魔力測定をいたしまして 4
「メロディ、どうした?」
「ああ、お父さん。ちょっとこれ、見てくれる?」
アレクシアとグレアムに紅茶を届けに行ったメロディがいつまでたっても戻ってこないのでデイヴが様子を見に行けば、娘はアレクシアの部屋の前の廊下で、何やらおかしな行動をとっていた。
そう、扉を小さく開いて片目をつむり、その隙間から中をのぞき見していたのである。
主人の部屋をのぞき見するような子に育てた覚えはないんだけどなぁと思いながらも、娘に言われるまま部屋の中を覗き込んでデイヴは、目をぱちくりとしばたたいた。
グレアムがアレクシアを抱きかかえて戻ってきたときも驚いたが、これは……。
「ね? びっくりでしょ? 何がどうなっているのかしら? きっとあれはグレアム様の皮をかぶった他人だと思うのよ。だってあの偏屈な朴念仁が、新妻を膝に抱きかかえるなんて、信じられないもの」
なかなか辛辣なことを言うメロディに苦笑しつつ、デイヴもふむ、と考える。
メロディの言う通り、グレアムは偏屈――というか、神経質なところがある。
生まれてから十五までの王都での暮らしが影響で、グレアムは他人になかなか心を許さない。
それどころか、できる限り「人間」というものを自分の周りから遠ざけようとする傾向にある。
女王スカーレットの命令でアレクシアが嫁いでくると知ったときは、これはまたひと悶着あるぞと警戒していたが、案の定、来て早々追い出そうとした。
自分と妻が、グレアムの花嫁というのはともかくとして、城の中での生活だけでも整えようと画策していたのに気が付いたのか、到着早々わざわざ研究室から出てきてまで、本人を前に「つまみ出せ」と言ったのである。
普通のご令嬢であれば、面とむかってそのような失礼なことを言われただけで腹を立てて帰るだろう。
デイヴも、アレクシアが激怒して帰ると思っていた。
(それがまさか、下働きでいいから働かせてほしいだもんなぁ。あれには旦那様も驚いていたようだし……)
あ、これ訳ありだ、とデイヴもマーシアも、即座に気が付いた。
グレアムもそうだろう。
だが、女王によってよこされた花嫁というのが気に入らなかったグレアムは、その違和感にふたをしてアレクシア本人を見ようとはしなかった。
しかし、あのあと、マーシアと何か話をしたようで、アレクシアをここに住まわせることに同意し、彼女の境遇を調べることにしたようだ。
マーシアから伝言を受けたデイヴは諜報隊に命じてアレクシアの情報を集めさせている途中である。
(わかったことは報告を上げたが……うん、あれはひどかった)
ちょっと調べただけでも、でるわでるわ。アレクシアがいかに不遇な人生を歩んできたかを知り、デイヴもマーシアもメロディもかなり引いた。グレアムの城での扱いも大概だったが、彼の場合はスカーレットがいた。スカーレットがグレアムをかばい、守り、少しでも悪意から遠ざけようとしていたので、ひどいと言っても、人間らしい生活は送れていた。
だが、アレクシアは違う。
はっきり言って、家畜でもアレクシアの百倍はましな生活をしている。
(屋根裏の倉庫に押し込められて、食事もまともに与えられず、下働きの使用人のようにこき使われていたとか……公爵家なんだから、娘を使わなくても、いくらでも金があるだろうに。わざとそうして虐待していたとしか思えない)
金に困って、娘に家のことを頼むというのならまだわかる。
だが、あれは違う。
使用人にまで馬鹿にされて、義母である夫人や異母姉の機嫌が悪ければ容赦なく殴られ蹴とばされ、父親にはいないものとして扱われる。
災厄を呼ぶ化け物と言われ、気味が悪いと罵られ、体調を崩して倒れれば、そのまま死ねばいいのにと言われるのだ。
人間という存在の、汚いものすべてを見せられた気分だった。
はっきりいって、グレアムに報告するための報告書をまとめるのも苦痛だった。
報告を聞き、情報をまとめているだけで、叫びたいほどの怒りが腹の底から沸き起こってくるのだ。
情報を集めてきた諜報隊もそうだったのだろう。
隊長である鷹の獣人――ロックは、怒りに顔を赤く染めて、暗殺部隊を派遣していいかとまで訊ねてきた。当然そんなことをすれば内戦に発展するかもしれないので却下したが。
報告書を渡したとき、グレアムは表情を変えなかったが、彼のことなら生まれたときから知っている。
(あれは、相当怒っていたな)
それでも、アレクシアに対してどう接していいのかわからなかったのだろう。
彼女を避けるように研究室にこもっていたが、先ほどの地震がいいきっかけになった。
(そういえばあの地震……まさかな)
グレアムが魔力測定をした時にも同じようなことが起こったが、あんなこと、千年続くクウィスロフト国でも、グレアムを含めて三回ほどしか記録に残っていない。ちなみに、その一番古い記録は、八百年前に国を滅ぼしかけた『竜目』の王子だ。
「ねえ、お父さん。あれ、本当に旦那様なのかしら?」
メロディはまだ懐疑的だ。
あんな美丈夫はほかにいるはずがないと言うのに、目の前の現実が信じられないのだろう。
デイヴは笑った。
「本当に旦那様だろう」
デイヴはぽんとメロディの肩を叩いて扉から離れるように言う。
グレアムはあれで、弱者にとても甘いのだ。
自分の境遇がそうさせるのかもしれない。
ここに来た時、あれだけ人間を毛嫌いしていたグレアムが、獣人にはとても親切だった。
(ああいうのを、庇護欲というのだろうな)
グレアムは人一倍、その庇護欲が強いのだ。
アレクシアの生まれ育った境遇を知り、その人一倍強い庇護欲が頭をもたげても不思議ではない。
(加えて、奥様は何というか、こう、守ってやりたくなる雰囲気をしているんだよな。外見もそうだが)
不安そうに揺れる赤紫色の瞳。華奢な体。何かあるたびに怯えたように人の顔色を窺うのは、虐待されてきたからこその癖だろう。
ちょっとしたことで小さく震える肩。
目を見張るほどの美人なのに、まるで壊れかけのガラス細工のような雰囲気を持ち、とにかく、守ってやらなければという気持ちにさせる。
グレアムほど庇護欲の強くないデイヴでさえそう思うのだ。グレアムにしてみれば、片時も目が離せないほどではなかろうか。
(ついでにそのまま恋に落ちてくれれば、私たちとしては万々歳なのだがね)
いや、あれを見れば、時間の問題か。
デイヴは小さく笑って、メロディの肩を押して部屋の前から遠ざけた。
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