第13話 第八条 公安委員会は、第四条の認定を受けた者について、次の各号に掲げるいずれかの事実が判明したときは、その認定を取り消すことができる(各号略)

 この世は大警備員時代である。昔っからある警備会社はアナログスペックな事が多い。会社の代表が高齢な事も多く、デジタル化よりも紙ベースである事に重きを置いているのだろう。逆に新進気鋭の警備会社はデジタル化が進んでいるが、そもそも会社を構成する人員のスペックが低い事も多いので、デジタル化しても有効活用出来ておらず、他社へのマウントの為だけにデジタル化したと言っても過言では無いフシも見受けられる。



「ルビアラ姐さん、こんな所で何をしてるんですか?」


「ラピシリアか……ちょっと中で……な」


「トリィ様が何か?まさか、ルビアラ姐さんと言う方がいるにも拘わらず、新たな女ですか?それはちょっと、わたしの立場も危うくなるので中に……」


「あっ、待て……」


がちゃ


「@#$%&*☆¥※〒ッ!るるる、るーるるー」


「見てしまったな?」


「ははは、はい!見ました!この目でハッキリくっきりさっぱりパックリしっかりとッ!あの方は昨日ラピス商会に来られた、凄い眼力の女性じゃないですかッ!あの方がトリィ様の新しい女なのですか?確かに顔もスタイルもいいですが、わたしではクッコロ」


「ラピシリア、今見たモノは絶対に口に出したらダメだぞ。命が失くなると思えよ?」


「えっ……それなら最初に言って下さいよぉ。そしたら絶対に中を見ようとしなかったのにぃ……でも、あの方ってどこかで見たような気もするんですが……」


「ラピシリア?そんなに死にたいのか?」


「ヒィッ」




「あ……あの、タリア……さん」


「はひっ。な、なんでしょうか?」


「タリアさんて、やっぱり貴族令嬢みたいな人なの?」


「ま……まぁ、そんな所です」


「それじゃあ、俺なんかとは絶対に釣り合わないな……それにさっき俺、なんか変だったよな?だからさ……俺がタリアさんに話したコトなんだけど、忘れてくれないか?」


 俺は取り繕うように言葉を紡ぐが、さぞかし見苦しかっただろう。俺は確かに可怪しかった。うん、そうだ。絶対にそうだ。

 だから無かったコトにしたくなっていたし、穴が有ったら入った挙句にそのまま二年位引き籠もっていたいくらいだった。

 なんで二年かは知らない。


 しかしそのままその穴が棺桶になったっていいとすら感じていた。それくらい恥ずかしさで感極まって混乱を極めた境地に辿り着いていたのだろう……と思う。



「忘れてしまわなければなりませんか?」


「えっ?いや、だって俺はおっさんだし、貴族なんかじゃないし……」


「わたくしはあんな情熱的な告白を今までされた事がありません。わたくしに求婚して来る者は今までにも数多くおりましたが、大概は財産や権力目当て。酷い場合は身体だけが目当てな者も……だから、わたくしの事をあのように見て、それを素直な言葉で頂いたのは初めてなのです」


 えっと、これはどう言う展開?野球は知らない俺だけど、さっきまでは九回裏の二点ビハインドって状況……であってる?

 かーらーの、この流れって、まさかまさかのまさかまさかなのか?逆転満塁サヨナラホームラン的な流れを期待しても……いいのか?



「トリィ様は、わたくしのような女でも、好きでいてくれると仰って下さいました。ですが、わたくしはお慕いしている方がいます。わたくしの事をその方は見て下さいませんが、その気持ちを隠してトリィ様の好意に甘える事は大変に失礼だと思います。ですから……」


 やっぱりだよな……。サヨナラホームランからホームランだけがすっぽ抜けて、ただの「サヨナラ」になる流れだったか……野球を知らない俺はこんな時になんて言う用語が当て嵌まるのかは分からないから、今は俺の言葉で言わせてもらえば「サヨナラ俺の恋心」ってヤツだな。



「トリィ様が起こす商会でわたくしを雇って下さいませんか?近くでもっとトリィ様の事を見させて下さい」


「えっ?いやいや、タリアさんは貴族なんでしょ?働く必要なんて無いんじゃない」


 えっと、俺の心境の変化が大変なコトになっているのを分かって頂けただろうか?二転三転する俺の心持ち。

 二点ビハインドから逆転満塁サヨナラホームランと思いきや、実はファールの判定を球審からもらってガックシな所にビデオ判定で只今審議中……みたいな感じ?でも本当に野球を知らないからツッコむ所があっても勘弁してくれよなッ!



