魔力測定をいたしまして 1

 コードウェルの空は一年の三分の二は雲に覆われておりますが、逆に言えば、一年の三分の一は青空が広がっているということです。

 噂では、常に暗雲が立ち込めていると聞いておりましたが、全然違います。


 コードウェルに来た翌日の朝。

 わたくしは、結露で曇った窓から差し込む朝日に嬉しくなりました。


 今日は、魔力測定の日です。

 なんだかちょっぴりわくわくしてしまうのは、魔術が使えるだけの魔力があれば、ここでお仕事が与えられるからでしょう。


 昨日の夕食時も、今朝の朝食時もグレアム様は現れませんでした。

 マーシアによりますと、ご趣味の魔術具研究のために地下にある研究室にこもってしまっているとのこと。

 そうなれば、いくら声をかけても出てこないので、食事は研究室の隣の部屋に置いて、そーっとしておくのだそうです。


 昨日の夕食も驚いたのですが、恐れ多いほど豪華な朝食をいただいて、わたくしはメロディのお古のワンピースに着替えました。

 わたくしが持ってきたドレスは薄くて温かくないため、クローゼットの奥深くにしまってあります。


 マーシアが、わたくしの服を作らなければいけないとおっしゃっていました。

 作っていただけるのはとてもありがたいことなのですが、わたくしはお金を持っておりません。マーシアもメロディも、妻の服を買うのは夫の仕事だと言っていましたが、甘えてしまってよろしいのでしょうか。


 わたくしがメロディのお古でいいのですけどと伝えたところ、マーシアとメロディの二人に叱られてしまいました。

 奥様がお古を着るのはダメなのだそうです。

 でも、メロディは背が高く、たいしてわたくしは女性の平均的な身長で、しかもやせっぽちですので、メロディが子供のころに来たお古でないと丈が合わないので、仕方なく応急処置的にこちらを着てもらうことにしたのだとかなんとかと言っていました。


「ドレスを仕立てるのには時間がかかりますから、今日の夕方にでもいくつか既製品を持ってきてもらえるよう手配いたしました。当面は既製品で我慢してくださいませ」


 わたくしのたいして艶のない金髪を丁寧に結い上げながらメロディが言います。

 メロディに言わせれば、栄養が足りずパサついている髪も、保湿して、丁寧に整えていけば艶々のさらさらになるのだとか。異母姉の艶々でさらさらな髪がうらやましかったわたくしは、ちょっと嬉しくなります。わたくしでも、整えればまだましになるところがあったのです。


「髪飾りはこちらでいかがでしょう? わたしのおさがりで申し訳ないのですけど」


 そう言って、メロディが薄ピンク色のリボンでできた薔薇のような髪飾りを頭に挿してくださいました。


「わたくしは飾りがなくても……」

「せっかく美人さんなんですから、着飾らなくてどうするんですか」


 ……美人さん。


 生まれてはじめて言われた言葉に、わたくしは目を丸くしました。

 わたくしはやせっぽちのちんちくりんで、美人さんではありません。

 肌もがさがさで、髪もぱさぱさで、気味が悪いと言われる目をしていますし、ほめていただけるようなところはどこにもないのです。


 だというのに……、美人さんと言われて、面はゆくも喜んでしまう自分がいます。お世辞だとわかっていても、嬉しいものなのですね。


 わたくしが照れている間に、メロディは手早くわたくしの支度をすませてしまいました。

 髪飾りに以外にも、お化粧もされて、魔力測定に向かうだけですのに、とても着飾られてしまいました。


「あら、奥様。とても可愛らしいですわ」


 メロディのお古のコートを持って、マーシアがやってきました。

 着飾られたわたくしを見て、優しく目を細めます。


「魔力測定は、城下の教会で行いますから、コートを着てくださいませ。城からそれほど離れておりませんけど、外は寒いですからね」


 マーシアがわたくしには少し大きいコートを着せてくださいます。

 わたくしが実家で持っていたつぎはぎだらけの雑巾のようなコートとは違って、このコートはとても暖かいです。


 デイヴさんに見送られて、わたくしはマーシアと、それから護衛の獣人さんと一緒に城を出ました。


 コードウェルはグレアム様がしっかり治めていらっしゃいますので、治安がとってもいいところだそうですが、最近になって、北の国境を背にしているエイデン国が少々きな臭いのだそうです。


