第23話 第十八条 警備業者は(中略)専門的知識及び能力を要し、かつ、事故が発生した場合には不特定又は多数の者の生命、身体又は財産に危険を生ずるおそれがあるものとして(中略)第二十三条第四項(以下略)

 この世は大警備員時代である。雨にも負けて、風邪にも負けて、雪にも夏の暑さにも大抵負ける。冬には防寒着が薄くて寒いと文句をつけ、夏は空調服を寄越せと文句を言う。雨が降れば朝早くに「現場はあるのか」と電話を掛け、風邪を引けば突然現場に穴を空ける。と思ったら社会不適合者の仲間入りだろう。



「準備は出来たか?ほら!とっとと、オマエの専用装備を拾いに行くぞ!」


 こうして急かされるままに俺とルビアラは迷宮ダンジョンの入り口に向かって歩き出した。ルビアラは流石に下着同然のカッコで臨むコトはなく、さっさと着装を終えていた。

 そう言えば、ボスを倒すと専用装備が手に入るって言ってたが、二十八階層まで行ったルビアラにそれっポイ装備が増えてないようだが?



「ルビアラは二十八階層まで行ったんだよな?専用装備はどうしたんだ?」


「アタイは要らないから捨て置いた。そもそも、今アタイが使ってる武器以上に強いのはそうそう出ないし、どんな専用装備が出るかはそれこそ“運”しだいってヤツだ。そんなにたくさん武器ばっかり出ても使えないだろ?」


「専用装備って武器しか出ないのか?」


「アタイの場合は武器が出る確率が高いってだけだ。防具とか特殊装備なら喜んで拾うが、今までに武器以外で出たのはこのマントくらいなモンだ」


 ルビアラはそう言いながら身体を廻してマントを翻す。ルビアラの腰に留められている深紅のマントは闘牛士が持っているとよく似ていた。

 ルビアラの性格上、闘牛士と言うよりは暴れ牛の方こそが、やはりそんなコトを言うハズも無い。そもそも“闘牛士”と言ったところで、世界観が違うのだから理解はされないだろう。



「この一階層ならオマエでも余裕で倒せるだろうから、訓練だと思ってやってみたらどうだ?」


「俺は出来れば遠慮したい。だからルビアラ……頼んだ」


「まったく、男だ。サフィアス閣下の爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだッ!いや、閣下の爪の垢を煎じてオマエに飲ませるくらいなら、アタイが喜んで飲むッ!」


 ルビアラは意味が分からないコトをいつも通り。サフィアス信者のルビアラには、サフィアスのコトならどんなコトでも“ご褒美”なのだから仕方が無いと言えば仕方が無い。“信じる者は救われる”とはよく言ったモノだよな……。



 斯くしてルビアラが先頭を進み、骸骨は現れたそばから粉砕されて行く。俺は骸骨が落とした缶を拾うだけの簡単なお仕事だ。

 俺が闘わないと言ったら、ルビアラは俺に背負い籠を強引に装備させて来た。流石にそれくらいなら……と引き受けるしかなかったのは、ルビアラの目が怖かったからだと言うのは察してくれ。


 こうして、そのまま拾っては入れ拾っては入れを繰り返しながら俺も先に進んで行く。気分はまるでゴミ拾いにいそしむボランティア清掃員だが、中身が入ってる以上、拾えば拾うだけズシっと重くなって来る。拠って五階層に着く頃には背中が悲鳴を上げる程に重くなっていた。



ぱきゃッ

 さらぁ……

「よし、五階層のボスは終わったぞ。あそこに宝箱が見えるか?アレがオマエの専用装備だ」


 俺はルビアラが瞬殺したボスの缶を拾ってから、指差された所に落ちている宝箱に向かった。確かに宝箱が一つある。俺はその宝箱に手を掛け開いて行った。



「こ……これが専用装備?」


「何が出たんだ?武器か?防具か?それとも……?——なんだその箱は?」


 俺が宝箱を開けると、その中には宝箱よりも大きな冷蔵庫が入ってた。いやいやいや、いやいやいやいやいや、いやいやいやいやいやいやいやいや、待ってくれ!なんで冷蔵庫なんだ?



