エイデン国にご招待されました 4

 日も暮れはじめたころ、お部屋にメイドが呼びに来ました。

 これから、エイデン国の国王陛下たちと晩餐なのです。

 メロディもオルグさんもロックさんも一緒に向かいますが、晩餐の席に着くのはグレアム様とわたくしのみとなります。


 重厚な感じがする長方形に長いダイニングテーブルには、すでに国王陛下とご正妃様、それから第一王子殿下と第二王子殿下、そしてエイブラム殿下が着席なさっていました。

 国王陛下にはまだほかにもお妃さまとお子様がいらっしゃいますが、ご正妃様とご正妃様の子である第一王子殿下、第二王子殿下、それから、ご正妃様の子ではありませんが、わたくしたちをエイデン国まで案内くださったエイブラム殿下だけです。


 国王陛下には五人のお妃さまがいらっしゃって、男女合わせるとお子様が十人ほどいらっしゃるとかで、大人数になるため、来賓を晩餐に招待する際は、基本的にご正妃様とそのお子様のみ同伴なさるそうです。

 グレアムさまとわたくしは、メイドに案内されて国王陛下とご正妃様の正面の席に着きました。


 国王陛下は、見た目通りであれば五十歳ほどでしょうか。どこかエイブラム殿下と似た快活そうなお顔立ちでございます。髪の色も、エイブラム殿下と同じ白で、根本だけ黒かったです。

 ご正妃様は、お可愛らしい感じの方でした。この方は猫の獣人なのだそうです。艶やかな鳶色の髪に、青灰色の瞳で、身長はわたくしとさほど変わりませんから、少し小柄な方です。


「お招きいただきありがとうございます」


 グレアム様が代表して国王陛下にご挨拶なさいます。

 国王陛下は穏やかな顔をして微笑みながら、グレアム様が持参した土産物について感謝をおっしゃいました。


 急な訪問でしたので、グレアム様は考えに考えて、ご自身が開発している魔術具を持参したのです。あれです。コードウェルのお城にもつけられている、空気を循環させる魔術具でございます。

 それから、グレアム様がクウィスロフト国の内乱について、エイデン国から口添えに感謝を述べ、無事に片が付いたことをご報告なさいます。


 それが終わると、国王陛下がチリンと目の前のワイングラスをスプーンの背で軽くたたきました。


 それが合図だったのでしょう。

 大勢の使用人が料理の乗ったワゴンを押してきて、ダイニングテーブルの上に並べていきました。

 エイデン国は、一度にすべての料理を並べるスタイルなのだそうで、大きなテーブルに乗りきらないだけの食事が並べられます。


 これは……いったい何人分でしょう。

 二十人分を軽く超える分量だと思われます。

 わたくしの前に大皿と、それから前菜に当たるのでしょう、八種類のお料理が二口分ぐらいずつ並べられた四角いプレート皿が置かれます。それからポタージュスープと、三種類のパンも。

 わたくしの小さな胃には、これだけで充分すぎる量なのに、メインティッシュは目の前に並べられているものから好きなものを好きなだけ取って食べるように言われて眩暈がしました。


 ……こ、これは、覚悟が必要です。


 わたくしの胃と、目の前のお料理との、ある種の戦いでございます。

 お招きいただいたのですから、全部は無理としても、ある程度は頑張って食べねばなりません。

 ナイフとフォークを握り締め、戦地に赴くかのように気を引き締めておりましたら、グレアム様が心配そうな顔をこちらへ向けました。


「アレクシア、食べられるだけでいい。絶対に無理はするな。……お前のことだ、礼儀だのなんだのと、腹がはちきれる寸前まで詰め込みそうだからな」


 そうおっしゃいますけど、わたくし、お食事の時間は好きなのですよ。

 クレヴァリー公爵家にいたときは、食事にありつけないこともしばしばございました。いただけてもパンが一つとか、よくて冷えたスープがついていたりとか、サラダに使ったあとのくず野菜とか、その程度でしたから、美味しい食事が当たり前のように頂ける今は、本当に幸せなのです。


 ただ、この胃が。なかなか成長しないこの胃が悪いのです。

 本当ならば、出されたものはすべて食べてしまいたいのです。だって美味しいですから。

 だから多少胃痛の心配はありますが、ぎりぎりまで詰め込むのはありだと思うのですけど、グレアム様は首を横に振ります。


「アレクシア様、無理をなさらなくていいのよ。陛下やこの子たちは本当によく食べるからたくさん置いているだけなのですから。それに、食事の後はデザートが運ばれてくるから、ほどほどにしておいた方がいいわ」


 ご正妃様が困ったように頬に手を当てて微笑まれました。

 ご正妃様も、食が細い方だそうです。国王陛下に嫁がれたばかりのころは、あまりの食事の多さに言葉を失ったのだとか。国王陛下は陛下で、このくらいの量の食事は当たり前だと思っていらっしゃって、食べないご正妃様をとても心配して、何が何でも食事を口に詰め込もうとなさったとかで、自分の胃の大きさを説明するのがとても大変だったとおっしゃって溜息を吐かれました。


