河童の手
@wzlwhjix444
第1話
帰宅ラッシュの電車にもまれ、自宅の最寄り駅についたのは午後八時だった。
そのタイミングで、胸元にしまってあるスマホのバイブが体に伝わった。
光る液晶画面には、登録されていない見知らぬ電話番号が表示されていた。
基本、知らない番号はスルーと決め込んでる。
一旦、胸元にしまいなおそうとしたが、市外局番が、実家の町の番号だったので、
もしかしたら迷惑電話ではない、何か実家と関係がある連絡かも知れないと直感的に思った。
大学を卒業し一人暮らしをはじめてから一年、盆と正月以来、半年は帰省していなかったこともあり、何となく変な胸騒ぎがした。
履歴に残ったその電話番号に、折り返し電話をかけた。
「○○総合病院です」と若い女性の声が聞こえた。
「私、今し方連絡を頂いた佐藤と申しますが……」そう返答すると、
「少々お待ちください」といった後、年配らしき女性の方に変わった。
「佐藤隆一さんの息子さんでいらっしゃいますか?」
と女性の声は、やや慌て気味だった。
自分の父の名は間違いなく隆一という。
「はいそうです」俺は冷静に答えた。
「お父様が、交通事故に遭われまして、現在危篤状態です。すぐにでもこちらに起こし頂けませんか?」
予想だにしない出来事に心拍が祭り太鼓のように踊った。
「分かりました。直ぐに向かいます。それと、母には連絡されていますか?」
自分以外の身内は、母親だけだ。連絡済みなら、二度手間にならないと、焦る気持ちを抑え冷静に確認して見た。
「奥さんの方には、ご自宅、携帯と連絡をいたしましたが、あいにく不在でございましたゆえ、今、こちらに連絡した次第です」
「そうでしたか、では、こちらからも再度、母に連絡するようにしてみます」
といって電話を切り、直ぐに母親の携帯に電話をかけた。
呼び出し音は鳴り続けるが、全く応答がない。こんな時になにしてんだよ、いつもは直ぐに出るくせにと、苛立ちと怒りが交錯した。
一時間後、親父が搬送された病院についたが、時すでに遅く、数分前に息を引き取っていた。主治医らしき人から、死亡宣告の確認をされ、看護士からは、お悔みの言葉と、旅立ちの用意の為、洋服の用意を促された。死因は急性心不全だった。
ベットには、眠っているようにしか見えない父親がいて、直ぐには現実が受け止められなかった。こんな時は、泣きながら横たわる親父に抱き付くのがドラマの定番なんだろうか? そんなことしか頭に思い付かず、ただ茫然としいる自分が、奇妙にしか感じられなかった。
タクシーを拾い、実家に戻る途中、東北の小さな町から上京し、料理人として店を開業し、毎日一種懸命に働いて、決して裕福ではなかったが、俺を大学まで卒業させてくれた親父のことを考え、俺もやっと社会人になり、これから親孝行ができると思
ったら、途端に涙が止まらなくなった。タクシーの運転手がミラー越しに、心配そうに見ているのが分かったが、息が詰まるような嗚咽を、何度も咳払いでごまかした。
実家に着くと、玄関は真っ暗で、窓は雨戸で閉ざされ、ひと気は全く感じられなかった。突然の出来事で、実家の鍵は持ち合わせていなかったが、不用心にも玄関の鍵は掛かっていなかった。
家の中に入り、玄関内と廊下の電気を付け、親父の寝室に向かう途中、開けっ放しの真っ暗な仏間に人の気配を感じた。
ゾクリとしながら仏間の電気を付けると、母親が蹲るように座っていた。
「母さん!」俺は思わず叫んだ。
母はゆっくりと踵を返すと俺の顔を見るなり突然抱き付いて、
「佑樹! 良かった、生きててよかった」と背中をさすられた。
俺は思わず、
「電話も出ないで何してるんだよ!親父が、親父が大変なことになってんだぞ」
と上ずりながら言葉を絞り出した。
「わかってるわ、お父さんが身代わりになったのね」
母は、驚きもしない様子で、抑揚なく答えた。
俺は、あまりにも無感情なリアクションに戸惑いながら、
「身代わり? 一体何の話だよ」
と詰め寄った。
「猿の手というイギリスの怪奇小説をしってる?」
と母は突然訳の分からない質問で返してきた。
「猿の手? そんなの知らねえよ、っうかそんな話どころじゃないだろ」
俺は、唐突過ぎて、ついに母の精神が錯乱してしまったのかと思った。
「いいから、話を聞いて頂戴」
と取り乱すことなく、気がふれた様子も見せず、俺の方に体を向き直し
「こっちに来てお座り」
という母の言葉に、何故か、抗う事が出来ず、成すがままの状態で、母の目の前に腰を下ろした。
「このお話はね、イギリスの老夫婦の所に、インドの知り合いが訪れ、何でも三つだけ願いが叶うという、猿の手のミイラを譲り受けるの。
