エイデン国にご招待されました 5
アレクシアは、竜の末裔かもしれない。それも、クウィスロフト国の王家よりも濃い竜の血がその身に流れているかもしれない。
グレアムは、エイデン国の国王の言葉を思い出しながら、グラスを傾けていた。
晩餐の後、早々に入浴を終えたアレクシアは、国王たちとの晩餐に気疲れを起こしたのだろう、ベッドに横になるなりあっという間に寝入ってしまった。
同じ部屋にグレアムがいるというのに、安心しきった顔で眠りに落ちたアレクシアに、正直複雑な心境ではある。
全く警戒されていないのも、男としてどうなのだろうかと思うわけだ。
(まあ、怯えられるよりはましだがな。……しかし、火竜の末裔、か)
あくまでも「かもしれない」という仮説段階だが、エイデン国の国王の推測は存外的を射ているだろうとグレアムも思う。
世界でも有名な竜の末裔は、クウィスロフト王家だが、各地に竜の末裔が存在していることはグレアムも知っていた。
そもそも竜とは、六種いたとされている。
風竜、火竜、土竜、水竜、光竜、闇竜の六種だ。
クウィスロフト国の建国王の伴侶となった竜は水竜だった。
クウィスロフト王家が後にも先にも竜の血を取り入れたのは建国王の伴侶の水竜のみだが、竜の末裔の中には、幾度となく竜との婚姻を繰り返し、その血を濃く宿している者たちもいると聞く。
竜は地上から姿を消したと言われているが、グレアムは、もしかしたら人の前に姿を見せなくなっただけで、今もどこかで暮らしているのかもしれないと考えていた。
竜の末裔が、隠れ住んでいる竜の居場所を知っていて、今もなお竜と婚姻を繰り返していないと、どうして言えよう。
クウィスロフト王家に流れる竜の血は千年前のものだ。すでにその血は人と変わらないだけ薄れていて、グレアムのように先祖返りと言われるほど膨大な魔力を有して生まれてくる子は出ても、それは人としての枠からでるほどのものではない。
ゆえに、グレアムの魔力はただの人間と同じで生まれながらにして最大で、だからこそ幼い身では抑えきれず何度か小規模の魔力暴走を起こしたのだろうが、アレクシアは違う。
成長とともに魔力が増大しているとなると、彼女が正しく竜の末裔であるなら、その身に流れる血は相当濃いのではないのかと推測できた。
強い魔力を持った、濃い竜の血を宿す娘。
エイデン国王が懸念した通り、彼女を欲しがる人間は多いだろう。
クウィスロフト国は、八百年前の王子の魔力暴走で国が滅びかけたせいで、増大な魔力を嫌煙する傾向にある。
しかし、大きな魔力を倦厭する国など、クウィスロフト国くらいなものだ。
増大な魔力を持った強い魔術師は、存在しているだけで国にとっての強力な守りとなる。
はっきり言えば、グレアムが本気になれば、たとえ一万人の手練れた騎士が向かって来ようと、簡単に一蹴できるのだ。強い魔術師とは、言い換えれば存在自体が兵器なのである。
クウィスロフト国が、他国と違う考え方を持ち続けていられるのは、ひとえに、ほかの国では例を見ない「竜の末裔」が治める国だからだ。
他国にしてみたら、竜の末裔の持つ魔力は未曽有で、その全貌を把握するのは不可能なのだ。グレアムのように先祖がえりで膨大な魔力持ちが生まれることもあるし、下手につつくと、国の地下に眠っているとされる水竜を目覚めさせるのではないかという懸念もある。
だからこそ、クウィスロフト国は、他国の真逆の考え方を持ち続けることができたし、問題もなかったのだ。
そして、その「竜の末裔」という恩恵を、他国が欲しがらないはずもない。
クウィスロフト国は、どれだけ請われようとも、王族を決して他国へは嫁がせなかった。
竜の血を外に出すことを嫌ったからだ。
しかし、ほかでその血を得ようとも、ほかの「竜の末裔」は表舞台になかなか姿を現さない。
