魔石発掘へ向かいます 1

「サイズは大丈夫そうですわね」


 メロディが、わたくしの全身を眺めて大きく頷きました。

 エイデン国に到着して二日目の朝。

 わたくしは今日、魔石の発掘へ赴くのです。


 魔石とは、死んだ魔物の血が年月をかけて凝固し石化したものです。

 クウィスロフト国でも採掘できるのですが、クウィスロフト国は魔物の数が少なく、あまり量が取れません。


 魔物の数が少ないのは、地下で眠っていると言われている竜の存在が影響しているのかもしれないとグレアム様がおっしゃいました。

 魔物は魔力感知に長けており、自分より強い魔力を持ったものには近づきません。魔物は弱肉強食なので、自分が狩られるかもしれない相手からは逃げるのです。


 クウィスロフト国でも、王都から離れた場所の山や森の中には魔物も生息しておりますが、現在コードウェルはグレアム様が領主さまとして君臨しておりますので、どうやらグレアム様の強大な魔力を感じ取った魔物たちは、遠くに逃げてしまったようなのです。

 そして、周辺の山や森の魔石は、グレアム様が魔術具研究のために取りつくして、ほとんど残っていないそうです。


 エイデン国王陛下が、グレアム様がお土産として持ってきた魔術具のお礼に何がほしいかと訊ねられたところ、グレアム様が「魔石を発掘させてほしい」とおっしゃったのでございます。


「旦那様はとにかく魔石が大好きですからね。コードウェルに来たばかりの時は、毎日のように魔石を探しに山に入っていましたよ」


 メロディがやれやれと息を吐きます。

 魔石は魔術具を作るうえで欠かせませんので、魔術具研究が大好きなグレアム様は、無類の魔石コレクターでもあるのだとか。


 幸いにして、エイデン国は魔物が多く生息しています。それも、強い魔物がたくさんいるのです。質のいい魔石もたくさん採れるそうですが、あまり魔術具研究は盛んではないようで、いくらでも余っているから好きに採掘していいと国王陛下がおっしゃっていました。


 そのため、グレアム様は朝からとてもご機嫌です。

 いつ鼻歌を歌いだしてもおかしくないほどで、ずっとにこにこしていらっしゃいます。


 そんな魔石発掘に、わたくしもお供させていただけることになりまして、こうして、ご正妃様からお借りしたシャツとズボンに着替えて準備を整えたところでございました。

 寒くないようにと、何枚も重ね着して、その上にコートも羽織ります。


 支度がすんだわたくしは、着替えるまで部屋の外で待っていてくださったグレアム様と一緒にお城の玄関へ向かいました。

 エイブラム殿下が案内をしてくださるそうで、グレアム様とわたくし、それからオルグさんとロックさん、エイブラム殿下の側近の方三名で出発です。

 お留守番のメロディが、少しだけ心配そうな顔をして見送ってくださいます。


「これだけ大きな魔力をお持ちの方が揃っているので大丈夫だとは思いますけど、何かあったら、旦那様を盾にしていいので全力で逃げ帰ってくださいね」


 ……あのぅ、メロディ。グレアム様を盾にして逃げるのはダメだと思うのです。


 グレアム様もあきれ顔を浮かべます。


「俺が、アレクシアを危険な目に合わせると?」

「旦那様が、貴重な魔石を発見して奥様を放置して突っ込んでいく未来が見えます」

「預言者みたいな顔で意味のわからんことを言うな!」

「オルグ、お願いしますね」


 メロディは文句を言うグレアム様を無視してオルグさんに念押ししました。

 オルグさんがけたけた笑いながら「おう!」と返事をします。


「なあなあメロディ。俺には何もないのか?」


 エイブラム殿下が不満顔で言いました。

 メロディは笑うように鼻を鳴らします。


「何故わたしが、エイブラム殿下の心配を?」

「あぁー、心配無用なほど信じてるんだな」

「……。奥様。何かあればエイブラム殿下も盾にしてかまいませんので」

「おい‼」


 ……メロディ。第三王子殿下を盾にするのも、ダメだと思うのです。


 エイブラム殿下が口をとがらせて「つれねぇよなぁ」とぼやいています。


 ……前からちょっと思っていたのですけど、エイブラム殿下はメロディがお気に入りですよね。何かとちょっかいを出していますし、軽口をたたきますし。


 メロディは、全然相手にしていないようですけど、これはもしかしなくとももしかするのでしょうか。メロディがエイブラム殿下の第四妃になることもあったり……、いえ、なさそうですね。メロディ。そんな顔をして第三王子殿下を睨んだりしたら、不敬罪になりませんか?


