魔力測定をいたしまして 3

 グレアム様がわたくしを抱え上げた直後、激しい地震がおさまりました。


 きっと、グレアム様が魔術で地震を止めてくださったのでしょう。

 床にはいつくばって必死に恐怖と戦っていたわたくしは、グレアム様の腕の温かさに緊張の糸が切れて、ぽろぽろと幼い子供のように泣き出してしまいました。


 わたくしが泣き続けるからでしょう、グレアム様がわたくしを抱えなおし、子供にするように背中を叩いてくださいます。

 それだけではなく、わたくしを連れ帰ると言って、抱えたまま歩き出しました。


 主人に抱きかかえられているという恐れ多い状況でございますが、わたくしの体は震えておりまして、きっと下ろされても膝が笑って立つことすらままならなかったでしょう。


 ですので、黙ってグレアム様に運ばれるままになっておりました。

 なんだかわかりませんが、そうしておくことが今は正解のように思えたのです。


 グレアム様は駆け足でわたくしを城まで運び、出迎えたデイヴさんとメロディに温かいお茶を用意するように命じると、そのままわたくしが使わせていただいている部屋まで連れて帰ってくださいました。


 そして、わたくしを抱えたまま、グレアム様がそっとソファに腰を下ろされます。


 どうして抱えたままなのでしょうか。

 立つことはままならないかもしれませんが、ソファになら一人でも座れますのに。


 部屋に到着したときには、震えは止まっていませんでしたが涙は止まっておりまして、動転してぐちゃぐちゃだったわたくしの思考も多少まとまるようになっていました。

 ですが、この城の主に膝に抱きかかえられたままと言う状況に、ちょっぴり冷静さを取り戻しかけていたわたくしの思考が、今度は混乱をきたします。


 震えが収まっていないから、まだわたくしがおびえていると思われているのでしょうか。

 もちろん、あの大きな地震の恐怖はまだ消えておりませんが、わたくしはもう十七。七歳の子供ではないので、誰かにしがみついていないからといって、怖いと泣き出したりはいたしませんよ?


 けれども、主のなさることに、図々しくもわたくしが意見することは憚られますので、頭の中が「?」でいっぱいになりながらも、わたくしはじっとしておくことにしました。

 ややあって、メロディが温かい紅茶を持ってやってくると、グレアム様に、不可解そうな――何と言いますか、まるで新種の生物でも見たような奇妙な視線を向けました。


「旦那さ――」

「茶を置いたら下がっていい。あとで……そうだな、二時間くらい後に、城内の被害を報告するようにデイヴに伝えておいてくれ。いいな。二時間後だ」


 メロディが何かを言いかけましたが、それを途中で遮って、グレアム様が軽く手を振りました。

 メロディの不思議そうな目がわたくしに向きましたが、追及することをあきらめたのでしょう。ちょっぴり笑いをかみ殺したような顔になって、メロディがお茶の用意をすると、そそくさと部屋を退散していきました。


 メロディが出ていきますと、旦那様がわたくしを抱えなおして、首を巡らせなくとも顔を見て話せるような位置にしてくださいます。


「あ、あの……」

「怪我はしていないか?」


 グレアム様は、わたくしの頬に残っている涙の後を指の腹でぬぐう仕草をしながら訊ねました。


「はい、大丈夫です」


 わたくしが頷きますと、ローテーブルの上からティーカップを取って渡してくださいます。


「飲むといい。紅茶の香りで気分も落ち着くだろう。ああ、熱いから気をつけろ」

「は、はい……」


 いったいこれはどういうことでしょう。

 わたくしの勘違いでなければ、グレアム様に甲斐甲斐しく面倒を見ていただいているような……。そんな奇妙な錯覚を覚えます。


 不思議に思ってじっとグレアム様の金色の目を見つめますと、目じりが少しだけ赤く染まりました。ちょっぴり目を泳がせながら、「あー」とか「うー」とか言っていらっしゃいます。


「その、お前は……そう! 軽いな!」

「え? あ、はい。そうかもしれません。痩せていて、その……申し訳ございません。お見苦しいでしょう?」


 わたくしの貧相な体など、目汚しでしかありませんね。

 わたくしがグレアム様の膝から降りようと身じろぎいたしますと、慌てたように腰に腕が回りました。これでは降りられません。


「いや、すまない、そういうことではなく……。別に、見苦しくなんか……。ええっと、だから、軽くて気にならないから、このままでいてくれていいということだ!」

「は、はあ……」


 ええっと、どういうことでしょう?


 わたくしはグレアム様のおっしゃりたいことがよくわかりませんでしたが、遠回しに、動くなとお命じになっていると解釈すればいいのでしょうか?


