第11話 第六条 警備業者は、認定証をその主たる営業所の見やすい場所に掲示しなければならない

 この世は大警備員時代である。警備員とは法に定められる「特定の異常が無い」者のみがなれる職業であり、一般人である。だが、「特定の異常」の中に社会への不適合性は含まれていない。



「トリィさまと仰るのね?これから、わたくしと仲良くして下さいますか?」


「トリィ様、ルビアラ姐さんが……」


キッ


「ヒッ!」

だっ


「ん?ラピシリアさん?なんか呼ばれたような……?」


「気のせいではありませんか?この場にはトリィさまとわたくししかおりませんよ?」


 それにしても、タリアと名乗った美少女は見るからに非の打ち所の無い美少女だ。少なくとも俺があと二十歳は若ければ、完全にお近付きになりたい程にまで、どストライクだった。

 清楚な容姿と、柔和な言葉遣い。どれ一つとっても気品に溢れていて高嶺の花って言葉がしっくり来る。


 だからさっき、ラピシリアさんとの〜みたいな話しを考えてたのはすっかりサッパリ忘れてしまい、もう既に周りが見えなくなっていた。

 これまでに数々の修羅場をくぐって来た俺が、一目で心を奪われるなんて想像だにしてなかったぜ。



「あの……その……なんで、俺なんかと?」


「さっきも申しましたけど、トリィさまが人間族だからです」


 この一言で、俺の淡い期待は崩れ去り、俺の心は打ちひしがれて行った。要するに、この美少女にとって俺と言う存在は、動物園で珍しい動物を愛でる……ような感じなのだろう。

 珍奇な生き物に対する好奇な視線が人間族に向けられているだけで、そこに普通の男女が抱くような感情の一切は無いと公言された……と俺は思う他に何も無かった。


 ま、まぁ、俺としてはロリコンじゃないし、俺よりも遥かに歳下の女性に欲情したりとか、恋愛感情を抱いたりなんか、あ……有り得ないけどなッ!

 だからもう、ラピシリアさんのコトも併せて蒸し返さないでくれ。




「トリィ?無事に契約は終えたか?」


「あぁ……」


「そう言えば、出来上がった試作の装備品は見たか?」


「あぁ……」


「トリィ、聞いているか?」


「あぁ……」


「聞こえてないのか?」


「あぁ……」


パンッ


「痛い……って、サフィアス!どうしたんだ?ってか、いつからそこに?」


 気付けば俺の目の前にはサフィアスの姿があった。俺はいつの間にかサフィアスの屋敷に帰って来ていたらしい。まるで記憶が無い。



「なぁ、サフィアス。俺……今日この街で凄い美少女に出会っちまった。なんか、それ以来可怪しいんだよな……」


「凄い美少女?(この街にトリィが好みそうな女性がいたか?)なぁ、その女性の名前は分かるのか?」


「“タリア”って名前だと教えてもらった」


「(まさか……な。そんなハズは……いや、しかし……ともすれば或いは……)その女性の容姿とか身なり服装とかは覚えているか?」


 いつもよりサフィアスがグイグイ来る。だが、そんなコトは気にもならなかった。俺としては少しでも情報が欲しい。タリアのコトが少しでも知りたくなっていた。


 俺はロリコンじゃないし、歳下の女性に興味があるワケでも無い。いや、生物的には男なので興味が全く無いなんてコトは無いが、だいたい俺みたいなおっさんは、若い女の子から相手にされないし恋愛対象に見られるコトもない。

 更に言えば俺みたいなおっさんに対して、若い女の子が興味を持つとしたらそれは“金”だけだろう。だからこそ、警備員みたいな三K臭い・汚い・金無いな仕事に就く者は歯牙にも掛けられない。


 そんなコトは分かってる。本当に分かってる。だから……だから警備員なんてやってるヤツは、ハニートラップに簡単に引っ掛かるし、それこそ女に飢えてるヤツをゴマンと見て来た。