その手が呪物の類だと分かっていても、主人は取り敢えず二百ポンドが欲しいと願いを掛けたのよ。そうしたら、息子さんが、働いている工場で事故に遭い、突然亡くなってしまい、その補償として会社側から二百ポンドのお金が支払われて、結果として願いが叶ったことになるのだけど、息子さんが埋葬され、十日が経ち、母親の悲しみは収まらず、息子を生き返らせてほしいと猿の手に願いをかけたの、すると玄関からチャイムが鳴り、母親は息子が帰って来たんだと、喜び勇んで玄関を開けようとするのだけれど、父親がそれを制止し、あることを母親にささやくの、何を言ったか分からないけど、父親だけは、機械に挟まれ無残になった息子の亡骸を見ているのと、それから埋葬されて十日が経ってるという息子さんの姿を想像し、玄関先の恐怖を連想させる物語なの」
「だから何? うちにも同じものがあって、似たようなことが起こったっていうのかよ!」
と俺は母に対して語気を荒げた。
すると母が視線を落とし、握りしめていた桐箱を俺の目の前にスッと差出し、蓋を開けた。
そこには、小さな水かきがついているミイラ化した動物の手が入っていた。
俺は、あまりの不気味さに、一歩後ずさったが、気を取り直し、
「これって、まさか」と問うと、母親がゆっくり頷き、
「数日前、お仏壇の掃除をしていた時、裏から出て来たの。お父さんが昔、貿易商の友人から譲り受けた物らしく、気味が悪いからとずっと仏壇の裏に隠し、忘れていたらしいわ。でもね、余りにもさっきの話に出て来る呪物と似てるじゃない? それで試しに願って見ようとお父さんが言い出したの。うちの店もコロナ過で借金がかさんで、首が回らなくなっていて、お金をね…… ほんの数千万だけ」
「ほんのって、数千万? そんなの聞いてないよ母さん。そもそもうちがお金に困ってたなんて」
「あんたが、気にすることはないのよ、お父さんとお母さんの話だから」
「じゃあ、親父が自ら保険金のために犠牲になったっとでもいうのかよ」
「そうね、怪奇小説の話でなく本当に起こったのよ」
「そんなバカな話があるわけないだろ! だったら、小説通りに今度は親父を生き返らせてあげようよ。俺はさっき病院で親父を見たけど、外傷もなく眠ってるようだったし、埋葬もされてなければ、火葬もされてないんだ。借金だって、コロナ過が去って、どこも客足が戻ってるって聞くし、俺だって協力するよ」
「優しいわね…… でもよく考えてみて。小説では、願った後に誰がぎせいになった?」
俺は一瞬かたまった。先程聞いた二百ポンドの代償は確か息子さんだった。でも、願った主人には予想もつかなかった結末だったはず。今回、親父はそれを知って願いを掛けていたらとすると―
「言わなくても分かるわよね?」
母が俺の考えを読んでいるかのように答えた。
「猿の手の話を知りながら願いを掛けたのはお父さんなのよ。お母さんはね、誰かが犠牲になるなら、お金なんていらないと必死になって止めたの、それなのにあの人は聞かなくて、だから、病院から電話が来た時、あなたが死んだと思って、恐ろしくて恐ろしくて、電話に出れなかったわ」
「でも、俺からの電話なら普通に無事だと思わない?」
「何かあった場合、あなたの携帯から、登録先を見つけて電話をしてきてるんじゃないかと疑ったわ」
と言ってへたり込んだ。
俺の頭は混乱した。実際にこんな迷信じみたことが本当に起こるのだろうか?
でも、小説通りに、親父が願えば俺が事故で死ぬはずだった。しかし、願った本人が死んだのなら、罰があたったのか…… いや、そもそもこんな話が実際にある訳がない。あるとするならば、確かめる方法は一つしかない。
俺は、意を決してミイラの手を取り
「亡くなった親父をいきかえらせてほしい」と願いをいった。
それを聞いた母は取り乱し、
「佑樹! 何をバカなことを! あなたの命よりもお金を取った父親なのよ! あなたにはお母さんがいればいいのよ。それで幸せに暮らして行けるの」
と俺から強引にミイラの手を奪い
「今のは嘘よ。取り消して」と母が叫んだ。
しかし、時すでに遅く、玄関先からインターホンの音が聞こえた。
(ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。)
母と俺は硬直した。
俺はまさかと思ったが、母が、
「遅かったわ、絶対に出ちゃダメ」と俺の手を力ずよく握りしめた。
「でも、もし本当に親父なら」
「ダメ!お母さんの言うことを聞いて!」
と部屋の電気を消し息を潜めた。
俺は望んでいたことなのに、なぜか急に怖くなり、母の言う通りに息を潜めた。
(ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。)
もう一度、インターホンが鳴り、耳をを澄ますと、玄関の扉の丁番がキィーと軋む音を立てた。
そうだ俺が入って来た時から鍵はかかってなかった。
バタンと扉が閉まる音をたて、今度は、廊下をズル、ズルと何かを引きずる音がこちらに向かって近づいて来た。
