魔術の勉強は距離が近くてドキドキします 3

 グレアム様から魔術を習いはじめて一週間がたちました。

 初日に教師と生徒とグレアム様がおっしゃったので「グレアム先生」とお呼びしたのですけれど、グレアム様が「それはやめてくれ」と赤い顔をしておっしゃいましたので呼び方は「グレアム様」のままでございます。


 わたくしは生徒なのですけど。先生なので先生とお呼びした方がいいと思うのですけど。ご本人がダメとおっしゃるので、仕方がありません。


 地下の研究室で魔術具の研究を日課とされているグレアム様ですが、わたくしに魔術を教えるからなのか、以前のように研究室にこもりきりではなくなったようです。

 メロディが、毎回研究室から引きずり出すのが大変だったので助かりますと笑っていました。


 グレアム様は研究室にこもらなくなりましたので、食事もわたくしと同じ時間にダイニングで取られます。


 そうそう。そのせいで、わたくしの食事の少なさに驚いたグレアム様がマーシアを叱りつけて逆に叱られると言う珍騒動も起こりました。


 グレアム様に言わせると、わたくしの前に出される食事がとても少ないそうなのです。

 ですが、わたくしはそれほどたくさんの量を食べられませんので、マーシアが気を利かせて、食べられる量を用意してくださっていました。


 残すのが申し訳なくて何とかして胃に押し込もうとするわたくしの、体調を気遣ってのことです。思えば、わたくしが出された食事をすべて食べようとしたせいでこのようなことになったので、わたくしが悪いのですけど、調整された少ない食事に、グレアム様は差別的な何かがあると勘違いされたようでした。


 マーシアが、「旦那様と同じだけの量を食べられるはずがないでしょう!」とわたくしに食事を取らせようとするグレアム様を叱責し、グレアム様はようやくわたくしの胃の小ささに気が付いたようで、少々バツの悪い顔をなさいました。


 わたくしのせいで申し訳ないです。

 グレアム様に言わせますと、わたくしの食事の量は、一般的な成人女性の食事の量の半分にも満たないそうです。


 一度はマーシアの「食べられない」という言い分に納得されたグレアム様でしたが、摂取する食事の量の少なさを問題視されて、なんと、わたくしに、日に二回のティータイムの時間が設けられることになりました。


 ティータイムです。

 わたくしのようなものが、そのような時間を頂いてよろしいのでしょうか。


 午前と午後、朝食と昼食の間と昼食と夕食の間に設けられたティータイムには、薫り高い紅茶やハーブティ、そして美味しそうなお菓子が並びます。

 グレアム様もわたくしと一緒にティータイムをすごしてくださいます。


 ……なんだか、わたくし、自分がお姫様になったと勘違いを起こしそうなほど幸せです。


「炎よ……」


 わたくしの声に反応するように、上に向けたわたくしの手のひらの上に、ぽっと火の玉が浮かびました。

 掛け声はなくてもいいそうですが、あった方がイメージしやすいので、初心者は生み出したいものを口に出すといいとのことで、わたくしは初心者なのでそのアドバイスに従います。


 魔力を動かすのに慣れたわたくしは、グレアム様に見ていただきながら、四大元素の魔術の基本を学んでおります。


 四大元素とは、火、風、土、水の四つのことです。

 魔術にはほかにも、光や闇もあるようですが、こちらは少々難しいので、まずは四大元素の魔術を学ぶということになりました。


 ちなみに、魔術には適性というものもあるそうです。

 グレアム様は四大元素に加えて光と闇の魔術もすべて使えるそうですが、適性も魔力も少ない人は、限られた属性の魔術しか使えません。属性がなくとも魔力が多ければ持っていない属性の魔術でも使えますが、持っている属性の魔術より習得は難しいそうです。

 わたくしは今、四代元素の魔法を学びながら、何に適性があるのかを探っている状況なのです。


 ……グレアム様は、わたくしは魔力が多いので、おそらく全部か、全部でなくともほとんどの属性が使えるだろうとおっしゃいましたが、本当にわたくしにそんなにたくさんの属性が使えるのでしょうか。


「ああ、うまくできたな。次はその炎の色を変えてみろ」

「色、でございますか?」

「ああ。青やオレンジ、黄色、紫……炎は色によって温度が変わる」


 グレアム様がそう言いながら手本を見せてくださいます。

 グレアム様は流れるように火の玉を生み出しながら宙に浮かべていきました。赤や黄色オレンジ、紫、青、緑……。カラフルな火の玉が宙にぷかぷか浮かんで、とても幻想的です。


「綺麗だと思っても触るなよ。火傷するぞ」


 じーっと火の玉に見入っているわたくしが危うく見えたのでしょうか、グレアム様が素早く注意なさいました。

 わたくしとて、十七年生きた大人ですので、火に触れれば火傷すくことくらい知っているのですけど……、わたくし、そんなに何かをやらかしそうに見えるのでしょうか。ぼけっとした顔をしているからなのかもしれません。

 グレアム様に心配されないようにキリッとしなくてはと、表情を引き締めます。


「そんなに気負わなくても大丈夫だぞ……?」


 キリッとしたのに、グレアム様は逆に不安そうになりました。

 解せませんが、キリッとしなくていいらしいので、わたくしは表情筋を元に戻します。

 グレアム様は綺麗な火の玉を消して、わたくしに同じようにするように促します。


 ……温度の違いで色が変わると言うことは、色ではなく温度を意識して火の玉を生み出せばいいのでしょう。


「炎よ……」


 さっきよりも高い温度をイメージして炎を生み出しますと、オレンジと黄色の中間くらいの色になりました。さらに高い温度をイメージすると白っぽい炎が誕生します。それよりも高い温度をイメージすると、水色のような色の炎になりました。


