第20話 第十五条 (前略)警備員は(中略)この法律により特別に権限を与えられているものでないことに留意するとともに、他人の権利及び自由を侵害し、又は個人若しくは団体の正当な活動に干渉してはならない

 この世は大警備員時代である。警備員が誘導対象に対して誘導ミスをして事故が発生すると、過失が問われる事案になる場合がある。誘導対象が車輌の場合、そのほとんどの過失が運転者にあるとされるが、それでも警備員の過失が認められると損害賠償が発生する。その場合、個人に対して賠償責任額の支払い義務が生じるが、大抵の警備会社は通称・警賠責に入っているので「安心してもいい」などと思っていると痛い目を見る事がある。



「よく見てろよ、サフィアス」

プシュッ

 トクトクトクトクッ


「な……なんだソレは?その黄金色こがねいろに輝く液体が、モンスターの力の結晶だと言うのか?」


「それだけじゃないぜッ」


 缶の中身の1/3位を立てたグラスに対して注ぎ、その後グラスを傾けて残りを泡立てないように流し込んて行く。こうしてビールの黄金比と呼ばれるビール:泡が7:3になるようになれば完成だ。

 理想的にはキンキンに冷やしておいて欲しかったが、頼んですらいないのだから仕方無い。



「これをな?グイっと呑むッ!」

ゴクゴクゴクッ

「ぷはぁッ!くうぅぅぅぅ、たまんねぇな!」


「呑める……のか?」


「サフィアスも試してみるか?」


 俺は再び黄金比ビールをグラスに作り、サフィアスに向けて差し出して行った。当のサフィアスは疑念の瞳で俺を見ているが、俺が目の前で飲んだ以上、飲み物としての認識は出来た様子だ。



ゴクッ

「ッ?!」

 ゴクッゴクッ

「なるほどな。苦味が強いがシュワシュワしたこの呑みごたえ。今まで味わった事のない爽快感が得られる。そしてこれは……“酒”だな?つまり、ルビアラはこの“酒”で酔った……と言う事か?」


「あぁ、これは“ビール”っていう酒だ」


「びぃる?つまり、トリィはこれが“酒”であると知っていた……と?」


「俺が知っていたのは中身じゃない。こっちの方だ」


 サフィアスは俺に力の結晶……即ち“缶”を指差し、俺はその“缶”を指で突付いた。「俺は中身が何なのか最初は知らなかった。知っていたのは“缶”の方だ」と言いたかったワケだが、正確に伝わったかどうかは疑問符が付く。



「これは元いた国日本にあった、飲料を長期保存させる為のモノだ。俺はこの“缶”の開け方を知っていたからこそ、開けて中身を飲んだ。そうしたら、中身がビールだったってだけだ」


 これは俺の補足説明だ。「補足する必要があったか?」と問われれば、サフィアスの顔色から判断したとしか言えない。



「なるほどな……結果としてトリィはこの国で高級品の“酒”を発見した……そして、ルビアラは酒を求めて暴走し酔っ払った……と?」


「呑み過ぎは危険ってコトになるな」


「確かにこれは“酒”で間違いがない。だが、微量ながら魔力も感じる。ルビアラは多量に摂取した事により、“酒”と“魔力”の両方に酔った……と判断すべきか」


 魔力?聞き間違いじゃないだろう。だが、そのコトにツッコミを入れれば、話しが長くなりそうだから、俺は放っておくコトにした。

 俺のいた国日本の常識が通用しないこの世界で、この世界の常識が俺に通用しないのは、だからな。



「この“びぃる”が安全なのかどうかは調査が必要だが、これは新たな産業に繋がると思わないか?」


 サフィアスならばそう考えるだろうな。この国で“酒”は高級品だと再三に渡り聞いた。それが迷宮ダンジョンで手に入るなら元手はゼロ。人件費だけで高級品が手に入るならそれは新たな産業になる。

