魔術の勉強は距離が近くてドキドキします 4

 ――奥様にそんなにべたべたしたければ、さっさと結婚式を挙げやがれ、です。


 メロディのその言葉に、グレアムは何も返せなかった。


(別に、べたべたしたいわけでは……)


 ない、と断言できないのが悔しい。


 自分の中のアレクシアに対する庇護欲は、日を追うごとに大きくなっていく。

 ずっとそばについていないとすごく不安なのだ。


 彼女の周りに存在する空気さえも、彼女を傷つけやしないだろうかと、ありもしない妄想まで働かせてしまう始末なのである。……末期だと思う。


 ゆえに、できることならずっとアレクシアを腕の中に閉じ込めておきたいと言う衝動に駆られるグレアムは、その衝動のまま彼女に手を伸ばしてしまうのだが、マーシアとメロディが目を光らせるようになって、不用意に触れることもできなくなった。


(結婚式なんて、挙げられるわけないだろう……)


 それが、彼女がスカーレットの命令で嫁いできたその日なら――あのとき余計な一言を口にしていなければ、可能だった。


 だが、グレアムは面と向かって「つまみ出せ」と言ってしまったあとである。

 今更手のひらを返して「結婚しよう」なんてどうして言える?


(アレクシアは一応王命で嫁いできたと認識しているが、その事実を利用してなし崩しに結婚式など……挙げられるわけないだろう)


 さすがにそれは、男としてどうかと思うわけだ。


 アレクシアが一生懸命風を生み出している。

 ふわりとグレアムの頬を撫でて通りすぎる、少し暖かくて、絹糸のように優しい感触の風は、アレクシアの性格を表しているようだと、彼女の性格をまだよく知りもしないのに思った。


 ここにきて、バランスのいい食事を続けているからだろう、痛々しいほど細かった彼女に、少しずつだが変化が表れている。

 肌も髪も、メロディが実の姉のような甲斐甲斐しさで丁寧に丁寧に整えているから艶も出てきた。

 日に日に、まるで卵から孵化した産毛だらけの雛鳥が、美しい成鳥になっていくように変化していくアレクシアから、片時も目が離せない。


 目を閉じれば、姉、スカーレットのにやにや笑いが浮かぶようだ。


 悔しいかな、スカーレットはグレアムの性格を熟知している。

 アレクシアの境遇、性格、外見。グレアムが無視できない要素ばかりを持った彼女を、放り出すはずがないと、姉はわかっていたのだろう。


 姉の思い通りに進んでいるようで悔しいが――グレアムだって、自分自身の感情がわからない愚鈍ではない。

 アレクシアに惹かれはじめている――いや、すでに惹かれているのは、自覚していた。


 だからこそ、安易に結婚式を挙げようなどと言えない。

 初日に自分がアレクシアに取った態度は、あまりにひどかったから。

 アレクシア本人が気にしていなくとも、グレアムは忘れることなどできないのだ。


(せめて、アレクシアが、俺が好きだと……彼女の意志で俺と結婚したいと思うまでは、言えない……)


 グレアムが言えば命令になる。

 女王の命令で嫁いできたアレクシアは、断ることなどできないだろう。


「グレアム様、できました!」


 嬉しそうに笑うアレクシアが、眩しい。


(あー、くそ! ……可愛いすぎるだろう……)


 理性も何もかもをはるか彼方に追いやって、ぎゅうぎゅうに抱きしめてしまいたい。

 ひたすら煩悩と理性と戦うグレアムに、メロディがあきれ顔を浮かべていたことには気づかなかった。


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