第19話 第十四条 十八歳未満の者又は第三条第一号から第七号までのいずれかに該当する者は、警備員となつてはならない(第三条第一号から第七号までは割愛)

 この世は大警備員時代である。昔は労働者が稼げる代名詞とも考えられていた業種であったが、その在り方は時代の変遷と共に変わって行き、今では経営者のみが儲かる業種に成り果てていると言っても過言ではない。それくらい劣悪な会社が多々ある。



「くそッ!この状態で闘うのは流石に無理だろ?」


 ルビアラに肩を貸す形で入り口を目指す俺に対して、正面から新たに現れた骸骨達。万事休すとしか言いようの無い光景に俺の口は悪くなって行った。



「ならば、手を貸そう!者共、蹴散らせッ!」


「サフィアス……か?」


「間に合ったようだな?」


「助かったぜ。ありがとうな、サフィアス」


「ルビアラが付いていながらこの体たらく……スケルトンモドキ如きにルビアラが遅れを取るとは……ん?ルビアラは寝ているのか?」


 サフィアスは俺の横で寝ているルビアラに対して、意味深な表情をしている様子だった。



「ふわっ?サフィアス閣下ぁ?あれ……これは夢?ならば、閣下ぁぁぁ、アタイの愛を受け入れてぇ!好き好きサフィアス閣下あぁぁぁぁッ!」


 その言葉がカオスの始まりだった。サフィアスの声に呼応する形でルビアラは目覚め、夢と現実の区別も付かない状態でサフィアスに抱き付いて行ったのである。

 ちなみに肩を貸していた俺は、そのままポイッてされた。


 前門の骸骨と後門のルビアラ。サフィアスとしては骸骨よりルビアラの方が強敵なのは言うまでもないが、俺はルビアラにポイされたお陰で壁に打ち付けられ、軽く脳震盪のうしんとうを起こしていた。




「——トリィ!おい、しっかりしろトリィ!大丈夫か?」


「あ……あぁ。大丈夫だ。それにしてもたた……ルビアラのヤツ。力加減とか出来ないのかよ」


「大丈夫だ。ルビアラは仕置きしておいた。だが、トリィ……後で聞かねばならぬ事が出来た。ちゃんと覚悟しておけよ?」


 覚悟を決めなくてはならない程のコトってなんだ?いや、なんとなくは分かってる。恐らくはルビアラが酔ってた件だろう。

 迷宮ダンジョンに入った二人の内、片方が酔っ払ってるんだ……何かあったと考えるのは当然だ。

 そして、その酔っ払いルビアラからの被害者は紛れもなくサフィアスだろう。俺も被害者と言えば被害者なのだが、サフィアスの怒りもだ。


 ラピシリアがどのように伝えたかは知らないが、サフィアスは仕事としてこの場に来たハズだ。それなのに逆にルビアラに襲われたのだから怒っていないワケが無い。



「兎に角、トリィは先に戻れ。私は部下達と少し様子を見てから戻る。ルビアラは放っておいて構わん」


「あぁ、分かった。それじゃ、俺は先に帰らせてもらうよ」


 俺としては護衛の一人も欲しかった。入り口の階段まではまだ距離がある。その間に骸骨が現れたら、脳震盪を起こしてまだフラフラな俺が無事に闘えるとは思えないからだ。

 だが、そんなコトは杞憂だった様子で無事に階段に辿り着き、一歩、また一歩と階段を昇るコトが出来た。だが、足取りは重く、入り口手前で俺は力尽きて倒れ込んでしまったんだ。



「トリィ様?大丈夫ですか、トリィ様ッ!」


「あ……れ?タリ……アさん?なんで……こんな所に?」

「——ッ?!」


 いやいや待ってくれ!

 タリアがこんな所で俺を出迎えてくれたコトに俺は舞い上がってしまったワケじゃない。力尽きて倒れ込んだ俺の頭上にタリアがいる。そこに大問題があるんだ。

 なんで……タリアはんだ?



「トリィ様、大丈夫ですか?おケガはありませんか?」


「あっ……うん。大丈夫だと……思う」


「それなら良かった……心配しました。って、トリィ様?なんで顔を逸らしているんです?」


「えっ……いや……その……タリアさん。俺は何も見てないからッ!大丈夫だからッ!」


 この状況って、そう言うコトだよね?多分、タリアは純粋に俺を心配してここに来てくれたんだ。それなのに俺は……。



「トリィ様?何を仰ってるのですか?顔も赤いようですし、やはりどこかにケガを?」


「大丈夫だからッ!それ以上近付くと、全部見えちゃうからッ!」


 俺の一言でタリアは全てを察した様子だった。



「大丈夫です!トリィ様にはもう見られてしまいましたから……その、恥ずかしいですけど、見られてもいいような可愛い下着に履き替えて来ましたッ!トリィ様は、この下着はお好きですか?」


 俺は錯覚や幻覚でも見てるんだろうか?それともコレは、「裸の王様」的なヤツなのだろうか?もうどうにでもなれッ!俺はこの生地獄には耐えられない。



「タリアさん……履いてないよ?」


 その一言が精一杯だった。自信満々のタリアの自信を打ち砕くその一言の後、俺は大音量の叫び声と共に、途轍もない衝撃を頭に受けたのだった。

 あぁ、安全靴トーキックで粉砕した骸骨達もこんな感じだったのか……な……?




「あ……れ?お……れ?」


「目が覚めたようだな?」


「サフィア……ス?お……れ?」


「全治二週間だそうだ。それまではゆっくりと休め」


 何が起きたのか良く理解出来なかった。そう言えば、頭に何か強烈な一撃をもらって、意識を失ったんだっけか?それにしても、あの場で何が起きたのか……思い出そうにも記憶は定かで無く、何故か思い出してはいけない気すらあった。


 いや、ただなんとなくなんだが記憶の片隅に、生地獄を味わったナニカが浮かんで来てはいる……。



「全く……トリィ、災難だったな。あの場で何があったのか……それは大体把握している。後日になるだろうが、正式に謝罪が来るだろう。ッたく……あのじゃじゃ馬め」

「ところで……」


 わざわざ会話を切ったサフィアスの顔は笑っていなかった。俺は今、絶賛ベッドに縛り付けられているから、逃げるコトは出来ない。

 かと言ってサフィアスに対して、「笑ってた方がイイ男だぞ?」みたいなコトを言えるワケも無い。言ったところで火に油を注ぐ結果になるだろうし、逆にサフィアスが変な風に目覚めてしまったら、俺としては相当に後味が悪い。

 むしろ、気持ち悪い。うえぇぇぇ。



「ルビアラは何故酔っていたんだ?」


「それに答える為には、俺があの時持ってたモノを持って来てもらえるか?俺のこのカッコ、寝かせる為にメイドさんが着替えさせてくれたんだろ?」


「持ってた物?分かった。持って来させよう」


「あと出来れば、グラスが二個欲しい」


「グラス?何を言っているのかよく分からんが、トリィが説明するのに必要と言うのなら併せて持って来させよう」


 グラスは飽くまでもだ。本当に欲しいのは俺が自力で骸骨を倒して回収した四本。

 だが、あの時のルビアラの反応はまるで、おぞましいモノでも見るかのようだったから、どうせなら視覚的に黄金色こがねいろに輝く液体と白くキメの細かい泡をサフィアスに見せた上で、それをグイっと堪能したいって思ったのさ。

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