「ほら、行くぞ」


 グレアム様がエイブラム殿下の方を叩いて、わたくしの手を引いて玄関の外に準備されている鳥車に乗り込みます。採掘場所の森までは鳥車で向かうのです。鳥車でなら、片道十五分くらいだとおっしゃっていました。


 エイブラム殿下が口をとがらせながら鳥車に乗り込み、扉を閉めました。

 鳥車の窓から、メロディに手を振り返します。

 車が動き出して、内臓がふわりと浮いたような奇妙な感覚がしました。


 まだ慣れない感覚に、グレアム様が手をつないでくださいます。

 エイブラム殿下は窓から小さくなっていくメロディを見下ろしながら、「なあなあ」と言いました。


「メロディのやつ、三年前より尻が小さくなってねぇか?」

「ダイエットしたんだそうだ。本人に言うなよ。殴られるぞ」

「はあ? なんだってそんな余計なことを。前の方がいい感じだっただろ?」

「なんでもお前の好みを基準にするな。女にはいろいろあるんだ。男が余計な口をきくと、それこそひどい目にあうぞ」

「いろいろってなんだよ、いろいろってよー。はー、俺の尻が」


 ……話が見えてきませんが、エイブラム殿下、メロディのお尻は殿下のものではありませんよ?


 エイブラム殿下はやっぱりメロディがお気に入りのようですが、そんなことを言うからメロディに相手にされないのだと思います。さすがにこれは、わたくしでもわかりますよ。


「はー。メロディもだが、アレクシアももっと食って肉つけたほうがいいぞ。こう、こうな」

「その手をやめろ‼」


 自分の胸の前で円を描くように手を動かしたエイブラム殿下を、グレアム様が怒鳴りつけました。


「なんだよ、お前の代わりに言ってやってんだろ⁉」

「代わりってなんだ、代わりって‼ 余計なお世話だ‼」


 わたくしは思わず、自分の寂しい胸元を見やりました。

 話の流れから察しますに、男性はお胸とお尻が大きい女性がいいということでよろしいのでしょうか?


 ……わたくし、どちらもありません。困りました。


 わたくしも一応嫁いで来た身です。グレアム様の好みもそうなのでしたら、頑張らねばならないかもしれませんが……さて、これはどう頑張ればいいのでしょう。

 自分の体を見下ろして首を傾げるわたくしに、グレアム様が額を押さえました。


「アレクシア。あのバカの言うことは気にしなくていい」

「おい、バカってなんだバカって!」

「お前はよくそれで三人も妻を娶れたな」

「うちの嫁たちはエイブラム様かっこいいーって言うぞ!」

「なるほど、できた嫁だな」


 グレアム様が面倒くさそうに返して、窓の外を見下ろしました。


「アレクシア、あの森だと思う。下に降りるから、またふわりとするぞ」


 わかりました、そろそろ内臓がふわっと浮き上がるような感じがするのですね。

 グレアム様がそっと肩を引き寄せてくださいますので、ふわっとした感覚に備えます。


 来ました!


 きゅっと体に力を入れますと、グレアム様が背中に腕を回してぽんぽんと叩いてくださいます。

 やがて鳥車が静かに地上に降り立って、内臓のふわっとした違和感も消えたところで、わたくしはグレアム様とともに車を降りました。

 足元も、常緑樹の葉も、雪で真っ白に染まっております。


「さあ、行くか!」


 グレアム様の金色の瞳が、いつもよりきらりと輝きました。


「はい!」


 これから、人生初の魔石発掘でございます。

 楽しみです!

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