第10話 第五条 前条の認定を受けようとする者は、その主たる営業所の所在地を管轄する公安委員会に、次の事項を記載した認定申請書を提出しなければならない(以下略)

 この世は大警備員時代である。雨の日も雪の日もそれこそ台風の日だって、現場が稼働するならその場に行き、請け負った業務を熟すのがプロの警備員と言うものである。だが、大概は早く帰るコトだけを考えている者達が多く、「早く帰らせてくれ」と現場監督に進言する猛者もいる。



「それではトリィ様。こちらが家の鍵になります。この度はご購入頂きまして、ありがとうございます!」


「えっと……ラピシリアさん?」


「もうッ!「ラ〜ピス」ですよ?次、間違えたら怒りますよッ!ぷんぷんッ」


「あのさ?鍵の数少なくなってない?」


 俺がラピシリアから受け取った鍵の数は一つだけ。だが、内見の時に見た数は少なくとも二つあった。



「そんなの決まってるじゃないですかッ!残りの一つはわたしが持ってます!」


「えっ?だから……なんで?」


「わたしが、“通い妻”としてトリィ様の元に通う予定だからです!」


 俺は言葉を失った。見た目小学生が「通い妻」とかどんな冗談だって感じだし、実際の年齢を知った上でも尚、それが信じられていない俺としては、実際に「通い妻」になったら犯罪の香りしかしない。

 ってか、誰とも付き合ったコトが無くて、経験も無いって言ってた割には「通い妻」とか言ってるギャップが、俺の感情を激しく駆り立ててい……た所に視線が刺さっていた。そう、勿論、ルビアラの……だ。



「ラーピス(棒読み)、残念だが俺はこの家には住まないぞ?ここは事務所として使う予定で、暫くの間はサフィアスの屋敷に寝泊まりしようと考えているからな」


「えっ?そうなんですか?それじゃ、わたしが裸エプロンでお夕飯の準備をしていても、トリィ様は帰って来られない……の?」


「そ……そうなるな……ごくりっ」


 今回、ルビアラはラピシリアが言った「裸エプロン」の単語に拠って、殺気を放出し始めていた。ってか、思ったんだが……。それ裸エプロンはルビアラが現状でサフィアスにしたくても出来ないから、俺に向けて殺気を放ってるのでは?ってか、ただの八つ当たりなのでは?


 まぁしかし……だ。俺はルビアラに対してそんなコトは聞けないので、ルビアラは放っておく一択だ。

 今、俺がやらなくちゃならないのはラピシリアから鍵を取り返すコトで、俺が住まないと知っても尚ラピシリアは手を硬く閉ざしていた。

 そんなラピシリアに対して、俺は強引に鍵を取り戻すコトしか考えられなかったから実力行使に出たワケさ。



「あっ……そんな、トリィ様……。強引にするなんて、痛いです。わたし、初めてなんですよ?だからもっと、優しく……して?」


「うん、ラピシリアさん?そろそろ巫山戯ふざけるのやめようか?いい加減にしないと、俺も怒るよ?」


 ラピシリアが桃色のセリフを吐く度に、俺の脳裏に浮かぶ走馬灯を想像して欲しい。確かに、キャッキャウフフでイチャラブな感じは俺も望む所だが、その度に走馬灯が見えて来るなんて生きた心地がしないばかりか、イチャラブな雰囲気すら走馬灯に思えて来る。

 要するに、ルビアラがいなければ、そんな状況でも“ドンと来い”って感じだし、むしろ法に触れないならそれこそラピシリアと結ばれるのも、アリアリのアリとは思い始めていた。


 だが、そんな考えは俺が二つ目の鍵を取り返し、“ラピス商会”の扉を開けて外に出ようとした時に、唐突に失われて行った。



がちゃ

「それじゃ、ラピシリアさん。何かあったらまた来るね……」

どんッ

「きゃッ」


ぱしッ

「あ、すいません。大丈夫ですか?俺が前を見てなかったから……ケガしたりとかどこか痛いとかありませんか?」


 俺がラピス商会から出た矢先に、誰かとぶつかった。完全に俺の前方不注意だし、過失割合は俺の方が明らかに高い。

 法廷で争っても、絶対に緊急避難にはならない案件だ。要するに俺が敗訴するのが分かっている以上、相手が倒れる前に素早く手を差し出し、相手がケガをする前にキャッチし、尚且つ気遣いを見せるコトで俺に降り掛かって来るリスクを極力……って、とぅんく。

 なんだ……コレ?この気持ちは……。



「痛い……」


「えっ?あっ、すいません。急に手を握っちゃって。貴女が倒れそうだったから、咄嗟で……」


「わたくしは大丈夫ですから……その……手を……」


 俺は高鳴る鼓動に支配され、目の前の美少女が何を言ってるか聞き取れなかった。だが、顔を赤らめて俯きながら恥ずかしそうにしている姿が視界に入った途端に、手を握り締めているコトの罪悪感に急激に支配され手を離す選択をした。

 その結果、美少女は尻もちを付いて行った。



たた……」


「すいません、俺が手を離したばっかりに……」


「いえ、わたくしがちゃんと言わなかったのが悪いんですから、気に病まないで下さい。それに、人が出て来る事も考えずに店の前に立っていた、わたくしが悪いんです」


 俺の前で尻もちを付いてる女性は、見た目は人間に見える。ラピシリアみたいな種族ハーフリングではない事は、発育状態から直ぐに分かった。

 だが、人間族がいないこの街で人間に見えるからと言って、俺と同じ人間族とは思えない。きっと何かしらの種族なのは間違いが無いだろう。


 見た目は人間族なら二十歳そこそこと言う感じがする。髪は赤みがかったピンク色で、瞳はエメラルドグリーン。吸い込まれそうな程に美しい顔立ちで、ぷるんとした唇から発せられる言葉は、女神がさえずっているのかと勘違いする程だ。

 まぁ、俺は女神を見た事が無いし、話した事も無いから飽くまでもコレは喩えだが、尻もちを付いている女性がリアルで着ている衣服が庶民と言う感じを一切合切裏切っている。

 その一方で少なくとも女神が着ているような格好では無く、清楚な感じがしながらも気高い雰囲気をかもし出していた。

 そして、人知れずスカートの中身が見られないように手でガードしている辺りが、それらの雰囲気をより一層高みに昇華させている。



「オマエ、また見境無……ハッ!?タリ……」


キッ

「ヒィッ!」


「ルビアラ?ハッタリってなんだよッ!おーい。なんだったんだ?俺に対する新手の嫌がらせか?」


「そ、そんなコトよりも、わたくしは、タリアって言います。もし良ければ名前を教えて頂けませんか?」


「俺?俺の名前は鳥居です。でもどうして?」


「この街で人間族なんて珍しいから、お近付きになりたいって思ったんです」


 「人間族が珍しい」なんて言われると、「俺は珍獣か何かか?」と勘違いしそうになる。まぁ、思ってもそんなコトは言わないし、珍獣みたいな人間はたくさんいたから、日本で暮らしてる時は常に思ってた。

 逆に今度は俺がその立場になった……と考えられなくも無い。

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