お側にいたいのです 2

「闇の魔石となると……そうだなあ、オーデン侯爵領の、国境の森にあるかもしれない」


 次の日、グレアム様に呼ばれて領主の執務室へ向かいますと、ソファ前のローテーブルにクウィスロフト国の地図を広げていらっしゃいました。

 さっそく、わたくしのために闇の魔石を探してくださるらしいです。


 魔石は、「魔石商」と呼ばれる、魔石を専門に扱っているお店で売られていますが、光や闇の魔石は、市場では滅多に出回りません。

 発掘されますと、たいてい王家に献上されるからでございます。


 グレアム様が闇の魔石を入手できたのも、知り合いの魔石商に頼み込んで、大金を投じて手に入れたらしいのです。しかも、手に入れるまで五年も待ったとのことでした。同じように知り合いの魔石商に頼んでも、以前のように長く待たされる可能性が高いので、それならばいっそ、自分から探しに行くことにしたのだそうです。


 オーデン侯爵領は、コードウェルから南に馬車で二週間ほどの距離です。

 クウィスロフト国の東側は二つの国に面していますが、そのうちのケイジヒルという国が、オーデン侯爵領と国境で結ばれております。


「ケイジヒル国は、比較的闇の魔物が多い。あくまで、他と比べてという意味だから、たくさんいるというわけではないんだが、それでも近隣の国の中では一番闇の魔石が発掘される国だ。その国境近くのオーデンの森には、ケイジヒル国の魔物が入り込むから、もしかしたら見つかるかもしれない」


 さすがに、他国に勝手に魔石を採掘しに向かうわけにはいきません。それは盗掘になってしまいますから。なので、ケイジヒル国との国境ギリギリの森で探すことにしたそうです。

 闇の魔石が入手出来たら、昨日頂いた土の魔石とともに、ペンダントに加工してもらう予定です。魔術師はそうして、自分にない属性の魔石を、装飾品に加工して持ち歩くとのことでした。


 グレアム様は、一つしかない闇の魔石を、魔術具研究に使うべきか魔術補助に使うべきかいまだに決めかねていて加工していないそうですが、二つあれば一つは指輪か腕輪に加工するとおっしゃっていました。大きい魔石でしたら二つに割ればいいのですけど、グレアム様がお持ちの闇の魔石はとても小さいですから、割って使うのは無理だそうです。

 今回のオーデン侯爵領の森で、闇の魔石がたくさん見つかるといいのですけど。欲張りすぎでしょうか。


「魔石の発掘に向かうのはわかりました。でも、他領で採掘させてもらっても問題ないのでしょうか?」


 コードウェルの中でしたら、グレアム様が領主様ですのである程度自由がききます。

 しかし、他領では好き勝手なふるまいはできません。無断で他領の魔石を採掘したら、やっぱり盗掘になってしまうと思うのです。


「オーデン侯爵はじじいと仲がいいからな。あと、五年ほど前にケイジヒルから大量の魔物が流れ込んできたことがあって、その討伐に俺が出向いたことがある。その時の貸しがまだ有効だから、多少の無理は聞くんだ」


 オーデン侯爵は五十歳ほどの方ですが、バーグソン様の亡き奥様の親戚筋だそうで、親交があるのだそうです。

 そのため、五年前に魔物が領内に大量に入り込んできた際に、バーグソン様を通してグレアム様に助力を乞われたとか。


 普段魔物は人里まで下りてきませんが、何かの拍子にやってきて、人に危害を加えることがございます。たいてい、強い魔物が発生し、それより弱い魔物がパニックを起こしての行動だそうですが、人里に降りてきて人に危害を加える魔物は、どのような理由があれ討伐対象になるのです。


 五年前、オーデン領を荒らしていた魔物たちは、そこそこ強い魔物たちで、オーデン侯爵領の軍では歯が立ちませんでした。国に魔術師軍の派遣を依頼することも考えたそうですが、依頼から派遣まで、どんなに早くとも数日はかかり、それまでに魔物たちに領内が荒らしつくされる可能性が高かったそうです。

