第26話 第二十一条 警備業者及び警備員は、警備業務を適正に行うようにするため、警備業務に関する知識及び能力の向上に努めなければならない

 この世は大警備員時代である。警備員を頼んで来る業者は、ある程度の期待値を持って受注して来るが、それに適う警備員が来る可能性はまれである。拠って業者はそれを繰り返される内に、てしまい何も期待しなくなるのは当然の事と言えよう。



「あの……その……トリィ様?今……お時間宜しいですか?」


 それは突然やって来た。それは唐突に切り出して来た。エメリルダはまだ寝てる。ルビアラは再びビールを稼ぎに迷宮ダンジョンに向かったからこの場にはいない。

 俺が開ける開ける詐欺を繰り返していた、試作品が入った木箱を開けようとした矢先のコトだった。



「タリアさん、どうしたの?改まって……」


「その……お仕事中、申し訳ないのですが……。トリィ様は、わたくしの事を本当に好いていらっしゃるのですか?」


 想定外。まったくの想定外の質問が予想の斜め上から突き刺さって来るような感じがした。

 この場合、俺が取れる選択肢はあるのか?好きと言っても、好きじゃなくなったと言っても、待ってるのは地獄のような気がする。だったら俺が取れる唯一の打開策は、禁じ手かも知れないが一つしかない。



「タリアさんは、俺のコトをどう思っているの?」


 もう後戻りは出来ない。質問に対して質問で返すと言う“禁じ手”を使った挙句、質問の内容がヤバい気がしたのは、言ってから気付いた。

 だが……俺も男だ。男に二言は無いから、言ってしまった以上、どんな解答がタリアから出て来てもそれを正面から受け入れるつもりだ。



「前にトリィ様に話しましたよね?覚えていらっしゃいますか?わたくしにはお慕いしてる方がいらっしゃると……」


「えぇ、覚えています」


「その方とわたくしは、簡単には会えません。ですが、お会いしたとして、わたくしはその方から女性とは見られておりません」


「タリアさん程の美しく可愛らしい女性が?」


 おっと、口を滑らせた。だがこれは、リップサービスではない。俺の本心だ。



「トリィ様……わたくしは、トリィ様に惹かれつつあります。トリィ様は、わたくしとの年齢差をよく取り上げられますけど、それがそこまで大事おおごとになるとは思っておりません」


「でも、タリアさんのご両親は、こんなじゃ良い顔はしないんじゃないかな?」


「わたくしに母上はおりません。いるのは父上だけ……。ですが、その父上もわたくしには頭が上がりませんから、もしも……もしもですよ?トリィ様が、わたくしとの結婚を本気で望むのなら、わたくしが父上を説得してみせますッ!それこそ!」


 なんだろ?タリアって凄くイケメンな気がする……。もしも俺が女だったら、「とぅんく」って音がどこからともなく聞こえた挙句に心臓が高鳴っていたかも知れない。

 でもさ、彼女の父親の説得を彼女任せってのは、不甲斐無いと俺は思う。そんな甲斐性無しの男なら、絶対に断固反対されても文句は言えないだろうって、俺は思うよ? 

 困難を乗り越えて結ばれてこそ……男の甲斐性じゃない?



「俺は、タリアさんに言って無いコトがある。それを聞いてもタリアさんが、「俺に惹かれる」って言ってくれるんなら、俺は本格的に覚悟を決めようと思う」


「トリィ様……どんな人にでも隠し事の一つや二つはあって然るべきです。わたくしも、トリィ様に隠しているコトがありますッ!……ですが、トリィ様の「隠し事」は興味があります」


 隠し事は蜜の味って言うか、秘密の共有って距離を縮めるのにもってこいだと俺は思う。

 少なくとも俺が話していないコトを結果的に「隠し事」と扱われるのは多少不服に思うコトだが、話していない=隠し事と捉えられてしまっても、それは俺の責任と言えなくも無い。



ごくんッ

「俺は、この世界で生まれたワケじゃないんだ。俺はこの世界とは別の世界で生まれた。簡単に言ってしまえば、“転移”して来たってコトになるのかな?」


「転……移?う……そ?待って下さいッ!そんなコトが出来るのはこの世界じゃ……」


「ある日突然、俺は元いた世界の仕事中にこの世界に来たんだ。そして彷徨っていた俺を“賊”と勘違いしたサフィアスに拾われた。だから俺はこの世界のコトを……この世界の常識を何一つとして知らない」


 嘘は何一つとして言っていない。誇張表現も無い。ありのままの体験をタリアに伝えたつもりだが、タリアはにわかには信じられない様子だった。



「トリィ様は、女神様に呼ばれたのです……か?」


「女神?いや、俺が会ったのはどちらかと言えば女神と言うよりは怨霊と言うか幽霊と言うか……もっとホラーな感じだったけど?」


 白い服を来た髪の長い女が俺を招いていたのは、記憶の中にある。だから、“女神”なんてそんな神々しい感じはなかったし、アレは“女神”と言うよりはもっと、ナニカだと俺は思う。

 むしろアレを“女神”として崇拝しているのなら、「その信仰は可怪しい」と一石を投じたい……とか思ってもまぁ、無理な話しだとは思う……さ。

 俺は宗教家でもない、ただのイチ警備員だからな。



「もしも、トリィ様が女神様に召喚されたのなら、トリィ様は神の御使いと言う事になります。そうならば、この国の王であったとしても、逆らう事は出来ませんッ!」


 って言ったからには、“嘘”の可能性も視野に入れてると思って間違いは無いだろう。そこがタリアの困惑を絶妙に表現していると思う。

 少なくとも俺は、神に呼ばれたと親友が言ったとしても信じないと思うから、あながち間違っているとは思わない。

 まぁ、俺に“親友”なんていないんだけどさ……。



「だから俺は魔力ってヤツが使えないし、剣とか武器も今まで振ったコトが無い。こんな俺だけど、タリアさんはまだ俺に「惹かれて」くれる?」


 聞き方を間違えれば「惹かれる」じゃなくて「引かれる」に聞こえるが、それは愛嬌ってヤツだな。



「トリィ様は元いた国に帰りたいのですか?もしもトリィ様が元の国に帰りたいと仰るなら、わたくしには止められません。ですが、そうなってしまった時、想いを止められなくなるなら……」


 あぁ、うん、そうなるよね……。もしも俺がこっちの世界で誰かと結婚したり、子供が出来た後で日本に帰る方法が分かっても流石に日本には連れて帰れないモンな。

 日本で今まで恋愛なんてしたコトが無かったから、その時が来てみないとなんとも言えない気がするが、そもそも俺って日本に全然未練が無いんだよね。

 だから俺の返答は既に決まっている。

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