第14話 第九条 警備業者は(中略)営業所の所在する都道府県以外(中略)に営業所を設け(中略)警備業務(中略)を行おうとするとき(中略)管轄する公安委員会に(中略)届出書を提出しなければ(以下略)

 この世は大警備員時代である。現場に到着し着替えて業務にあたるコトが出来る状態を上番じょうばんと言い、業務が終わり着替えて帰れる状態になるコトを下番かばんと言う。元々は軍隊用語と言う説と、とある企業が使い始めた結果浸透したと言う説がある。だが、さながら軍隊のような警備会社もあることから、前者が有力視されている。



「なぁ、サフィアス……ちょっといいか?」


「私もトリィに話しておきたい事があったんだ。まぁ、トリィから先に言ってくれ」


「今日、タリアさんに会ったんだ」


「ぶふぉッ。(まさか、もう行動に移したのか?全くあの暴虐じゃじゃ馬め……余計な事を)それで、どうなったんだ?どこの誰だか分かったのか?」


「あぁ、どこかの貴族令嬢だって話しだ」


「(この期に及んでそんな事を?まぁ自分が王女殿下だと言ってしまえば、大抵の者は怖じ気付くからある意味で正解……か)それで、トリィの“想い”は伝えられたのか?」


 俺は昼間の俺に起きたコトを全てサフィアスに話そうか悩んでいた。「あれは白昼夢だったんじゃないか?」そんな考えが俺の心の片隅にあったからだ。



「あぁ……。それで色々あって、タリアさんを雇うコトになったんだ」


ガタッ

「本気か?正気か?」


「サフィアスどうしたんだ?そんなに慌てて?」


「い、いや、すまない。話しを続けてくれ(一体何故そんな事に?生憎あいにくと“草”も部下も……いや、ルビアラが近くにいた筈だから、後で問い詰めてみるか)」


「それでさ、本格的に警備会社を起こす為には、この国の法律を知るコトが必要だと思うんだ。教えてもらえるか?」


「法律か……流石の私でも法律全てを知っている訳ではないぞ?だが、それなら私の蔵書の中に法律大全があった筈だから、後でメイドに持って行かせよう」


 法律大全?六法全書みたいなモンかな?法律はガクセーの頃に少ししかかじって無いけど、時間を掛ければなんとか理解出来る。この国には「警備業法」なんて無いだろうから、必要ならば制定しなきゃならないと思う……が、そこまでする必要があるかないかは俺には分からない。



「ところで、サフィアスの話しって何だったんだ?」


「いや……(流石にこの場で王女殿下の事を伝える訳にも行かなくなったな。何か適当な話題で濁す……か)そう言えば、試作品の装備はどうだった?」


「あっ……そう言えばまだ見てなかった。スマン!」


 そう言えば装備の試作品は、俺がラピス商会に行ってる間に箱詰めされた状態で部屋に置かれていた。届いているコトは知っていたが、開封はしてないからそのまま置き去りになっている。どうせなら明日、事務所に持って行ってそこで初お披露目ひろめにするか……と考えてみた。



るんるんるんっ

「うふふふっ」


「エメリルダよ……分かるか?」


「はい、国王。王女殿下の様子がいつになく可怪しいってコトでっしゃろ?でも、王女殿下の奇行は今に始まったワケちゃいますねん。今は可怪しくてもいずれは収まって、またいつものようになるんちゃいますか?」


「エメリルダ、お主タリアリスの事をそのように思っておったのか?」


ギクッ

「い、いやぁ、王女殿下はいずれこの国の女王となられるお方ですわ。そんな不敬なコトを考えていいワケあらしまへん。あ、ウチ……ちょっと、サフィアスのあんさんに用事を思い出してんッ!ほな、国王。ウチは失礼させてもらうわッ!」




