第28話 第二十三条 公安委員会は、警備業務の実施の適正を図るため、その種別に応じ、警備員又は警備員になろうとする者について、その知識及び能力に関する検定を行う

 この世は大警備員時代である。いつの世も、男性が多い職場に女性が入って来ると、浮足立つ者は多い。それは警備員も同様だが、忘れてならないのは警備員という人種はと言う事だ。拠って、普段から出会いの無い男性警備員は誘蛾灯に吸い寄せられるように近寄って行く事になる。しかし、女性警備員が欲望に忠実ではない保証は無い。



「うーん……なんか違う……」


 確かに似ているコトは似ている。だが根本的にコレじゃない感が漂っているし、言い換えれば、見様見真似で有名絵画を真似して完成した新たな芸術作品のような、「何かが違うんだけど、何が違うのか素人目には見抜けないナニカ」のようなモノがあった。



「トリィ様、何が違うんですか?兜に紐に赤い棒。緑と白の縞々模様の輪っかに笛?見た目こそ確かにトリィ様が身に付けている物と違う気がしますが、大体の形状は同じだと思いますけど……」


 まぁ……警備員をやってると、「コレが本当に必要なのか?」みたいなのは誰しもが考えるコトだから分からなくも無い。それに世界が違えば、使える素材も違うのは当たり前だ。石油製品が大部分を占める日本で使ってるモノと、同じモノが作れるワケは無いと感じていた。

 まぁ、実際に大事なのは“制服”になるんだけどな。そもそもこの世界に“警察”っているのかな?いないなら、制服のデザインに付いては悩む必要性が薄れる。問題はワッペンくらいしか無いだろう。



「これはモールと言って先端に警笛を付けておくんだけど、ケガをした時に止血帯として使えるし、犯罪者を捕まえたりした時の拘束具としても使えるように作られているんだ」


「そんな機能が?」


「だから先ず、丈夫でなくちゃいけない。それこそ強度を出す為にこうやって紐を編み込む形で作られている。でも、この試作品はただの紐で編み込まれていないから、ルビアラみたいな力自慢なら簡単に引きちぎれると思う」


 モールは“制服”の扱いになる装備品。他の“道具”にしても“用具”にしても、必要不可欠な要素が含まれているコトが多い故に、見様見真似じゃ本来の“用途外使用”に対応出来ないだろう。



「結局、サフィアス閣下が作らせた試作品は使えないのですか?」


「使えないワケじゃないんだけど、「もし、何かあったら」って言う“不測の事態”には対応出来ないって感じかな。“不測の事態”なんて本来は起きないに越したコトは無いし、滅多に起きないから“不測の事態”なんだけど、その時に警備員が居合わせたら対処を求められる……だから装備品だけはちゃんとしておきたいって思うんだ」


 凄く真面目に語ってしまった……。俺としてはガラじゃないって思う。俺のコトを昔から知ってるヤツなら指差して笑ってくるレベルだ。

 だが、付き合いの浅いタリアは俺を笑ったりせず、真剣な表情で俺に対して視線を投げていた。



「あの……タリアさん……どうかした?」


「トリィ様が凄く真剣な目付きで話して下さるもので、わたくしは見惚れてしまってました……。で、ですが話しはちゃんと聞いていましたッ」


「なんか……もの凄〜くラヴ臭がするんですけど……?何かありました?」


「えっ……?ラピシリアさん!?いつの間に?」


 見詰め合う俺とタリアの間から、ぬっと現れたのはラピシリアだった。あれ?ラピシリアには今日から復帰するって伝えた記憶が無いんだが?