 でも、そうしたら確認する必要があるのも事実だろう……。



「サフィアス……あの迷宮ダンジョンは危険じゃないのか?俺は少なくとも聞こえた気がしたんだが?」


「確かに街中に迷宮ダンジョンが現れたなら危険と判断する。だが……」


「だが?」


 サフィアスお得意の含みのある言い方。この場合、次に来る内容次第で俺の立ち位置は大きく揺らぐ……と思ってる。



迷宮ダンジョンに於ける最弱と呼ばれる部類に、スケルトンモドキは入る。それでも、スケルトンモドキが大量に湧けポップすれば、騎士達も手こずるだろう。そしてあの迷宮ダンジョンのモンスターがスケルトンモドキではなく、同じく最弱のスライムモドキなら、封鎖を余儀なくされたと思う」


 俺はやっぱりこの世界の常識が分からない。だから、サフィアスの言ってる意味がサッパリ分からない。

 しかしサフィアスは俺のそんな「?」が浮かぶ表情など気にするコトなく言葉を続けて行った。



「スケルトンモドキとスライムモドキは共通して最弱種だが、大きな違いがあるんだ。スライムモドキと違って、スケルトンモドキは


「へっ?」


「あの家の迷宮ダンジョンへと続く入り口にある階段……それがある為に安全なのだ」


「いや、迷宮ダンジョンに他のモンスターがいたりとかは?」


「トリィ、冗談も休み休み言ってくれ。迷宮ダンジョンにモンスターは一種類しか出ないぞ?スライムモドキが出るなら、その迷宮ダンジョンはスライムモドキだけだ。だからあの迷宮ダンジョンは……」


「出るのがスケルトンモドキだから……入るとスグに階段があるから……安全ってコトか?」


「そういう事だ。そして、あの家はトリィの所有物。後は好きなように使ってくれ。だが……ケービーイン産業、ジュクコー産業に続く新たな第三の産業に使ってくれる事を願っているぞ?」


 ジュクコー産業ってなんだ?俺はそれの意味が分からなかった。それにサフィアスが「第三の」に続けて「ビール産業」って言わなかったコトにはホッとしていた。




こんこん

「入るでぇ」

がちゃ

「トリィのあんさん、元気そうやな?」


「エメリルダ……さん?どうしてここに?」


「いやぁ、本来ならお嬢が来るのが筋なんやけど、お嬢は恥ずかしゅうてトリィのあんさんの前に立ちとうないって駄々こねてん!」


 俺は理解が追い付かないまま、話しが流されて行く。それはそのまま表情にも出ていたようだった。



「なぁんも分かってへんって顔してはるな?」


「実際のところ、俺の身に何が起きたのか記憶が曖昧で……」


「そっか、それならお嬢にそういう風に伝えとくわぁ。その方がお嬢も安心するやろし。でも、実際……トリィのあんさんにケガさせたんは事実や。全治二週間とか聞いたさかいに、エラく心配やったんやけど、元気そうやな?」


「もうかれこれ三日もベッドの上にいるから大分元気だけど、こんなんじゃ身体が鈍っちまうよ。だから、明日くらいには事務所で色々とやらないとな……って考えてる」


 確かに俺は目が覚めてから三日間。常にヒキニート生活を送っていた。サフィアスが仕事から帰って来ると必ず俺の部屋に立ち寄り、今後の方針などを打ち合わせたが、それ以外で誰かと話しをするコトも無かった。

 着替えに食事は青い豚メイドが持って来てくれるが、彼女達は終始無言を貫いており、俺としては話題も無かったからそれで良かった。



「ほな、お嬢には明日からトリィのあんさんが復帰するって伝えとくわな。——せやかてウチも一つ聞きたいねんけど、宜し?」


 突然の質問タイム。エメリルダはタリアの護衛と聞いているが、タリアと仲が良さそうだし、この前の反応から察するとルビアラとも知らない仲ではなさそうに思える。

 「エメリルダって一体何者なんだ?」そんな疑問が俺の心中に湧き上がるような、鋭い視線を向けたエメリルダの口元が徐々に開かれて行った。

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