魔力測定をいたしまして 2

 ドンッと突き上げるような揺れを足元に感じた直後、グレアムは反射的に地下の研究室を飛び出していた。


 地震だと使用人たちが慌てふためいている。

 獣人だろうと、地震は怖いものだ。人間よりも幾分屈強にできている獣人たちでも、自然の脅威には逆らえない。


(だが、これは違う!)


 これがただの地震であれば、逆にグレアムはそれほど慌てなかっただろう。

 地震は脅威だが、このあたりの建物は頑丈にできている。ちょっとやそっとの揺れで倒壊はしないし、万が一に備えて、この地に住まう人たちには避難場所を徹底的に周知していた。


 避難場所には結界の魔術具があり、作動すれば、たとえ地震の脅威からであろうと人々を守ってくれる。

 だがそれは、あくまで自然の地震であれば、だ。


 上下に跳ねるように揺れる中、グレアムは駆けだした。

 普通なら立って歩くことも難しいが、幸いにしてグレアムは魔術師である。自身の体に伝わる揺れくらい、魔術でいくらでもコントロール可能だった。


「デイヴ‼ アレクシアは、今日、魔術測定に行くと言っていたな⁉」

「は、はい!」


 必死に柱にしがみついているデイヴが、こくこくと小刻みに頷いた。

 それを確認して、グレアムは城を飛び出すと、まっすぐ教会へ向かった。

 この揺れには、心当たりがある。


(俺の時もそうだった!)


 街全体を破壊しかねないほどの揺れ。

 グレアムが王都を危うく滅ぼしかけたのは、五歳の魔力測定の日のことだった。


 あの時は、小さな体が揺れに耐えきれず、『竜陣』の中から弾き飛ばされるようにして外に出られたため、揺れはさほど長く続かなくて、幸い多少の建物の倒壊があっただけで助かったが。


「金光彩の瞳は気になっていたが、これほどとは……!」


 これまで魔力暴走を起こしたことがないようだったので大したことはないと油断していたが、違ったのだ。


 あの娘は、アレクシアは、グレアムと同等に近い量の魔力を持っている!


 教会に飛び込むと、アレクシアの護衛についていたオルガが、礼拝堂の椅子にしがみついていた。


「あ、旦那様……!」


 焦った声を上げるオルガを無視して、魔力測定のための『竜陣』がある部屋へと急ぐ。

 大きな揺れで傾き、押しても空かなくなっていた扉を蹴破れば、『竜陣』の中心で、泣きそうに顔をゆがめながら這いつくばっているアレクシアの姿が見えた。


 美しい、金光彩のきらめく赤紫色の瞳には、今にもあふれそうなほど涙がたまっている。

 それを見た瞬間、グレアムの心臓がぎゅっとなった。


「早くそこから離れろ‼」


 大声で叫び、駆け寄って、救い上げるようにアレクシアの腰に腕を回す。

 片手でぎゅっと抱きしめ、後ろ向きに『竜陣』から飛び出せば、あれほど激しかった揺れがぴたりと止まった。

 はーっと息を吐いて思わず壁に寄り掛かる。


(こんなに焦ったのは久しぶりだな……)


 揺れが収まったことに安堵しつつも、城下町にどのくらいの被害が出たのかを確認しなければなと頭を巡らせていると、左腕に抱いていたアレクシアから「ひっく」としゃくりあげるような声がした。

 かたかたと小さな揺れが腕を通して伝わってくる。


(……あー)


 怖かったのだろう。

 揺れが収まり安堵したからなのか、堪えていたものが堰を切ったようだ。


 片手で抱きしめていたのを両手に変えて、そっと抱き上げる。

 ぽんぽんと背中を叩いてやると、ぽろぽろと涙をこぼしていたアレクシアが、ぎゅうっとしがみついてきた。


(……なんだこれは)


 むず痒いような、温かいような、心臓がぎゅっとなるような。


 なんだかよくわからないが、経験したことのない感情が、胸の中にマッチの炎のように小さく灯った。


 なんだろう。

 アレクシアを、早くどこか落ち着く場所へ運んでやらなければ。


 そんな自分でも理解しがたい焦燥に駆られる。

 普段のグレアムだったならば、泣いていようと構わずアレクシアをこの場において、被害の確認に急いだだろう。

 それなのに、それを後回しにしても、彼女が落ち着くまでそばについてやらねばと、そしてそれは当然のことであると、そんな風に思ってしまった。


「……マーシア。アレクシアを連れて先に帰る」


 何故そんな風に思ったのか。

 その答えを探す前に、グレアムはアレクシアを抱えて踵を返した。

 マーシアとバーグソンがいったいどんな顔をしているのかは見えなかった。――否、見なかった。


 なんだか、グレアムにとってとても不愉快な表情をしているような気がしたからである。

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