 主の命令であるなら、逆らってはなりません。

 わたくしが素直にグレアム様の腕の中でおとなしくなりますと、グレアム様は少しほっとしたように息を吐きました。


 先ほど飲めと言われましたので、ティーカップに口をつけます。

 この状況にはまだ理解が追い付いておりませんが、少しずつ冷静になってくると、ちょっぴりドキドキしてきました。


 誰かにこうして抱きしめられたのは、生まれてはじめてでございます。

 温かくて、ドキドキして、なんだか落ち着かないのに、落ち着くような、変な感じです。


 ドキドキしながらゆっくりと紅茶を飲み干して、わたくしは、この時になってようやく室内の様子に視線をやることができました。


 室内は……そう、一言で申しますと、ぐちゃぐちゃです。

 先ほどの地震の影響でしょう。棚に飾られていた絵皿は床に落ちて割れているし、出窓に飾られていた花瓶も倒れています。壁に掛けられていた絵は斜めに歪んでおりますし、床の上にはシャンデリアの破片らしきものもありました。


 ……もしかしてグレアム様がわたくしを膝から降ろさないのは、わたくしが不用意に破片を踏んで怪我をしないようにしてくださっているからなのでしょうか?


 わたくしが床に散乱したシャンデリアの破片をぼんやりと眺めておりますと、グレアム様はわたくしの視線を追って、それから小さく舌打ちしました。


「危ないな」


 小さくつぶやいて、床に向かって手をかざします。

 グレアム様の手のひらが金色に光ったかと思うと、床に散乱していたシャンデリアの破片がふわりと宙に浮かびました。


 ……これはもしかしなくても、魔術です! はじめて見ました!


 浮かんだ破片は、天井のシャンデリアに向かって吸い寄せられるように浮かんでいき――なんということでしょうか。浮かんだ破片が、どんどんシャンデリアにくっついて、あれよあれよという間に、まるで新品のようにわずかな欠けもゆがみもなく、修復されてしまいました。


 ぽかんと口を開けて驚いておりますと、今度は割れた絵皿が動いていきます。

 絵皿の破片も宙に浮かんで、元通りの一枚にくっついたかと思いますと、飾ってあった通りに棚の上に戻りました。

 花瓶も、斜めになった壁の絵も、グレアム様の魔術で全部元通りになっていきます。


「……すごい」


 思わずつぶやくと、グレアム様が口端を持ち上げて笑いました。


「このくらいの魔術なら、お前もすぐに使えるようになるだろう」

「え?」


 わたくしはぱちくりと目をしばたたきました。

 確かにわたくしは、本日魔力測定に出向きましたが、魔力測定の途中で地震が起こってしまって、魔術が使えるだけの魔力があるのかないのかまだわからないのです。


「わたくしは、魔術が使えるほど魔力があるのでしょうか? 魔力測定の途中で地震が起こってしまいまして、どのくらいの魔力があるのか、わたくしにはまだわからないのです」

「あー……」


 すると、グレアム様は困ったように頭をかきました。


「魔力は、ああ、ある、魔術は充分に使えるだろう」

「グレアム様は見ただけでわかるのですか⁉」


 驚きです。魔力測定をしなくとも、グレアム様は誰がどの程度の魔力を持っているのか判断できるようです。さすが大魔術師様です。

 尊敬のまなざしで見つめておりますと、グレアム様は居心地が悪そうに身じろぎなさいました。


「ええっと、まあ、そうだな、そんなところだ」


 グレアム様は歯切れ悪くおっしゃられて、わたくしの頭をポンと撫でました。

 頭を撫でていただいたのも、生まれてはじめてのことでございます。ドキドキします。このドキドキはなんでしょう。


「魔術なら俺が教えてやる。というか、この地で魔術を教えられるのは、俺か、じじい……バーグソンだけだろうし。ただ、バーグソンは、それほど魔力が強くないから中級レベルまでの魔術しか使えない。お前は学びさえすれば、上級魔術も難なく使えるだろう」


 なんと、バーグソン様も魔術師の素質をお持ちだそうです。

 魔術が使えるだけの魔力がお持ちですが、コードウェル辺境伯をお継ぎになったので、魔術学校卒業後に王都で就職せず領地に戻った、珍しいタイプの魔術師様なのだそうです。


 そして、なんとなんと、わたくしは上級魔術も使えるほど魔力があるらしいのです。

 さらにはグレアム様が直々に魔術を教えてくださるとのこと。

 びっくりしすぎて、ぽかんとしてしまいます。


 ……わたくし、グレアム様に邪魔に思われていると思っておりましたが、ちょっと違ったのでしょうか。少なくとも魔術を教えてくださるくらいには、存在を許していただけているようです。


 ほっとします。

 わたくし、ずっといらない子でしたので、なんだか「ここにいていいよ」と言われているみたいでとてもとても嬉しいです。


「っ……何故泣く⁉」


 あら、安堵したからでしょうか。それとも嬉しかったからなのでしょうか。気づかないうちに、わたくしの目からぽろりと涙が零れ落ちてしまったみたいです。


 グレアム様がおろおろと狼狽えて、わたくしの目元を親指の腹で優しくこすります。

 これは、悲しいからではなくて、嬉しいからで、その、ただの生理現象なのでそれほどびっくりなさらなくてもいいのですけれど、おろおろするグレアム様はとっても優しいお顔をされているので、わたくしは何も言わずにされるままになります。


 ちょっぴりおかしくて、そしてほっこりと胸が温かくなる、不思議な感じです。

 いらない子のわたくしを抱きしめて、涙に狼狽えてくださるグレアム様。


 よくわかりませんが、もしかして、これが幸せと言うものでしょうか。

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