第12話 第七条 警備業者は、認定証の有効期間の満了後も引き続き警備業を営もうとするときは、(中略)認定証の有効期間の更新を申請し、その更新を受けなければならない

 この世は大警備員時代である。警備員は誰かの命・安全・財産を守る為にあるとお題目を掲げていたりするが、警備員自体がそれを脅かした結果、規制法たる「警備業法」が生まれたのは紛れもない事実である。



「エメリルダ……緑騎士が青騎士である私に疑いを掛けたばかりか、国王直属の“草”を動かし私の屋敷を監視するなど、それは私に対して……いや青騎士全体に喧嘩を売っていると判断するが良いのか?」


「監視されたとしても、やましいコトが無いんでしたら、えぇんちゃいますの?」


「ほう?それならば、私とて“草”を動かしエメリルダの私生活の全てを監視しても問題無いのだな?エメリルダが持っている全ての下着から好きな体位、どんな男と、そしてそれの頻度……それらを全てを恙無つつがなく国王に報告して問題は無い……と?疚しいコトでなければ、良いのだったな?」


「ごくりッ」


「すんませんでしたぁッ!それだけは堪忍なッ!下着もそうやけど、それ以上にウチとて好きな男とヤってる姿を国王に報告されるのはアカン。そんなん恥ずかしゅうて死んでまうわッ!」


「国王よ、私にもエメリルダの屋敷を監視する権利があると思うが、国王も息を飲む程に興味深そうなので宜しいですね?それとも、国王自身を監視した方が宜しいですかな?王妃亡き後の乱れた私生活などを監視し、タリアリス王女殿下にご報告しましょうか?」


「がくがくがくがく……サフィアスのあんさん……ウチのコト楽しんではるんか?」


「サフィアスよ……余までないでもらえるか?」


「ならば、私の疑いは晴れた……と言う事で宜しいか?」


「「はひィッ!」」




こんこんッ

「はぁい。今開けますよ……ヒィッ!」


「お久しぶり、ルビアラ。トリィ様はいらっしゃいまして?」


 誰か来客が来たようだ。俺は今日一日ボーッとしてたので、ルビアラが何やら悲鳴を上げていたが、気にもならなかった。



「ルビアラ、分かっていますね?ぼそッ」


こくこくッ

「分かってます分かってます。王女殿下のコトはアイツには言いませんッ!ぼそッ」


「宜しい。それでは貴女は貴女の仕事をなさい」


「ははッ!」


 何かルビアラの様子が可怪しい。だが俺としてはルビアラが可怪しいのはいつものコトだから、気にするコトも無くボーッとしてた。

 俺の心は正にここにあらず。


 俺の心はあの麗しいタリアの微笑を脳内でエンドレスリピートするだけの一日だった。だから、もう俺の心の中にルビアラもラピシリアもいない。全てはタリア一色に染められていると言っても過言ではない。



「お隣いいですか?」


「あぁ……」


「何を考えているんですか?」


「タリアさんのコト……」


「えっ?(あれ……なんか効き過ぎて……る?)えっと……お仲間の事とかは考えないんですか?」


「俺は、家族に見放され、友人や恋人もいない。仲間なんて呼べるヤツはいなくて、仕事で絡むヤツらはただの“珍獣”だと思ってる……」


「その“珍獣”と一緒に街を襲う計画をしてたんですよね?」


「俺は警備員だ。警備員がそんな犯罪をするワケ無いし、そもそも俺にそんな度胸は無い……俺はただ平穏に仕事して金を稼いでその日を生きてるだけの凡人なんだ……」


 俺は誰かに聞かれるがままに解答を紡ぐだけのロボットになっていた。思考は全てタリアだけに染まっているが、それでも尚、聞かれたコトには素直に返さなきゃいけない気がしてたからだ。



「さっき、わたくしタリアの事を考えていると仰ってましたけど、それはどう言う意味です?」


「タリアさんは素敵な女性だ。清楚で柔和な話し方。気品ある姿。顔は美しくどんな花よりも気高い高嶺の花……見ているだけで心が落ち着き、言葉を交わすだけで天にも昇る気持ちになれる……そんな女性……」


ボッ

「(今、この状況ってわたくしの魔術に完全に掛かっている状態の筈。じゃなきゃ本人の前でこんな情熱的な事は言えないですよね……でも、わたくしの事をそんな風に想ってくれているなんて)トリィ様はわたくしタリアの事がお好きなんですか?」


「俺はおっさんだ。だからこそタリアさんは高嶺の花。俺みたいなおっさんより、もっと若くてカッコ良くてお似合いの男性がいると思う」


「ま……まぁ、それは当然ですねッ!(振り向いてくれるかが凄く難しいんですけど……)」


「だから俺はタリアさんのコトが好きでも本人に絶対に言えないし言わない。ひた隠しにして陰ながら“推す”だけで幸せを感じてる……そして俺はタリアさんの連絡先なんか知らないし、仮に知ったとしても会いに行く度胸もない……それに昨日少し話しただけで、突然「好きだ」って言われてもキモいだろうしな……」


「(あわわわわ、なんかわたくしが凄く恥ずかしい展開なんですけどもッ!)トリィ様はわたくしタリアがどんなヒトであっても、変わらずに「好き」と言えるんですか?」


「俺は人を見る目があると思ってる。だからこそ、タリアさんを好きになった。昨日は少ししか話せなかったし、それで全てを見抜けるなんてコトは言えないけど、俺は俺の勘を信じてる。タリアさんは本当に凄く素敵な女性だ……」


 俺は自分の意思に反して言葉を発しているワケじゃない。ただ聞かれたままに答えてるだけ。所謂いわゆる素直なお気持ち表明ってヤツだ。

 それにしても、俺に対してこんな質問をして来る人に俺は心当たりが無い。少なくともルビアラじゃないコトは確かだ。ラピシリアでも無いと思う。

 ってか俺のこの世界での交友関係って少ないから、思い当たる人で残ってるのはサフィアスしかいないんだが……。



「(これ以上はわたくしが「恥ずか死」してしまう……こうなったら疑いは晴れましたから、この状態を解くのが一番ですね)パチンッ!これで……」


「あれ?俺……そうだッ!今誰かと話しをしてたけど、一体誰だったんだろ……ッ!?」


 俺が振り返ると微笑んではいるが微妙な表情をしたタリアが、俺に向かって手をフリフリしていた。そしてどことなくその表情は赤らんでいる。



「タリアさ……ん?いつの間に?ん?俺がさっきまで話してたのって、タリア……さん?」


「えっ……えぇ……まぁ……」


 それ以来、二人は無言になった。何を言えば良いか分からない。隠してる気持ちを誰かにポロっと漏らして、それが伝言ゲームで伝わってしまったと言う不確定要素の強いよりも、本人にハッキリとした自分の言葉で言ってしまったのだからそれは完全なる“告白”と言えるだろう。だが、そこに自分の覚悟があったかと問われれば無い。


 覚悟の無い告白なんて、それこそ黒歴史を通り越して闇堕ちするくらいの不祥事で、今まで四十年以上ある俺の人生の中で一位を争うくらいにやったコトが無い経験だ。いやむしろ、一位でしか無いッ!

 経験則として得た事が無い事象なんて、対処のしようが無いよな……。そもそも勝率の低い“告白”なんて、俺が今まで生きて来た人生に於いて採用するワケが無かったんだから。

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