第21話 第十六条 警備業者及び警備員は、警備業務を行うに当たつては、(中略)公務員の法令に基づいて定められた制服と、色、型式又は標章により、明確に識別することができる服装を用いなければならない

 この世は大警備員時代である。警備員は社会不適合者が多く、真面目にやっている者がバカを見るのは言わなくても分かるだろうが、それでも会社は衰退しない。規制法の元に敷かれてはいるが、警備員を配置しなければ他業種の仕事が出来ない環境になっているからだ。だからこそ、警備員の立場は低い。いなければ成立しない現場が多々あっても立場は弱い。



「トリィのあんさん、正直な話し……お嬢と本当に結婚出来ると思ってはりますの?」


「なぁ、エメリルダさん。俺はおっさんだ。タリアさんとの年齢差だってそれなりにある。それに貴族令嬢のタリアさんとは身分が大分違い過ぎる。俺はタリアさんが幸せそうに微笑っていてくれるなら……その笑顔が見られるなら構わない。それに、結婚って……なんでそんな話しに?」


「あら?ちごはりましてん?」


 そんな関西弁は初めて聞いた気がしたが、実際にあるなら教えて欲しい。

 まぁ、そんな余談は置いといて、この世界では「好き告白=結婚」みたいな流れがあるのだろうか?確かに俺はタリアに「好き」と言った。俺の気が動転してたのか、可怪しくなってたのかは分からないが、事実は事実だ。

 だが一方で、それが認められればそのままゴールインになだれ込むのがこの世界の常識だとするなら、俺のあの時の行動は非常識極まりない行為だったとしか言えないだろう。

 今更反省したところでクーリングオフは出来ないんだけどな……。



「まぁ、それは置いといてええんですけど、トリィのあんさんが記憶の底に封じてるのは、お嬢の大事なアソコや。もしもでっせ?嫁入り前の娘の恥ずかしいところを婚約者でも無い男が見たと知ったら、どないなるかわかりますやろ?」


「えっ?」


 俺が曖昧にしてる記憶をグイグイ掘り起こして来るこのスタイル。エメリルダって……ドS的な人なの?



「もしもこの件が、お嬢のお父上に知られたりしたら、トリィのあんさん……命失くなりまっせ?」


「俺を、脅迫してるの……か?」


「ウチは、あんさんの心配をしてはりますんやで?脅迫なんかしても、ウチの儲けにはビタ一文もならないさかいにな」


 あからさまな脅迫と言っても問題無いだろう。でもそうなると、要求されるのは、俺が持っている財産やアイデア……になる。だが、俺が出せるのはアイデアしかないが、それすらも俺が独力で生み出したモノなんかじゃない。

 だから惜しみなく曝け出せるが……。



「ウチとしては、トリィのあんさんを応援してますんや。お嬢のパートナーに是非ともなって欲しい。だから、お嬢のお父上にチクったりはせんし、その手伝いもしよと思ってんねん」


 あ……れ?話しの流れが変わった?ん?どうしてこうなった?ドSキャラが、自分の手駒を増やすべく脅迫しておとしめて、思うがままの傀儡くぐつにする流れじゃないの?

 まぁ、俺はそんな脅しには屈しないけどなッ!



「だからな?お嬢のお父上を黙らせるには、トリィのあんさんがこの国で“功績”を立てるのが一番やッ!」


「功績って言われても、俺は戦士じゃない。サフィアスのような騎士でも無い。「闘えるか?」って聞かれれば「闘えない」って答えるしかない俺が、どうやっ……て?」


「闘うのは、闘いたいヤツに任せておけばええんや。男の闘いなんて、ドンパチ戦争するのだけやないんちゃいます?まぁ、強い男に惹かれるのは分かるんやけども、ウチはそないな男だからって簡単に股を開く女やないッ!」


 なんか、エメリルダの性癖が明らかになっているのを、本人は気付いているのだろうか?いや、明らかと言うよりは暴露なんだが、まぁ……いいか。



「要するに、俺にこの国を盛り立てろ……と?」


「分かっとるやん!流石、トリィのあんさん!そないなコト、トリィのあんさんなら簡単でっしゃろ?サフィアスのあんさんと仲睦まじく新たな産業について語りうてるなら、今代のペルセポネス家が成せなかった偉業を成し遂げられるやもしれんさかいにな」


 絶句。俺はその一言に尽きる。少なくともこの三日間の俺の行動について、エメリルダは知ってると言う事になる。

 サフィアスが自分から他人に話すようなコトはしないと思うからこそ、「何故?」という疑問符しか浮かんで来ない。だが、それをサラッと言ったエメリルダは、やはり俺を脅迫しているとしか思えない。

 これがタリアに対して告白した俺が負うべき“ハニートラップ”だと言われても本当のコトだと思える……。

 ってか、そこまでして俺とタリアをくっ付けたい、エメリルダの本性を俺は知りたいが……恐らくは聞いても答えてはくれないだろう。




「サフィアスのあんさん、これで良かったんかいな?」


「エメリルダ、余計な言葉が過ぎたが、概ねは大丈夫だ」


「はて?ウチ、なんか余計なコトでも漏らしましてん?」


「まぁ、いい。無事に事が進めば、ジストをお前の配下にくれてやる。それまでは、じゃじゃ馬の舵取りを頼むぞ?」


「えぇ、ジストが貰えるんなら、ウチは頑張りますさかいに、あんさんも約束を破ったらあきまへんで?」




がちゃ

「ふぅ……やっぱり誰もいない……な」


 俺は次の日の朝早くに事務所に向かった。少なくともここ数日ルビアラの姿を見た記憶は無い。朝が早かったせいもあるかも知れないが、今日もルビアラを見ていない。

 ルビアラはサフィアスから何か命令されて、何かしらの任務を負っているのだろうか?俺の側仕えとして俺が預かっている以上、サフィアスからの命令があったのならそれはそれで癪に障るが、俺から言えるコトは何一つとしてない。



「な……なんだこりゃ?なんで、ビールがこんなに?」


 俺が事務所に入ると突如として視界に入ったのは山積みにされた“缶”だった。それも未開封。一体誰がこんなコトを?

 少なくともこの事務所に迷宮ダンジョンがあるのを知ってる者は限られている。サフィアスはおおやけにはしないと言っていたし、ビールを新たな産業としようとしてる以上、サフィアスが誰彼構わず公言するとは思えない。

 事務所の鍵はちゃんと掛かっていたし……あれ?そう言えば鍵が一本無かった気もする……。ラピシリアから取り返した鍵は、最初に貰った鍵と二本セットで鍵束かぎたばにしておいたハズなんだが……。



「ん?もうケガはいいのか?」


「なっ……?ルビアラ?なんで、ここに?ってか、そのカッコは?」


 俺の目を疑わざるを得ないような光景がそこに広がっていた。どう見てもバスタオル一枚しか身に着けていない無防備なルビアラが、突如として現れたからだ。



「カッコ?なんだオマエ……アタイに欲情してんのか?さては隙あらば、アタイを孕ませようと思ってるんだな?」


 はぁ……ルビアラはいつも通りのルビアラだった。



「いいぜ、来いよ?」


 ふぁッ?!いやいやいやいやいやいやいやいや、俺は誘われてるの……か?これこそ俺が負うべきじゃない、ハニートラップだよな?「指一本でも触れたら死」なんだろ?それなのに誘いに乗ると思ってんのか?

 俺に死ねと?


 ルビアラはそう言うと、ゆっくりとバスタオルに手を掛けて行った……。

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