできたメロディに苦言を呈そうとしたグレアム様でしたが、それをメロディの「あー‼」という絶叫が打ち消しました。
「おさわり厳禁って言ってるでしょうが‼ セクハラ‼ 奥様が無抵抗なのをいいことに何しやがってるんですか‼」
ズダダダダ‼ と走ってきたメロディが、わたくしに回していたグレアム様の腕をはぎ取りました。
……く、口づけは見られなかったと思うのですがっ! あのっ、あうっ、あうぅ!
かあああああっと顔に熱がたまっていきます。
メロディが入ってくる直前までのことを思い出して、恥ずかしいやら何やでパニックになりそうでした。
「奥様、どうして真っ赤に……って、本当に何したんですか旦那様‼」
キッと目を吊り上げてグレアム様を睨むメロディ。
けれど、グレアム様は少し顔を赤くしながらも、平然とした様子で返しました。
「結婚式をする。最短で可能な日時を割り出すように言ってくれ」
「……は?」
メロディの目が点になりました。
「聞こえなかったのか? 結婚式を」
「聞こえてますよちょっと待ってください、え? 結婚式⁉」
ばっとメロディがわたくしを振り向きました。
わたくしが赤い顔で小さく頷きますと、メロディは徐々に表情を明るくし、ぱあっと花が咲くように笑いました。
「結婚式‼ やっとその気になりやがりましたか遅いんですよ旦那様‼」
いろいろ言葉遣いが乱れていますが、表情を見るに喜んでくれているのは間違いないです。
「よかったですね奥様! 旦那様があんまりいつまでもその気にならないんでそのうち一服盛るなりなんなりして眠らせてでも式場に連れて行こうかと」
「おいこらそんなことを考えていたのか⁉」
「本気度は八割ほどで二割は冗談ですよ」
「逆だ逆‼ 八割本気ってどれだけだ!」
もしかしたら、グレアム様も気恥ずかしいのかもしれません。
赤い顔をして、いつもより大きな声でメロディに言い返しています。
そういうわたくしも、嬉しいけれどとっても恥ずかしいです。ドキドキしますし。すごくすごく照れてしまうのです。
「まあそういうわけだ、だからなメロディ」
ごほん、とグレアム様が咳ばらいを一つしました。
「部屋の変更を頼む。これからは夫婦の部屋を――」
「は? 何言ってるんですか式が終わってからですよ」
一段低い声でメロディが言って鼻で笑いました。
グレアム様の顔が無表情になります。
えっと、あれ?
「メロディ、部屋を」
「式が済んでからですそれまではおさわり厳禁! ということで、奥様はこれからティータイムですので、お連れしますね」
反論の余地もないほど一息でグレアム様を一蹴して、メロディがにこやかにわたくしの手を取ってソファから立たせました。
いいのでしょうか?
グレアム様を見やると、片手で額を押さえて、「行っていい」とおっしゃいます。
もうちょっとグレアム様にぎゅっとしていただきたい気も致しますが、メロディの勢いには逆らえません。
「グレアム様、あの、また後ほど……」
「ああ。公爵の返信の方は任せておけ」
「はい! どうぞよろしくお願いいたします」
メロディに連れられて執務室の外に出ますと、扉の影にデイヴさんが立っていました。
「おめでとうございます、奥様」
優しく微笑んでくださるデイヴさんに、わたくしも微笑み返します。
……グレアム様と、結婚式が、できるのです!
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