 エイデン国は獣人の王を頂いている武力国家で、本気でこちらに攻め入られれば、クウィスロフト国の被害は甚大なものになるでしょう。

 百年前までクウィスロフト国は獣人を迫害しておりましたが、決してエイデン国に攻め入ることはございませんでした。クウィスロフト国の方が分が悪いからです。ですが、クウィスロフト国で迫害された獣人の多くはエイデン国に逃げ込んだため、あちらの国はクウィスロフト国にいい印象を抱いておりません。今は均衡を保っておりますが、もし何かの拍子に開戦となれば大変なことです。


 幸いにして、このコードウェルは獣人が多く、グレアム様も彼らを差別することなく手厚く遇しておりますので、ここに住む獣人の方々がうまくエイデン国と交流しているのだそうで、今のところ、少しきな臭さはありますが、開戦になるほど大きな問題には発展していないのだそうです。


「奥様、足元が滑るから気をつけな」


 本日護衛についてくださった獣人さん――オルグさんが、にかっと白い歯を見せて笑います。

 オルグさんは、黒豹の獣人さんなんだそうです。普段は黒髪に金色の目の背の高い青年です。わたくしが暮らしていた王都では金色の目の方は見たことがございませんでしたが、獣人が多く暮らすコードウェルでは、金色の目をよく見かけます。獣人さんは魔力が多いので、金色の目をして生まれやすいのだそうです。


 そのおかげなのか、わたくしの赤紫色の瞳に現れる金光彩は、誰も気にしていないようです。


 ……ここでは、金光彩を気にせず過ごせそうですね。よかったです。


 女王陛下が、実家にいるよりもこちらの方が過ごしやすいだろうとおっしゃいましたが、こういう意味合いもあったのでしょうか。

 なにはともあれ、昨日も今日もみな様とてもよくしてくださって、実家にいるときとは比べ物にならないくらい快適です。こんなに快適でいいのでしょうかと不安にもなりますが、ここでお仕事できるようになれば、この不安も少しは解消するでしょうか。


 足元に気を付けながらオルグさんとマーシアとともに教会へ向かうと、そこには神官服を着た四十ほどの司祭様と、それからもう一人、七十前後でしょうか、白髪頭の、けれども品のいい男性が待っていました。


「奥様、司祭様と、それから前コードウェル辺境伯のバーグソン様です」

「お初にお目にかかります。アレクシア・クレヴァリー……ではなくて、ええっと」


 嫁いできたのですから、クレヴァリーを名乗るのはおかしいかもしれません。ですが、コードウェルの地名を名乗るのは、いかんせん、招かれざる嫁ですので、ダメだと思います。困っていますと、マーシアが素早く口を開きました。


「グレアム様に嫁いでいらっしゃいました、アレクシア様です。アレクシア様、以後はコードウェル夫人とお名乗りいただいて構いませんよ」

「ですが、その、わたくしは……」


 グレアム様に認めていただいていないのに、堂々とコードウェル夫人を名乗ってはいけないのではないでしょうか。


「おやおや、あの方は来たばかりの奥様をずいぶんと困らせているようだ」


 バーグソン様が目じりにしわを寄せて微笑み、わたくしにそっと手を差し出しました。


「ささ、このじじいが僭越ながら案内役を務めさせていただきましょうね。グレアム様が何をおっしゃったのかは知りませんが、嫁いで来られたのですから堂々となさっていればいいのですよ。なんたって、女王陛下のご命令ですからね。それにしても、こんなに可憐でお美しい奥様が嫁いで来られたというのに、夫が魔力測定にも立ち会わないとは、情けないことですな。私でしたら、それはもう、一瞬たりとも目を離したりいたしませんのに」


