第3話
「太宰さん、大丈夫ですか?」
「ん〜〜、何、敦君?」
ちょっとうるんでいるような気のする大きな瞳に覗き込まれて太宰はにっこり笑っていた。いつもと変わりのない笑みを浮かべることはできた。そう思うものの敦の目が心配そうなのは変わらなかった。
化粧が崩れているようなことはないと思うので恐らく笑みがうまくできていなかったのだ。
(ほぼ八徹夜目のようなものだからね。さすがの私もこれではまともに活動できないということか。だとしても仕事に来ないという選択肢はとれないからな。このまま行くと死は確定だからそうなった時のためにも私の仕事はある程度終わらせ、引き継がせておかないとしといけない。
気になっていた組織とかもあるから、それは乱歩さん……、否、社長のかな。やれることだけでもやっておかないと)
「最近具合が悪そうですけどけど何かあったんじゃないですか」
「大丈夫だよ、私は元気だから気にしないで」
つらつらと考えている間にも敦の目は不安そうに太宰を見ていた。それは何も敦だけでなく周りの全員そうであった。国木田までも少し心配しているような感じで太宰を見てきている。
(後二日で大体のことは終わる。それが終わったらもう仕事にくるのをやめるようにしよう。休むと一気に体が壊れそうで不安だけど、解消のしようもない以上はこれ以上不安にさせるわけにもいかないからね)
大丈夫とでも言うようにみんなに向けって笑っていた。
「あ、谷崎君。この案件は確か君の担当だったよね。はい。資料まとめたから。後はお願いね。それから国木田君のこの後の会合は誰と行けば良いのだけ?」
「ああ、それは鏡花とだが〜〜」
そこで言葉は途切れていた。何を言われるのかわかっているからこそ太宰は笑う。
「お前大丈夫か。それなら敦に行ってもらってもいいんだが」
「大丈夫だよ。それに敦君はあの人の所は前に一回行ったきりだろう。くせの強い人だし初めての鏡花ちゃんと二人では荷が重いよ。
鏡花ちゃんおいで。丁度お昼の時間帯だし、うずまきで昼食を取りながら打ち合わせをしよう。、結構細かい所までうるさくて気をつけないといけない所たくさんあるからその辺を話すよ」
国木田の眉間にできるしわを見ないふりして大宰は鏡花を呼んでいた。必要な資料を手にしてそそくさと動く。一瞬目のまえがふらりと揺れ、足元が崩れかけたが、何とか普通の形を保っていた。周りの視線が集まっているが、気づくものはいない。にこにこと笑う太宰の元に鏡花はきていた。
大丈夫と彼女も聞いてくるのに笑顔で答えている。
「それで分かったかな?」
太宰は首を傾けてしまいながら目の前にいる鏡花に問いかけていた。鏡花はと言えばうんと頷づきなから太宰の手をじっと見ている。そこには太宰が注文したもはや眠気ざらしにもならないコーヒーが置かれている。
それでもないよりはまだましであった。
鏡花の手元には食べかけのサンドウィッチがある。何となく言いたいことは分かってはいた。
「仕事は大丈夫だけど」
小さく口元を尖らせて彼女が言う。
「ご飯はそれだけでいいんですか。それより……」
鏡花の口が閉じて、その目はまだコーヒーのカップをじっと見ている。ごはんではないのでは、と言いたげに見つめられ太宰は笑顔で一口口に運んでいた。ごくごくと飲み干していく。
「私は仕事前は食べないようにしているのだよ。血糖値があがると考えがまとまらなくなるからね。だから帰ってから食べるよ」
八徹夜目にもなると体の内側の機能も落ち始めまともに消化もできなくなってしまったのが理由であった。が、そんなことはわざわざ口にする必要はなかった。
隠して太宰は笑う。
でも鏡花はそんな太宰をじと目で見てきていた。鏡花の食事は太宰が気になるのか先程からあまり進んでいなかった。
太宰の口元が少しだけ変える。でもまたすぐに笑みになっていた。
「時間はあるけどそろそろ食べないとだめだよ」
優しくは声をかけていく。
渋々ではあるがー口含み直して食べ始めていく。
空になったカップを弄んだ。そうしていた時、二人は席の前に誰かがたつ気配を感じてそっとその顔をあげていた。
二人の耳揃って見開く。
席の傍にいたのは探偵社社員なら誰もが頭を下げる人物、福沢であった。あわてて二人が背を伸ばすのを手で制しながら、二人を見ていた銀の目が太宰を映した。「太宰」
「はい」
名を呼ばれて暫く福沢は何を言うこともなく太宰をじっと見つめてくる。その目の圧は強く太宰でさえもろくに言葉を口にすることは出来ない。
無言のまま時がすぎていく。
解放したのは福沢で、ふむと一つ頷いたのが合図であった。
「みなの言う通り顔色が悪いな。この後は依頼人の所へあいさつだったか。それは私が行く。太宰は事務所に帰って一度休め。与謝野には言ってあるので医務室のベッドで仮眠をとるよう。一眠りをした後はそのまま帰るよう。国木田か敦が送るようになっているからどちらの言う事もしっかりと聞くのだぞ」
はっと口が開いたのは一瞬、すぐにでもと言葉はでたか、じっと見下ろす目で消えていた。
鏡花の目は少し輝いてよかったと言うように太宰を見てきていて、ほうと吐息が落ちていた。わかりましたと出ていく言葉は小さかった。
探偵社に戻った太宰はどことなく安心した雰囲気のあるみんなに押されながら医務室に連行され、そこのベッドに横になった
「寝たってどうせ向こうの世界に行くだけなのだけど……」
出ていく吐息。それでも八徹夜目の体は容易く眠りに落ちていた。
ぱちりと目をあける。
見えるのは探偵社の真上、瞬きを二回。
「あ〜〜なるほど。昼間に寝ても向こうの世界に行くことはないのか。
………………つまり寝るなら昼間ってことか」
太宰治。悪役令嬢になりました。 わたちょ @asatakyona
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