「もうッ!トリィ様ッ!酷いケガをしたと聞いてましたけど、大丈夫なんですか?誰がしたのか、それともモンスターにやられたのかは、わたしは知りませんけど、危険な事は駄目ですからねッ!」


ぐさッ


 えっとラピシリア?凄く心臓に悪そうな音を立てていたのに気付いてない?それともワザとやってる?少なくとも、ラピシリアの後ろにいるタリアは凄くダメージを受けてそうな表情になってるんだけど……。

 と、まぁ、そんなコトは思っても絶対に口にしないのだが……。



「あ、貴女は本当にいつも唐突にやって来ますねッ!せっかくトリィ様といい感じでしたのに……それにしても従業員でもない人が勝手に入って来るのはどうかと思いますよ?」


「ちゃんとノックはしましたよぉ?それともこれからイチャコラする予定だったんですか?それなら、わたしも混ぜて下さいッ!あっ、でもでも初めては誰にも見られたくありませんけどッ!」


「@#$※¥☆*&%〒ッ!?あ、あ、貴女は何を口走っているのですかッ!」


 なんか急にカオスな展開になったんだが……。俺はどうすればいい?少なくともこの状況は、俺の経験則からして対処の方法が分からない。修羅場なんて、テレビの中だけで起こる世界観だと思ってたからなぁ……。



「それにしてもラピシリアさん。俺が今日から復帰するって言ったっけ?」


キッ

「トリィ様、その事で物申しに来たんですっ!なんでわたしに連絡くれなかったんですかッ!やっぱりわたしは、遊びだったんですねッ!?遊ぶだけ遊んで気が済んだら、ポイッてするんですねッ!!」


 あ……マズった。修羅場モドキから、完全なる修羅場へとランクアップした感じだ……。それにラピシリアの発言によって、タリアの俺を見る目が、穢らわしいナニカを見るような目の色に変わって来てる……。



「トリィ様……トリィ様も男性ですから、その……申し上げにくいのですが、するなら相手は選ばれた方が……。わたくしはそこまで束縛はしませんが、せめて……」


 いやいやいやいや、何かを凄く勘違いしてるよね?ラピシリアはさっき「初めては〜」って言ってたよね?そこからまだ未経験だって気付くよね?

 だからそんな目で俺を見ないでくれッ!



 このカオスが落ち着くまで暫くの時間を要した。だが、落ち着いてみればなんのコトは無い。ただカオスなだけだった。

 それもそうだろう。エメリルダは酔っ払って寝たままで、ぎゃーぎゃー騒いでいても起きる気配は無いし、タリアとラピシリアはそれこそ騒ぐのをやめたが、睨み合ったまま無言を貫くと決め込んだらしい。そこに、再び大量のビールを抱えたルビアラが帰って来たのだから……って、なんで俺の周りにはこんなに大勢の女性が集まっているんだろうな?




「それで、試作品はどうだったんだ?今日こそは木箱を開けたのだろう?」


「あぁ、開けられたよ。色々とあって疲れたけどな……」


「詳しくは知らんが、タリアやエメリルダ、ルビアラも一緒なのだ。何も無いとは思っていないさ。ところで、試作品は使えそうか?」


 事務所から帰ると次なるは、サフィアスとの打ち合わせの時間だ。少なくともあのカオスよりは大分マシだが、男同士だから華は無い。



「あのまま使えるか?って聞かれたら答えは“ノー”になる。装備品それぞれの特徴……と言うか“勘所かんどころ”をメモに書いたから、これを参考にしてもう一度試作品を作ってもらえるか?」


「まぁ、そうなるとは予見していたさ。トリィが使っているモノはこの国では手に入らない素材だからな。その内、職人が何かを閃くかも知れん。それにそのメモの“勘所”こそがきもになるのだろう?だから“勘所”を踏まえた上でまた、イチから作ってもらえるよう職人に依頼してみるさ」


「なんか、色々とすまん」


 こうして打ち合わせは終わり、俺とサフィアスの二人はルビアラが拾って来た缶にそれぞれ手を掛けた。

 サフィアスの調査に拠って、ビールの危険性は無いコトが証明されたからだ。

 それにしても、仕事終わりのビールは格別だなッ!

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