 ……確かに、国王陛下たちはよくお食べになるみたいです。ご正妃様とお話している間にも、陛下たちの前から前菜とパンとスープがなくなって、お代わりのパンが運ばれてきて、目の前のお料理が次々に消えていきます。


 いったい何と競っているのかしらと不思議に思うほど、国王陛下と三人の王子殿下はすごい勢いで食べていくのです。

 そういえば、エイブラム殿下も、コードウェルのお城ですごくたくさんの食事を摂られていましたね。

 目の前のたくさんのお料理は、国王陛下と殿下たちがほとんど食べてしまわれると思われますので、わたくしは胃の心配をするのをやめて、目の前の前菜をゆっくりと食べはじめました。


 グレアム様も「あの量がどこに入るんだか」と苦笑して、食事を口に運ばれます。

 たくさんあったお食事がからっぽになり、デザートが運ばれたころになって、国王陛下がワインで喉を潤しながら口を開きました。


「そういえば気になってはいたんだが……。グレアム殿下の奥方は、どこかの竜の一族なのだろうか?」


 グレアム様が紅茶を口に運ぼうとして、途中で動作を静止しました。


「竜の一族?」

「ああ。血はだいぶ薄れているが、クウィスロフト国の王家もそうだろう? ただ、アレクシア殿とおっしゃったか? 奥方には、クウィスロフト国の竜とは違う血が流れているように思うのだが」

「……どういうことです?」


 グレアム様が怪訝そうなお顔をなさいます。

 わたくしも、驚いて目を丸くしました。

 竜とおっしゃいますが、この世界で竜を見なくなって久しいのです。

 その昔、世界のあちこちにいたと言われる竜は、人や獣人の数が増えるとともに数を減らしました。一説には、滅んだのではなく眠りについていると聞きます。クウィスロフト国の竜も、地下深くで眠っていると言われていますし。


 ですが、滅んでいようと眠っていようと、竜が人の前に姿を現さなくなったのは間違いないのです。

 もしかしたら遠い異国では違うかもしれませんけれど、少なくともクウィスロフト国や近隣諸国で竜を見たものはいません。

 それなのに、わたくしが竜の一族とは、どういうことなのでしょうか?


「ずっと昔、アレクシア殿と同じような目をした一族に会ったことがあるのだよ。もう三十年も前のことになるか……。金光彩の入った赤紫色の瞳をしていた。火竜の末裔だと聞いたが」

「アレクシアが、そうだとおっしゃるんですか?」

「確証はないが……、アレクシア殿の魔力は、少し不思議な気配がする」

「不思議な……」


 グレアム様が顎に手を当てて視線を落としました。


「確かにアレクシアの魔力は、成長とともに増えているように思われます。これは人にはない現象です。人は生まれたその時に魔力が最大値ですから。肉体や精神の成長に伴い魔力が増大することはありません。……だからもしかしたら、アレクシアの母親の方に、獣人の血が混ざっているのではないかと考えていたのですが……竜の末裔か。可能性がゼロとは言えませんね。アレクシアは産みの母親のことを知りませんから、もしかしたらそうであったかのかもしれません。三十年ほど前にお会いになったという竜の末裔の一族はどこにいるんです?」

「流浪の民だったからな、今どこにいるのかはわからないよ」

「そうですか……」


 ……ええっと。

 竜の一族?

 わたくしが、その可能性があるということですか?


「あの……、わたくしの父は、その、この目のことが嫌いなのです。ですので、産みの母が同じような目をしていたら、その……愛人になど、するはずがないと思うのですけど」

「アレクシアと同じ目の色ではなかったかもしれない。クウィスロフト王家を考えてみればわからないか? 姉は、俺と同じ色の目をしていなかっただろう? クウィスロフト王家の竜の血は薄まっていて、このように目が金色になることはなかなかない。俺の父も、黒い瞳をしていた」


 確かに、言われてみればその通りです。

 わたくしの目に金光彩が入っているからと言って、産みの母がそうだったとは限りません。


「……竜の、一族」


 それも、クウィスロフト国とは違う竜の血を引いているのでしょうか。

 クウィスロフト国の竜の血は王家に流れております。ゆえに、王家から派生したクレヴァリー公爵家も、竜の一族といっても間違いではありません。しかし、そのクウィスロフト国とは違う竜の血がこの身に流れているかもしれないと思うと、少々不思議な感じがいたします。


「堂々と竜の一族を名乗るのだから、クウィスロフト王家よりも、陛下がお会いになった竜の一族の方が血が濃いのでしょうね」

「そうかもしれない。まあ、詳細は彼らでないとわからないがね。……だが、気を付けるべきだろうな」


 国王陛下はワイングラスを傾けて、少し心配そうな顔になりました。


「クウィスロフト国は逆に強すぎる魔力を恐れるようだが、基本的に、どの国も強い魔力保持者は喉から手が出るほど欲しいのだ。人、獣人を問わず、な。アレクシア殿はただでさえ強い魔力をお持ちのようだ。加えて本当に竜の一族だったとしたら……、狙われるぞ」


 きゅっとグレアム様の表情が引き締まりました。

 国王陛下は、グラスを置いて、まっすぐにグレアム様を見つめます。


「ほかに奪われぬように、気を付けることだ」


 グレアム様は、無言でゆっくりと、顎を引くように頷きました。


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