母親の握りしめる手に、熱と汗が伝わる。俺も喉が締め付けられる感覚になった。
その足音は、徐々に近づき、仏間の前で止まった。
廊下の電気が仏間の前に黒い人影のシルエットを映した。
その瞬間パチンと電気の付く音と同時に、自分たちのいる仏間が明かりに照らされた。
「ヒィー」と母親の叫び声がし、俺の体もビクンと震えた。
「ただいま」
親父の低い声が仏間全体に響いた。
目の前に立っていたのは、間違いなく死んだはずの父親だった。しかし、
両足はチアノーゼのまま紫色になり、感覚がないのか、引きずるような音はその足のせいだったのだと直ぐに分かった。病院では、布団の中に隠れていて、足までは見えなかった。
それでも俺は、
「親父! 生き返ったのか!」
と歓喜に近い弾む声で叫んだ。
「ありがとな佑樹。お前がその河童の手で生き返らせてくれたんだろ?」
「河童の手? ああ、何だか知らないけど願い事をいったんだ」
「いや~ これで心置きなく死ねるよ」
と親父が白い歯を見せ笑った。
「死ねる? どういうことだよ親父」
俺は親父が何を言ってるのか全く理解できなかった。しかし、それを理解するのに数分もかからなかった。
「母さん。何で俺が急性心不全になって緊急搬送されていたのに、病院に来てくれなかった? それどころか、電話すら出てくれなかったらしいじゃないか?」
そういって親父が、仏間に一歩足を踏み入れた。
母の握る手の握力が無くなり、震えに変わった。
「それには訳があるんだ」
俺は、咄嗟に母親の手を放し、親父の前に対峙した。
「訳?」
親父が首を傾げた。
「猿の手だ。その物語は、お金の為に息子が犠牲になったと聞いた。だから母さんは親父が願ったことで、俺が事故に遭ったと思い込んで、怖さのあまり電話も出れなかったんだよ」
「そんな嘘をお前がまともに信じたのか?」
親父の目つきが尋常ではない鋭さを増し、ズルズルと母親ににじり寄る。その瞬間。
「このあばずれが!」と罵声と共に親父が一気に母に襲いかかり、手に握りしめた光るもので母の首を掻き切った。病院で手に入れたのか、それは手術で使うメスだった。
母の首からバケツで水をぶんまけたような血が噴き出し、ゴホッと声にならない一声を発し、数秒の痙攣ののち身動きしなくなった。
俺は呆気にとらわれ、声も出せず棒立ち状態。
親父は、血だらけの両手を俺の肩に乗せ、
「佑樹。すまん。お前が独立して、母さんは変わってしまったんだ。若い男に入れ込んで、店の売り上げをくすねては、その男に貢いでいやがったんだ。月に数回シティホテルで逢瀬を繰り返し、その結果がこれだ。店の経営が傾いた時に、昔、貿易商から譲り受けた、何でも三つ願いが叶うという河童の手を思い出した。俺は、母さんから、猿の手の小説の話も聞いていたからこそ、お金よりも、母さんの浮気を止めてくれと願ったんだ。でも、それは何故か実現しなかった。やはり、ただの迷信だと疑ったが、諦めきれない俺はもう一度試したんだ。今度は、お金が欲しい数千万のお金がほしいと、でも、猿の手の話を聞いてれば、お前が呪いの犠牲になると思い、俺は、あえて息子のためにお金が欲しいと願った。そうすれば、お前には危害が加わることが無いと考えたんだ。だが、その代償は自らに訪れた。かけていた保険金数千万が元凶であるあいつの手に入る予定になった。俺は死にゆく意識の中、後悔の念が止まなかった。生き返るチャンスをくれてありがとう佑樹」
そういって親父は、河童の手のミイラをつかみ、
「俺は最後の願いをこの河童の手にかける。これは、猿の手の小説と同じく最後の願いをした人間は、死ぬと書かれている。でもそれで本望だ」
と親父は涙を浮かべ笑いながら、河童の手に向かって言った。
「母さんが、貢いだクソ野郎よ、死ね」
突然死とは本当に突然なんだな、心筋梗塞? 敗血症? 脳梗塞?
俺は、意識が薄れる中、母との、この一年を思い出していた。
「社会人一年目何てまだまだ薄給でしょ? いいから取っておきな」
と毎回会うたびに数十万のお小遣いをくれて、シティホテルでのディナーを御馳走してくれてたっけ、俺はいつも甘えっぱなしで、本当に、いつになったら親孝行できるんだろうかなんて、申し訳なくて仕方がなかった。
親父の一つ目の願いが叶う訳ないよな。貢いでたのは、浮気相手じゃないんだから……
ニュ―スです。本日、一軒の住宅で親子と思われる三人の遺体が発見されました。
捜査当局は、事件性はなく一家無理心中の可能性が高いという発表がされました。
ただ、父親と思われる男性は、一度、急性心不全により搬送先で亡くなっており、遺族が遺体を無断で運び出した可能性が有り、被疑者死亡のまま、死体遺棄としても捜査を継続すると思われます。
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