「なぁルビアラ……これってどうやって持って帰ったらいい?」


「それがオマエの専用装備なら、アタイは持ち上げる事も出来ないから、持って帰るのはオマエの仕事だ。頑張って持って帰れよ?」


 冷蔵庫の大きさは俺の身長より頭一つ分くらい小さいサイズだ。大体150Lくらいの冷蔵庫だと感じる。後は持ち運びが出来る重さかどうかなんだが……持てなくは無かった。だが剣と盾、背中には籠に詰まった缶が大量にあるこの状況で、更に重たい冷蔵庫を抱えて無事に帰れるとは思えない。

 そもそも冷蔵庫を持って帰って、電源はどうなるんだ?冷蔵庫は家電製品なんだから電源が無ければ使えないだろ?コンセントなんて、事務所には一個も見なかったし、そもそもこの世界に発電所なんてあるのか?



「仕方無い。籠はアタイが持ってやる。ほら、とっとと次に行くぞ!」


 ルビアラは俺に無理やり装備させた背負い籠を奪って軽々と担ぐと、「もう一軒行くぞ〜」みたいなノリで歩を進めて行く。もう呑み屋を強制ハシゴみたいな感じだ。せめて台車が欲しいこの状況で、更に階層を降りて行くのは俺的にはもうやめて欲しかったし、行くならば先ずこの冷蔵庫を事務所に設置してからにして欲しい。

 だが、聞く耳持たないルビアラはどんどん先に進んで行った。



「重い……せめて背中に背負えれば……」


 今度は俺の腕が悲鳴を上げている。明日は確実に筋肉痛になるだろう。いや、最近は歳のせいか翌日に来るコトもなかったから遅れて来……どうでもいいや。なんか悲しくなる。



「そんなに重いのか?それなら籠を使うか?」


 ルビアラは俺を見兼ねて籠を差し出してくれた。ってか、ルビアラ……どこにそんなモノを入れてるんだ?その籠、今ルビアラが背負ってるヤツよりどう見ても大きいんだが?それに最初から持ってなかったよな?


 俺はそんな疑問符で頭がいっぱいになりながらも、ルビアラから籠を受け取るとその中に冷蔵庫を入れ背負っていった。

 手で持つよりは段違いに良いのは当然だが、重いモノは重い。しかし文句を言っても何も始まらない。

 こうして俺とルビアラは更に歩を進めて行くコトになった——




こんこん

「お嬢、流石にまだ来てないんちゃいます?」


「そうかも知れませんね……わたくし何やら焦ってたのかも知れません……あら?鍵が開いてる……」


「暫くトリィのあんさんは来ておらんかったハズやで?泥棒に入られたんちゃいますか?」


「それはいけませんね……それじゃあせっかくですし、中に入ってトリィ様を待つとしましょう」



「お嬢……あれ……なんやろな?」


「あれは、モンスターの力の結晶……かしら?でもなんで、こんなにたくさん?」


「(あぁ、これがサフィアスのあんさんが言ってた新たな産業につながるヤツなんかな?)お嬢、どないします?」


「エメリルダ、言ってる意味が分かりません」


「サフィアスのあんさんから聞いたんやけども……コレ、飲めるらしいで?にやりッ」




ぶぉん

 ぱきゃッ

  さらぁ……

「よしこれでボス二匹目が終わったな!ほら、次の専用装備を開けてみろ」


 十階層のボスもルビアラの手に掛かれば瞬殺だった。ボス部屋に入った瞬間に繰り出された強烈な一撃に拠り、ボスは何もする事無く粉砕されたからだ。

 そして俺は宝箱を開けるかどうか悩んでいた。


 もしも……だ、凄くだが、冷蔵庫と同じくらいの重量物が現れたら俺はもう、途方に暮れるしかない。

 更に付け加えるなら、「近くのコンビニまで買い物」的な軽いノリで出掛けたのに、気付いたら大物家電を買ってたみたいな経験は俺には無い。

 家電量販店巡りが好きな人なら、そんな経験もあるかも知れないが、衝動的に大物家電を買い換えられる程、警備員ってのは金持ちじゃない。

 って、何を俺は言ってるんだか……。

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