 バーグソン様は茶目っ気たっぷりに片目をつむられます。

 バーグソン様はお年を召しているから皺は多いですが、若いころはさぞ美男子だったことがうかがえるほど整った顔立ちをしていらっしゃいました。いえ、今も充分に素敵です。しゃんと背筋が伸びた、優雅な物腰のとても素敵な老紳士でございます。


「じーさん、奥様を口説くのはさすがにまずいんじゃないかい?」


 オルグさんがにやにやしながら言いました。

 口説く? オルグさん、突然何をおっしゃるのでしょう。

 赤くなってうつむけば、バーグソン様が心外そうに眉を上げました。


「何を馬鹿なことを。じじいに口説かれても奥様が困るだけでしょう」

「じーさんのそれ、無自覚だから困るんだよなぁ。既婚、未婚かかわらずあっちこちっちで女をたらしまくってるんだぜ。奥様も気を付けたほうがいい」


 オルグさんがぼやいて頭をかきました。

 わたくしが目をぱちくりとさせますと、バーグソン様がはあと息を吐きます。


「面白くもない冗談は結構ですよ。オルグはそこで待っていなさい。マーシアはこちらへ。奥様、魔力測定は教会の奥で行います。こちらですよ」


 バーグソン様のエスコートで、礼拝堂を通り過ぎ、廊下を少し歩きますと、それほど大きくない部屋に到着いたしました。


 足元には大きな円が描かれていて、中央に、竜でしょうか。寝るように体を丸めた竜のようなものが描かれています。


 バーグソン様が、まるでお姫様にするような優雅な仕草で、流れるようにわたくしを円の中央に誘いました。

 そして、わたくしを一人円の中心に残して、円の外へ出ていきます。


 司祭様が、眼前の竜の石像にそっと触れました。

 石像の肌は真っ白ですが竜の目だけは、グレアム様の瞳のような美しい金色の石がはめ込まれていました。


 司祭様が、石像の竜のうろこを撫でるように手を動かしました。

 何やら、短い呪文のようなものを唱えられます。

 その――直後のことでした。



 ドンッ!



 足元から、何かが突き上げてくるような強い衝撃を感じました。

 そして、ぐらぐらと、激しく上下に揺れはじめます。


「きゃあああああ!」


 地震です。

 立っていられなくなったわたくしは、思わずその場にうずくまりました。

 マーシアも、バーグソン様も、司祭様も壁に手をつき、上体を低くなさいます。

 パラパラと、天井から石粒のようなものが降ってきました。


 ……もしかしなくとも、このままではここは倒壊してしまうのではないでしょうか。


 青ざめるも、揺れが激しくて立ち上がれません。

 地震のせいなのでしょうか、眼前の石像の金色の目が、強い光を放っています。


 揺れに耐えきれなくなって、司祭様がつんのめるようにその場に転びました。

 体勢を低くしていても、揺れに体が持っていかれるのです。


 わたくしも、滑りそうになる体を縮こませて、床にしがみつくように這いつくばります。

 どうしましょう、このまま天井が落ちてきて、押しつぶされてしまったら。


 喉の奥で悲鳴が凍り、恐怖でまともに声すら発せられなくなりました。

 早く揺れが収まることを祈って、わたくしがぎゅうっと目をつむった時でした。


「早くそこから離れろ‼」


 怒鳴るような声が聞こえたと思った直後、床にはいつくばっていたわたくしの腰に、誰かが腕を回しました。


 ふわりと浮き上がる体。


 息を呑んで首を巡らせれば、わたくしを軽々片手で抱え上げた、焦った顔をしたグレアム様がいらっしゃいました。

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