そんな貴重で、喉から手が出るほど欲する竜の血。
アレクシアの存在を知られたら、各国がどう動くかなど、考えなくともわかりそうなものだ。
(せめてもの救いは、アレクシアが俺の妻であることだな。……夫婦の事実関係はなくとも、世間一般にはアレクシアは俺の妻だ。さすがに先祖返りの竜の末裔から、そう簡単に妻を奪い取れるとは思うまい)
グレアムはグラスの中身を一気に煽ると、ベッドの足元に腰かけた。
シーツにくるまり、幸せそうな寝顔をしているアレクシアは、おそらく自分がどのような存在であるのかなどわかっていないのだろう。
エイデン国王から竜の末裔と言われても、あまりピンと来ていないようだった。
驚いた様子ではあったが、それだけだ。
(力には固執しない性格なんだろうな)
抑圧され、虐待を受けて育ったからなのか、アレクシアは自分自身を過小評価する傾向にある。
今のアレクシアなら、その気になれば自分を虐げていた家族に復讐することなど容易だし、竜の末裔であるのが本当ならば、その事実を全面に出せば、どんなに無茶な逆襲をしたところで、スカーレットは口を挟まないだろう。
クウィスロフト国は大きな魔力を倦厭し恐れるが、その一方で「竜の一族」に誇りを持っている。クウィスロフト王家でなくとも、「竜の一族」というだけで、他国の王族と同等として考えるだろう。
さらに、アレクシアの方が竜の血が濃いかもしれないとなれば、あの臆病で口やかましい重鎮たちですら黙ってみているはずだ。むしろ、新しい竜の血が王家に取り入れられたことを喜び、クレヴァリー公爵家はその過程での犠牲として処理される。
アレクシアがクレヴァリー公爵家の人間に復讐することに、何の障害もないのだ。
(だが、それを言っても、やっぱり驚いた顔をするだけで、何もしないのだろうな)
グレアムだったらどうだろう。復讐の機会が与えられたら、嬉々として自分を虐げた人間に苦痛を与えたかもしれない。
アレクシアを見つめていると、無性に彼女に触れたくなる。
その柔らかい頬に触れて、髪を梳いて、抱きしめて、甘そうな唇に口を寄せたくなる。
――おさわり厳禁‼
アレクシアは眠っているし、自分たちは夫婦だし、少しくらい触れても許されるのではないかと誘惑に負けそうになったグレアムの脳裏に、メロディの声が響いた。
(……メロディめ)
触れたいのならば、けじめをつけろとメロディは言う。
アレクシアが竜の末裔であるかもしれないとわかった今、アレクシアとは正しい夫婦である方がいい。
だがそれ以前に、グレアムはすでにアレクシアが可愛くて仕方がないのだ。
だから抱きしめたくなるし、許されるならその頬や唇に口を寄せたい。
夫婦としての既成事実が欲しいし、何なら永遠に腕の中に閉じ込めておきたいとさえ思う。
そしてそれを望んだところで、アレクシアは拒まないだろう。
しかしそれは、アレクシアがグレアムに対して好意を持っているからではなく、彼女がその行為を嫁いで来たものの義務と認識しているからだ。
政略結婚なんてそんなものだし、グレアムも貴族の義務的な夫婦関係をよく知っている。別に珍しくもなんともないし、不思議でもなんともない。
だが、アレクシアには「義務」で受け入れられたくないと、グレアムは思うのだ。
我儘なのもわかっている。
面と向かって「つまみ出せ」などと言った失礼な男が、妻に愛情を求めるのは傲慢というものだ。
でも、やっぱりほしくて。
(……アレクシアが、俺を好きになってくれるまで気長に待つさ)
そんな日は一生来ないかもしれないが、それでも。
グレアムはベッドにもぐりこむと、アレクシアに触れないぎりぎりの距離まで近づいて目を閉じる。
……今夜はきっと、眠れないだろう。
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