「ふぅ、危な。あとちょっとでホンマに怒られるトコやったわ」


「エメリルダ?そんな所にいたの?」


ギクッ

「ひゃッ。王女殿下なんですの?ウチ驚きのあまり、心臓が口から飛び出そうになってん!」


「あら?それは面白そうな特技ね?実際に見せてもらえる?」


「王女殿下も人が悪いわぁ。そんなんしたら、ウチ死んでまいますやろ?それで、ウチに何か用でおますか?」


「お父様には後で言っておきますから、明日からわたくしの側付きとして仕えなさい」


「えっ?ウチこう見えて、緑騎士団長ですがな……それをコロコロと変更して、国王が承知するとは思えませんけども……」


「それならば、ジストをわたくしの側仕えにしますが、いいんですね?」


「それはアカン!ジストはウチのモンやッ!王女殿下に取られとうないッ!王女殿下、ホンマにズルいで……」


「では、明日から宜しくね、エメリルダ。うふふ」




「あれ?ここってこんなに綺麗だったっけ?もっと埃っぽかったような……」


「オマエが腑抜けてボーッとしてた昨日、アタイはやる事がなかったから仕方無く掃除しといてやったぞ。感謝しろよ?そうだッ!後ででいいんだが物置きに前の住人の物が詰まってるのを昨日発見したんだ。捨てるなり煮るなり焼くなりしてもらえるか?」


「いや、それは勝手に処分したらマズいだろ……それに煮ても美味しくなさそうだ。後でラピシリアさんが来るからその時に相談してみよう」


こんこん


「誰か来たようだな?ルビアラ、出迎え頼めるか?」


 斯くして次の日の朝、俺はルビアラと共に事務所に向かった。ルビアラには装備試作品一号が入った木箱を持ってもらったワケだ。

 ルビアラは膂力りょりょくが強いとは聞いていたが、軽々と重たい木箱を持ち上げた時、俺の口からは感嘆の声が漏れて行った。その声を聞いた直後からルビアラの機嫌は良くなったように思う。

 最初の頃から比べると、ルビアラの俺に対する態度は軟化したように思える。だが今になってもルビアラに指一本たりとも触れる度胸は無い。



「誰が来たんだ?あっ!タリアさん!おはようございます」


「おはようございます、トリィ様」


「後ろの方が、タリアさんの護衛ですか?」


 来客タリアを出迎えたルビアラは何故かカチコチになっていた。タリアとルビアラは緊張するような間柄なのだろうか?


 タリアの後ろには一人の女性がいた。屈強そうな護衛を想像していた俺としては拍子抜けしたワケさ。見た目はタリアと同じくらいに若くてタリアと同じくらい華奢な感じがする。身長はタリアの方が高く見える。護衛の女性の頭のてっぺんに葉っぱが生えてるから、葉っぱまで考慮するとタリアより身長が高いと言えるかもしれない。

 葉っぱが生えてる以上、人間じゃないのは聞かなくても分かった。ちなみに武器は何も持っていないし、サフィアスのように鎧を纏っているワケでも無い。


 だからこそ「本当に護衛なのか?」と疑いたくなるような姿だった。しかし、この世界での見た目年齢と実年齢はだいぶかけ離れている。まぁ、人を疑うのは良くないよな。



「ほら、貴女はわたくしの従者なのですから、わたくしの雇い主であるトリィ様にご挨拶をなさいッ!」


「ウチはお嬢の護衛としてやって来た、エメリルダ言いますわ。トリィのあんさん、宜しゅう頼んます」


 エメリルダと名乗った女性を見て、ルビアラは何やらニヤニヤしていた。だが、俺としては関西弁(?)がこの世界にあるコトが驚き過ぎてルビアラの様子に構っていられなかった。



「エメリルダさんは、タリアさんの護衛として付いて来ただけなら、一度帰らせますか?ここにいても暇だと思いますし……」


「いえ、雑用でもなんでもやらせて頂いて構いません。トリィ様の好きなように使って下さっていいですよ?」


「いや、流石に従業員じゃ無い人を無償奉仕させるワケにはいきませんから……まぁ、それならルビアラと二人で買い出しに行ってもらいましょう。エメリルダさん、お願い出来ますか?」


「ウチは構へんけど、買い出しって何をうて来るん?」


「お昼ご飯の用意と、何か適当に飲み物ですね。俺はタリアさんの食べ物の好き嫌いとか分かりませんから、タリアさんが好きそうな食材でお昼を作ってもらえると助かります。ルビアラとエメリルダさんの分も買って来てもらって、お昼は皆で食べましょう!」


 この事務所にある家具はソファとテーブルが一つだけ。家電がこの世界にあるかは知らないが、食材を保管しておく棚すら無い。調理場は内見の時に確認し、調理器具はサフィアスの屋敷から余ってる物を貰って来てあるから大丈夫だろう。

 後は、二人が料理出来るかが心配な点だが、ルビアラは過去に結婚していたんだから、料理くらいは出来るだろうとタカを括っていた。

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