「髪の毛は長くて、赤み掛かったピンク色。瞳はエメラルドグリーンで、柔和な感じで静かに微笑う女性ヒトだった。服装は庶民って感じがしなかったな」


「(はぁ……やっぱりか……だがそれにしては話しが早過ぎる。まさかッ!?この屋敷も「草」に見張られているのか?)ほう?それならば、私がその“タリア”と言う女性を探し出したらトリィは「ケービーイン産業」にもっと積極的になってもらえるのか?」


「そ……そうだな。俺にも守るべき女性ヒトが出来たら、ちゃんと仕事しなきゃならないしな……ちらっ」


「分かった。それならば私が調査をしよう。だが、その“タリア”と言う女性がでも、男に二言は無いよな?」


 何かしらのあるサフィアスの言い方。冷静な俺ならサフィアスが言いたいコトに気付けただろうが、この時の俺は全てにおいて有頂天。心は弾み天高く舞い上がっている真っ最中だった。

 それこそエナドリ飲まなくても背中に翼が生えたように……。




「国王、何故……タリアリス王女殿下をので御座いますか?」


「ギクッ。は……はて?何の事かな?」


「それに、私の屋敷に“草”を放っていますね?それも国王の指示で御座いますか?」


かつんかつんッ

「サフィアス閣下、わたくしがあの人間族の元に向かったのはわたくしの独断。お父様に非はありません」


「王女殿下……ですが、それならばこそですッ!」


「閣下が何を仰りたいのか分かりません。わたくしがこの国に害を齎すかも知れないモノを見定める事の何処に非があると言うのです?」


「お言葉ですが、王女殿下の“本性”を国民全員が知っている訳ではないのです。その事に留意して頂かなければ……」


「わたくしの“本性”ですって……?閣下がわたくしの“本性”を知っているとでも?」


「やめよ、タリアリス!」


「“暴虐”のタリアリスの名を私が知らないとでも?」


キッ

「鋼糸鋼線華ッ!」

つるッ

 「キャッ」

  どしんッ

   「あ……」

    がばッ

「み……見ましたね?」


「私は王女殿下のスカートの中に興味はありません。それが白でも黒でも興味が無い以上、見ようとも思いません」


「あわわわわわ。わたくしの下着の色を……覚えてなさいッ」

だッだだだだだだだだッ


「興味が無い方の下着の色を覚えていられる程、私は暇じゃ無いんですよ?って、あぁ、行ってしまわれたか」


「あのじゃじゃ馬でもサフィアスには敵わない……か」


「さて、国王。私の話しは終わってませんが?」


「ギクッ。な……何の事かな?」


「何故、私の屋敷に“草”を?」


こつんこつんこつんッ

「それはウチが説明したるわッ。あんさんにはが掛かってんねん」


「エメリルダ?“草”は貴女の差し金だったのか……」




「タリアさん……あぁタリアさん……タリアさん」


「オマエ、頭大丈夫か?」


 俺は何に対しても手が付かなくなっていた。朝になってサフィアスの屋敷にいつも通りやって来たルビアラは、俺がボーッとしているのを見付けると、そのまま俺を引き摺って昨日契約した事務所に連れて行ってくれた。

 俺は何も頼んでいないから、サフィアスがルビアラに指示を出していたのだろう。



「気品に満ちた……清楚な姿……ごしちごしちしち……」


こんこんッ

「頭の中身、ちゃんと詰まっているか?」


 ルビアラは事務所に着くなり俺を適当に座らせると掃除を始めて行った。俺が掃除の邪魔になると物を動かすように、俺を持ち上げこれまた適当な場所に置く。それを繰り返しその日の内に事務所は綺麗になった。

 しかし俺は何も手が付かず、ブツブツと独り言を話しているだけだったが、ルビアラはそんな俺に対して何かしらのアクションをしていた。

 ……が、俺はルビアラを構える状態じゃなかった。

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