「やはり覚えが早いな。最初でここまでできるものも少ないだろう」


 きちんとできたのでしょう。グレアム様は満足そうです。


「炎の温度を変えるのは、魔術具の研究をする上では欠かせない。練習すれば希望の温度の炎を生み出せるようになるだろう」

「……? はい……!」


 魔術の練習をしているのに、魔術具の研究のお話が出たのはよくわかりませんが、炎の温度を変えることはとても重要なことらしいです。


 頷いてさらに練習を重ねていますと、遠巻きに見ていたメロディが「んんん!」と喉に何かが引っかかったときような咳ばらいをしました。


「旦那様。何を考えているのか知りませんけど、奥様は魔術具の研究の助手はいたしませんよ」

「……そんなの、わからないじゃないか」


 メロディの指摘に、グレアム様がむっと眉を寄せます。

 どうやら、グレアム様はわたくしを助手に使うおつもりだったようです。


 ……助手、と言うことはお仕事ですよね。魔術具を動かす以外のお仕事も与えられそうです。わたくしにもできることがあってよかった。


「アレクシアは嬉しそうじゃないか」

「奥様のあれは、旦那様の助手が嬉しいわけではありません。お仕事が嬉しいだけです。ダメですからね。一緒になって研究室から出てこなくなったら、わたしたちが大変なんです!」


 食事については研究室の隣においておけばいいとしても、睡眠や入浴の時間を取ることも必要です。グレアム様は、睡眠や入浴の時間も忘れてこもりっきりになるそうなので、メロディはグレアム様を研究室から引きずり出すのに毎回苦心しているとのことでした。


 グレアム様は面白くなさそうでしたが、メロディのご迷惑になるなら、わたくしがグレアム様の助手を務めることはできません。

 グレアム様は拗ねたような顔をして、わたくしに炎を生み出す練習を中断させました。


 グレアム様は二十六歳ですが、そのようなお顔をされますと、少し幼く見えますね。なんだか可愛らしいです。思わず、ふふっと笑いますと、グレアム様が赤くなりました。


「つ、次は水を生み出す練習をしよう。水が生み出せれば、ビーカーやフラスコの洗浄が……」

「旦那様」


 メロディが低い声を出し、グレアム様がゴホンと咳ばらいをしました。


「違った。水を生み出すことができれば、その、洗濯をするのが楽になるぞ」

「……旦那様。洗濯メイドがいるのですから、奥様はお洗濯などしませんよ。何のためのメイドですか」


 メロディがはーっと息を吐き出しました。

 お城のメイドさんたちはメイド頭のマーシアとメロディ以外は獣人さんたちですが、獣人さんたちは魔術に似た力が使えますので、それを使用してお仕事なさいます。


 洗濯メイドさんたちは、カワウソや水鳥の獣人が多く、水をあやつるのが得意です。たぶん、魔術を習いたてのわたくしでは、お邪魔しかしないと思います。


「あー、じゃあ、なんだ。喉が渇いたときにいつでも水が飲める」

「喉が渇けばメイドが飲み物を用意いたします」

「いちいち茶々を入れるな!」


 何か言うたびにメロディの突っ込みが入るので、グレアム様がイライラと頭を掻きむしりました。

 グレアム様とメロディは乳姉弟という間柄だそうです。年齢は同じですが、メロディの方が誕生日が早いと言っていました。そのため、二人の間には本当の姉弟のような気安さが漂うことがあります。


「生み出した水が何の役に立たなくとも魔術の基本だ。黙ってろ!」


 メロディを黙らせて、グレアム様が手のひらに水の玉を生み出しました。


 ちなみに、何故メロディが魔術の練習中にそばにいるのかと申しますと、主にグレアム様の監視のためだそうです。


 魔術のお勉強の初日にグレアム様はわたくしを抱きしめるような体勢で魔術を教えてくださいましたが、メロディに言わせれば、あんなに密着する必要はどこにもなかったのだそうです。

 メロディいわく「セクハラ?」とかいうやつで、グレアム様がわたくしにあんまりべたべたと触らないように目を光らせる必要があるらしいのです。


 ……わたくしは、気にしませんのにね。むしろぎゅっと抱きしめられるのは、その、ドキドキはしますが、嫌ではありません。ちょっと嬉しいです。


 メロディやマーシアは「嫁いできたとはいえ結婚式も前の女性に破廉恥な……」とかなんとか言っていて、好ましくない行動のようでしたので、もちろんわたくしは、抱きしめられて嬉しいとかという余計なことは言いません。


 グレアム様の真似をして、手のひらの上に水の玉を生み出します。


「本当に覚えがいいな」


 一度でできたわたくしを、グレアム様が褒めてくださいました。

 頭を撫でるように手が伸ばされましたので、なでなでされるのを待っておりましたが、その前にメロディの「んんっ」という咳払いが聞こえて、グレアム様が空中で手を止められます。


「頭くらい……」

「不用意に女性の髪に触れてはいけません」


 どうやら、なでなでも禁止らしいです。


「奥様にそんなにべたべたしたければ、さっさと結婚式を挙げやがれ、です」


 メロディがちょっと変な敬語を使いました。

 グレアム様は苦いものを食べたような顔をして、手を下ろします。


「……。次は、風を生み出す練習だ」


 微妙な間があって、何事もなかったように魔術の練習が再開されました。



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