第9話 第四条 警備業を営もうとする者は、前条各号(割愛した内容)のいずれにも該当しないことについて、都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という)の認定を受けなければならない

 この世は大警備員時代である。日本に於ける底辺の業種の一角を担っている警備業だが、三大底辺業種の中で唯一「規制法」を主軸としている為、発展する可能性は限り無くゼロに近いとされている。



「おはよーございますッ!今日も素敵な朝ですねッ、サフィアス閣下!」


「はぁ……ルビアラ。何度言ったら、お前は分か……」


「あぁ、そうでしたそうでした……。——はぁ……今日は雨だな。アタイの心のようだ、オマエもそう思うだろ?」


 確かに今日は雨模様。海が無くても雨は降るらしい。俺のいた日本での常識は通用しないのだろう。そしてルビアラにサフィアスの常識も通用しないらしい。

 大概何回も同じ塩対応をされれば慣れるし、温度差で風邪をひく可能性も薄まったコトだけは喜ばしい……んだろうな。


 ちなみにサフィアスは一際大きなため息を漏らすと、俺を見て口を開いて行く。



「トリィ……昨夜話した件、本格的に考えておいてくれないか?もしもトリィが実行に移してくれるなら、私が国王に直談判をして国王の姫君をトリィのきさきとして頂けるように取り図らおう」


「ちょっと待て。国王の姫君?それって王女ってコトか?いや……そんな大事なコトを勝手に決めないでくれ」


「オマエ……閣下がオマエを王族の一員にしてやると仰っているのに、断る気なのか?」


 はぁ……。いや、俺は……俺が王族になるとか望んでないし、その前にその王女が俺の好みに合わないとか考えてくれないかな?流石にサフィアスのメイド達みたいに青い豚とかだったら、俺は流石に……くっ。

 まぁ、王族になったらクーリングオフ制度は真っ先に施行させたいが……。



「トリィ、お前の考えている事は分かる。だからこそ先に言っておこう。国王はハーフオーク族で、その愛娘タリアリス王女殿下はオーク族寄りと言うよりは人間族に近いお姿をしている」


 オークではなく、人間寄り?その言葉に俺の心は揺らいでいた。だが……だが、しかし!見た目は重要これ絶対!更にこの国の王女とあろう者が婚約者の一人もいないワケが無い。

 もしも婚約者がいないのであれば、それほどまでに幼いかよっぽどの問題児と言う事になる。

 、俺は完全な貧乏クジを引かされる事になるだろう。



「サフィアス……気遣いは嬉しいが、俺みたいなおっさんとの結婚なんて国王が認めないと思うぞ?」


「大丈夫だ。タリアリス王女殿下は今年で齢18になるが、まだ婚約者はおらん。国王も王女殿下の婚約者が見付からない事を嘆いておられる。もしもトリィが功績を立てれば、国王も喜んで婚約者として迎え入れてくれるだろう」


 王女が幼女の可能性は途絶えた。これはつまり……やっぱり貧乏クジじゃねぇかッ!この世界の王侯貴族の情勢は知らないが、王侯貴族なら早い段階で婚約者がいるモンなんだろ?18歳で婚約者がいないなんて、日本じゃ当たり前だが国王が嘆く程見付からない……口を悪くすれば「行き遅れ」ってコトだよな?

 要するによっぽど気が強いじゃじゃ馬か、誰も寄り付かないくらいの見た目……って感じしかしない。



「サフィアス……申し出は有り難いが、俺は王族に向いていないと思う。だから、王女様との話しは国王にしないでくれ。だが、その話しを国王にしないと約束してくれるのなら、文字の読み書きや計算の仕方を教える件は考えてみる事にする」


「分かった……。トリィがそこまで言うのなら私も国王にその話しはしないと誓おう」


 はぁ……危うかった。じゃじゃ馬娘との結婚なんて強制されたら俺はもうこの国に完全に縛られるし、もしも「好みに合わなかった」なんてコトを言って破談になったらそれこそ国王が激高して、命の危険があるかも知れない。

 俺の人生は俺のモンだ。強制結婚させられて、クーリングオフしたら即……死なんて、割に合わなさ過ぎる。

 ——いや、その前にクーリングオフは無いんだっけか……。




「ほう?そのトリィとやらは、タリアリスとの結婚を望まぬ……と?王族になれる名誉を踏みにじる……と?」


「はっ。そしてサフィアスに対して陛下にその話しをするなとも言っておりました。しかし、交換条件としてこの国の識字率を上げる手伝いをする……と」


「なんと?!それが本当ならば、願ってもない事だが、そのように能力が高い者を見捨ててはおけぬのも事実よな……」


がちゃ

「お父様?何やらわたくしの名前が聞こえましたが?また、縁談話しを進めようとしているのですか?再三に渡り、わたくしは結婚しないと申し上げている筈ですが?」


「タリアリス?!いや、余はそのような事を話していたのではない!」


「それならば構いませんが、先程の会話の中でっすらと聞こえて参りましたが、お父様が気に掛けるような能力の持ち主がこの国に?」


「(これは一つ、名案かも知れん。タリアリスをその男の元に向かわしてタリアリスの目で確かめさせてみるのも一興か?)タリアリス……実はな、サフィアスが妙な男をこの国に迎え入れたのだ。お前の目で、その男を見極めてみる気はないか?」


「サフィアス閣下が?まぁ!それは面白そうですね。分かりました、わたくしが見極めて差し上げましょう。サフィアス閣下の目を疑う訳では御座いませんが、余所者よそものでありその者が不穏な動きを図るのでしたら、斬り捨てても構いませんよね?」


「(タリアリスの悪い癖が出たが……まぁ、良い)問答無用で斬り捨てる事に目をつぶるのは出来ん。それにその者には護衛も付いているようだから、穏便に見極めるのだぞ?」




「オマエは本当にバカだな?」


「ルビアラ、それはどう言う事だ?」


 雨の中、俺はルビアラと二人、再びラピス商会に向けて歩を進めていた。その道中でルビアラは開口一番に俺のコトをバカ呼ばわりしていった。

 俺としては解せないが、ルビアラに喧嘩を売ったところで勝ち目は無いコトから、なるべく穏便に言葉を選んで行くのは当たり前のコトだ。

 社会人の基本、「処世術」ってヤツだな。勝てない喧嘩は売らないのが鉄則だ!



「タリアリス王女殿下は、諸外国にもその容姿が響き渡っている程の美女だぞ?それこそアタイなんかじゃ足元にも及ばない程、大変麗しいお姿なのだ。そんな方との婚約を断るなんて、オマエはよっぽどのバカと言う事だ」


「人には好みってモンがあるだろ?それに諸外国に響き渡っていながら、婚約者の一人もいない理由が俺には分からないんだが?」


「王女殿下ほどの高貴なお方になれば、我々下賎な者には考えも付かない崇高な御志おこころざしがあるに違いない。それに対して「好み」の一言で終わらせてしまう、オマエは下賎が過ぎるな」


 ルビアラは口を開けば憎まれ口を叩くし、口を閉じれば殺気を放って来る。俺としては針のむしろに座っている思いだが、殺気を振り撒かれ常に“歩く走馬灯”状態よりは、憎まれ口の方がまだ心地良い。

 警備員ってのは人間扱いされない業種だし、俺としてはそんなコトは慣れっ子だから、命の危機を常に感じているよりは憎まれ口の方がマシだった。

 まぁ、人間扱いされないのも心に刺さるし、折れそうになるんだけどな……。

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