 ゆえに、国の魔術師軍ではなく、グレアム様の方に連絡が入ったとのことでございます。


 ちなみに、グレアム様はお一人で向かわれて、たくさんいた魔物たちをあっという間に一掃してしまったそうです。さすが、お強いですね。


「俺が直接連絡を取ったら怖がらせるだろうからな、じじいに頼んで、魔石の採掘を許可してもらおう」


 グレアム様はこんなにお優しいのに、金色の目のせいで恐れられています。

 わたくしも、目のことは散々言われてきましたから、多少なりともグレアム様のもどかしい気持ちはわかるつもりです。


 グレアム様がわたくしが不安を覚えてときにしてくださるように、わたくしはそっとグレアム様の手を握りました。

 グレアム様が目を丸くして、それから小さく笑います。


「大丈夫だ。別に俺は気にしていない。この目のことには慣れたからな」


 コードウェルでは、金色の目に偏見はありません。

 エイデン国でもそうでした。

 だから、金色の色の入った目がクウィスロフト国で嫌われていることをたまに忘れそうになってしまいますが、こういう時に思い知らされます。


 グレアム様は、領地から滅多にお出にならない領主様です。

 社交シーズンも、王都へは足を向けません。

 金色の目に対する偏見がそうさせるのは間違いないと思います。

 それなのに、わたくしの闇の魔石を探すために、グレアム様は嫌な思いをするかもしれない他領へ向かうことにしてくださったのです。


 もちろん自分のことですから、わたくしも向かいます。でも、グレアム様はすでに闇の魔石をお持ちですから、わざわざ出向かなくてもいいのに。……わたくしのために。


 ……グレアム様、お優しい。


 とくん、と心臓がいつものドキドキとは違う音を立てました。

 わたくしはこういった感情にとても疎いですからはっきりとはわかりません。わかりませんが、たぶん、きっと、おそらく――、この感情は「好き」の感情だと思います。

 わたくしはいつの間にか、このお優しい大魔術師様のことが大好きになっていたのでしょう。


 わたくしは形式上の妻ですから、この気持ちは口には出せません。出せばきっと、グレアム様をとても困らせてしまうから。


「オーデン侯爵に了承を取る必要があるから、すぐに向うことはできないが、じじいに頼んでおけばそのうち許可が得られるだろう。すぐに見つかるとは思えないから、一週間は自由に出入りできるように許可をもらうつもりだ。あわせて魔石商にも、闇の魔石が見つかればすぐに知らせろと言ってある。必ずお前の闇の魔石を手に入れてやるからな」


 そう言って、グレアム様が頭を撫でてくださいます。

 ここには「おさわり厳禁!」といつも止めに来るメロディがいませんので、グレアム様も遠慮なく触れてくださるのです。……メロディはわたくしのために言ってくれているのはわかっているのですが、こうして触れていただけるのはとても嬉しいので、今メロディがいなくてよかったと、失礼なことを考えてしまいました。


「――なあ、アレクシア」

「はい」


 グレアム様がわたくしの頭を撫でながら、改まったような表情で口を開きました。


「もし、もしよかったらなんだが……、嫌でなければ、俺と」

「旦那様、今よろしいでしょうか?」

「――――」


 グレアム様の言葉を遮るようにコンコンと外から扉が叩かれて、グレアム様が憮然とした顔で閉口しました。

 この声はデイヴさんの声です。ちょっと困っている? 焦っている? そんな感じがする声ですので、何かあったのかもしれません。


「なんだ」


 グレアム様が不機嫌そうな声で訊ねました。

 デイヴが扉を開けて入ってきます。

 その眉は八の字になっていたので、やっぱり何か困りごとのようです。


「それが……その、こちらが先ほど到着いたしまして」


 デイヴさんの手には一通の手紙が。

 グレアム様が受け取って、封印を確認いたします。

 隣に座っていたわたくしの視界にも、当然その封印は入り込んで――


「お父様からですね……」


 封印は、父、クレヴァリー公爵のものでした。


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