「ダメ……ですか?」


 先ずは俺の心がダメになりそうだ。タリアは上目遣いで俺を見詰めその瞳は潤んでいる。更にツヤのあるぷっくりした唇をアヒルにした挙句、手をモジモジと遊ばせている……そんな仕草を目の前で見させられて断れる男がどこにいる?!

 それが演技と分かっていても、ハニートラップだと分かりきっていても、男なら敢えて引っ掛かりに行くだろう!

 少なくとも俺はそう言う男であるコトに間違いは無い!断言出来るッ!



「わ……分かりました。会社が立ち上がったらタリアさんにも協力してもらいます」


 こうして話しは一応の決着を見た。こうなってしまった以上、もうクーリングオフは出来ないし、反故にしようモンならタリアに白い目を向けられるコトだろう。流石にそれは俺の心が完全に折れて立ち直れなくなる。



「それでは、毎日こちらに顔を出させて頂きますね!」


「えっ?いや、それは危険なんじゃ?貴族令嬢が一人でここまで来る間に何かあったら……あっ!護衛と一緒に来るって意味ですね?」


「わたくし一人で来ますよ?」


「そうだッ!それなら護衛にルビアラを使って下さい。って、ルビアラはどこに行ったんだ?」


「ルビアラ……さん?その……ルビアラさんとトリィ様は一体どういったご関係なんです?」


「ルビアラはサフィアスから預けられたんですけど……って、特にどんなご関係でも無いですよッ!ただ、預かってるだけです!」


 危なかった……「ルビアラを側仕えとして使ってる」なんて言ったら、ただならぬ関係だと思われてしまうのは当然だろう。

 これが同性ならそうは思われなくても、異性の側仕えだと言ってしまえば否定しても、で見られてしまうのは当然と言えば当然だ。

 ルビアラは年齢こそ年齢だが、それを知らなければ見た目は相応に若く見える。タリアがルビアラを見た目年齢で判断したなら、俺が話したタリアへの“想い”は軽く見られ、嘘だと思われてしまうかも知れない。

 それこそホームラン無しのサヨナラで俺の人生は潰えるだろう。



「ルビアラさんをわたくしの護衛として頂ける話しは有り難いですが、丁重にお断りをさせて頂きます。わたくしに護衛を付けるより、トリィ様の身の安全が第一だと思いますから。サフィアス様もその為にルビアラさんをトリィ様に貸し出したのだと思いますし……」


「でも、それじゃあ……タリアさんが危険な目に遭ってしまう可能性があるのでは?」


「そうですね……トリィ様に心配を掛けさせたくありませんから、明日からは護衛を付けて来る事にします。それでしたら、安心して頂けますか?」


 俺の心の荷が下りた瞬間だった。タリアを雇うのならば、彼女は従業員になる。従業員が通勤の際に怪我をしたりすれば、それは労災だ。労災保険制度がこの国にあるかは分からないが、労災隠しは犯罪だからダメゼッタイってヤツで間違いは無い。


 まぁ、日本の会社って労災保険使うと保険料が上がるから使いたがらないって話しはよく聞くけど、そもそも警備員は道路上で仕事をするコトがよくある。それこそ死と隣り合わせって言っても過言じゃない。

 それに車に撥ねられて亡くなる警備員は年間で何人もいる。夏の暑い日には熱中症で運ばれる警備員も多数出る。それでも、警備会社は労災を使いたがらないんだ。


 とことんまで使わせずに、自分のケツに火が付くその瞬間になってやっとこさ重い腰を上げる会社を、俺は幾つも見て来た。

 何が言いたいかって?要するに警備会社にとって、警備員は人間じゃないただのコマってコトさ。換えはいくらでもいる使い捨てのコマ。


 俺はこの世界で警備会社を起こすなら、当然のコトながら警備員をそんな使い捨てするような会社にだけはしたくないと考えていた。

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