第27話 第二十二条 警備業者は、営業所(中略)ごとに、警備員の指導及び教育に関する計画を作成し(中略)警備員指導教育責任者資格者証の交付を受けている者のうちから、選任しなければならない(以下略)

 この世は大警備員時代である。警備員は警備会社に雇われた社員であるが、大体は非正規雇用に当て嵌まり、日給月給である事が多い。だからこそ給与は月払いじゃなく、日払いや週払い、給与の前借り制度など色々な体系があったりもするが、大本はお金に警備員が多い現状に拠って付け足された制度だったりもする。



「俺の元いた国は“日本”って言う国なんだ」


「ニホン?」


「そう。なんて言うか……かなり昔に勝てると意気込んで戦争して負けて、戦争を二度としないって決めた結果、平和ボケした国。そしてこの世界と違って人間しか住んでいない国。その人間達は新しいモノが大好きで、自分勝手なヤツが多い国。平和ボケしたからなのかもしれないけど、何か事件が起きても自分とは無関係だと思っていて、常に危機感なく暮らしている人が多い国。でも、事件の当事者になると、こんなハズじゃなかったって、何がなんでも自分のコトだけは守ろうとするヤツが多い国……」


「それって……その国に住む人間族は幸せなんですか?」


 俺が今も日本に暮らしていたら、「幸せなのか?」なんてコトは考えなかっただろう。だってさ……日々の生活に追われ、税金やら何やらの為に働かなくちゃいけなくて、「幸せになる」為に働くなんてコトを考えてる余裕すらなかったからだ。

 そして、いくら働いても自由になるお金なんか少なくて、手元に残ったお金は、少しいいモノを食べたら直ぐに失くなって行く……。

 ワーキングプアな世の中過ぎて、寝る時間も惜しんで働かなくちゃ、生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれるのが、日本って国だった。


 中には上手いコトやって、働かなくても喰っていけるヤツらもいたし、働いてるヤツらから毟り取るように金を集めてるヤツもいた。


 そんな日本だったからこそ、俺は誰とも信頼なんてし、人の好意にもんだろう。だから俺はこの歳になるまで独り身だった。

 住んでいた世界が違ければ結婚して子供がいても可怪しくはない年齢だと思ってる。

 「“運”や“縁”が無かった」と言われればその通りなんだが、「法の元に平等」と言いながら、生きていく為には何一つ平等なんかじゃなかった。



「俺は……いや、日本って国は“初めての仕組み”を作ったモノ以外に、“幸せ”を感じる生活は送れないかも知れないと思ってる。だから、そんな日本に帰りたいとは思っていないんだ」


「戦争も争いも無い国でも、幸せを感じられないなんて……酷い国ですね。あ……申し訳ありません、トリィ様。トリィ様の生まれた国をさげすむようなコトを言ってしまって……」


「いや、事実だから……。それに政治家は……いや、これ以上は完全な愚痴になるから、みっともないな」


「辛い人生を送って来られたのですね……」


 確かに日本以上に酷い国は地球上にとあったと思うし、その中から見れば日本は恵まれているんだろう。

 それに識字率は「ほぼ100%」と呼ばれる日本に生まれたからこそ、この世界で俺のコトを認めてくれる人がいるってコトを考えれば、一方的に悪いとは決め付けられないとも思う。

 要するに「上には上がいる」モンだし、「隣の芝生は青い」ってコトになる。


 でも、俺は何故か“日本”って言う国の弁明をタリアにする気が起きなかった。



「俺は今まで自分の「幸せ」について考えて生きてたワケではなくて、自分が「生きる」為に働いていただけなんだ。でも……この世界に来て、皆と過ごして行く内に、日本じゃ感じなかった「幸せ」を感じていたのかも知れない」


「トリィ様……」


「もしも、俺が歩んで来た人生にタリアさんが、って言うなら……。こんな俺でもって言ってくれるなら、俺はこの国で幸せに生きて行きたいッ!」


 俺からこれ以上のセリフは出て来なかった。これって聞き方に拠っては「プロポーズ」に聞こえると思うし、実際にタリアはそう受け取ったように思えた。何故なら、色白な顔を耳まで真っ赤にして俯いてしまったからだ。


 俺としては結婚を急いでいるワケじゃないし、今すぐに彼女や恋人が欲しいってワケでも無い。健全な男子としてはそれじゃあいけないと思うし、「子孫繁栄」の為にはやっぱりダメだと思うが、おっさんにもなるとハタチそこそこのガキと違って“猿”じゃあない。

 おっさんにもなれば、全ては「下半身に相談」的な事態は起きなくなって来ると言っても過言じゃあない!まぁこればっかりは個人差があるだろうし、俺よりも大分歳上な警備員が、風俗嬢に入れ込んでいたのは実際にこの目で見て来たから、下半身に脳ミソがあるヤツもいたんだろう……とは思う。


 警備員は社会不適合者がマジョリティだから、下半身に脳ミソがあるヤツがマジョリティと言われてしまっては、マイノリティな俺は何も言えなくなってしまうだろう。

 まぁ、そんなどうでもいいコトは置いといて、今はこの状況をどうすれば打開出来るか考える時間だ。



「だけど、今の俺には何も功績が無い。俺がこの国になくてはならない存在になってこそ、しっかりとタリアさんと向き合えると思う。それがいつになるかは分からないけど……」


「うふふ。わたくしがお婆ちゃんになるまで待っているのは流石に無理ですが、トリィ様……期待していますッ!」


 タリアは俯いていた顔を上げると瞳をキラキラと輝かせ、俺を見詰めて来た。流石にタリアがお婆ちゃんになったなら、俺はおっさんから爺さんにクラスチェンジしているハズだろうが、生憎ながら警備員の就業可能年齢に上限は無い。死ぬまで現役でいられるのが警備員の強みと言えば強みだ。

 流石にヨボヨボで歩くのが難しくなってまで、警備員やりたいとは思わないけどな……。



「よしッ!話しが纏まった所で、やっとコレが開けられる」


「そう言えば、その箱の中には何が入っているんです?」


「この中にはサフィアスが頼んでくれた、装備の試作品が入っているんだ」


「ケービーインの装備品です?」


 警備員の装備は「制服」「道具」「用具」の三つに大別出来る。細かい紹介は省くけど、それらの大別の中から必要なモノを装備品として警備会社が警備員に貸与するってのが基本的な流れだ。

 だから基本的には会社からの貸与品以外の装備を使うコトは許されていない。まぁ、会社のふところ事情に拠っては、「何千円までで自分で買って揃えてくれ」とか、「今日から装備が安物コレになった」とかも有り得るのだが、本来は認められていない。

 しかし……警備会社が増えるにつれ、警察署が全ての警備会社の装備を把握しているワケではないので、ソレは完全なるグレーゾーンと言えるだろう。

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