第8話 第三条 次の各号のいずれかに該当する者は、警備業を営んではならない(割愛)

 この世は大警備員時代である。日本には労働基準法があるが、それに従っている会社は少なく、昼勤夜勤の連勤と呼ばれる状態に於いても、給料は一現場単位の為、八時間を超えても割増は発生しない。(少量の夜勤手当てのみ発生する)



「トリィ様、こちらなど如何がでしょう?ここは居住スペースが広く、商会用店舗としても申し分なくお使い頂けると思います」


 あれから俺達はラピシリアの案内で、内見して廻っていた。街の中をあっちこっちと見て回るコトこれで六軒目。ボロ家から集合住宅の一階部分。高級住宅や倒産した商業店舗など様々だ。


 ラピシリアは執拗に俺とルビアラの同棲前提の一軒家や部屋を案内しようとしたが、俺はそれを全力で断り「新たな商会を作る」とだけ伝えた。なんの商売をするか伝えていないから、勝手に想像して商会として使えそうな物件を見繕ってくれた様子だ。


 尚、ラピシリアが「愛の巣」とか「同棲の〜」とかそういった言葉を使う度に、ルビアラは身体中の青筋をピクピクと動かし、俺に向かって強烈な殺気混じりの眼力を飛ばして来ていた。

 生きた心地がしないと言うのは、このコトだろう。警備員として道路に立って車両を誘導し、車が止まらずに突っ込んで来たコトは幾度もあるが、ソレとは比べるまでもない程に今の俺は死期を悟りかけていた。

 睨まれるだけで浮かぶ走馬灯と言うのも、あまり経験したく無いが実際に浮かんで来る以上、ラピシリアから余計な言葉が出ないコトを祈るばかりだった。



「トリィ様、これだッ!って言うのはありましたか?」


「う〜ん、申し訳ないがパッとしないんだよなぁ……」


「そうですか……しゅん」


「いやいや、ラピシリアさんが悪いワケじゃないんだから、そんながっかりしないで下さい」


「トリィ……様。もう、わたし達……知らない仲では無いんですから、「ラピシリアさん」なんて他人行儀な言い方はやめて、「ラ〜ピス」って気軽に呼んで頂けると嬉しいです」


「ほう?やはりオマエは女なら見境が無いんだな。アタイが少し目を離した隙に、もう身体中のあちこちを知ってる仲になった……と?」


「トリィ様?わたしはルビアラ姐さんの二番手でも一向に構いませんッ!」


 この手の遣り取りがこれまでに、何回もあった。ルビアラが目を離した隙に一瞬で仲良くなれる程、俺はチャラくない。それにルビアラの言い方だと、仲良い以前の問題だし、一瞬で果てる程そんなに俺は

 更に付け加えればラピシリアは何故か自分の事を愛称で呼ばせたがる。

 もうね……内見であっちこっち行くよりも、そっちの遣り取りの方がよっぽど疲れる。




「大変だったようだなトリィ。それでどうだ?物件は決まったのか?」


「一応……な。最後に見た物件に決めたよ」


「それにしても聞いたぞ?ラピス商会の看板娘といい感じだったそうじゃないか?ルビアラに続き、あの看板娘まで落としに掛かっているとは、トリィは私が見込んだ男だッ!」


「なぁ……サフィアス。なんでそんなコトを知ってるんだ?」


ギクッ


 ルビアラには今日の件は「サフィアスに対して何も言うな」と念を押しておいた。ルビアラは凄く睨んでいたが、最終奥義チクるぞのお陰もあって最後は折れてくれた。


 だが、サフィアスは事の仔細を全て把握して尚、何も知らないフリをしているようにしか見えなかった。だから俺はカマを掛けたんだが……なんか「ギクッ」て聞こえた気がする。



「と……トリィよ。これは国王から私が言われた事だ。拠って、わ……私の一存ではない」


「そう言う逃げ道作りはいいから、サフィアス……部下を使って監視させてただろ?」


 「国王から〜」みたいなコトをサフィアスが言ってたが、目は泳いでいるし、ドモってる段階でバレバレだっての。

 まぁ、新たな産業が興せなければ……と言ってたコトは本当なのだろう。今日一日、この街を歩いて分かったコトだが、この街の住人には覇気が無い。

 「死んだ魚のような目をしてる」って表現には日本でよく出会でくわしていたし、そんな連中は警備員の中にしょっちゅういた。それこそ連勤に次ぐ連勤でロクに寝ておらず、目が虚ろで立ったまま寝てる警備員もいたからそんな表現は日常茶飯事だった。


 だが、ここの住人はそんなヤツらとは違っていた。どちらかって言うと、睡眠不足って言うよりは、「金が無くて明日をどうやって生きればいいか?」なんて悩んでいる顔だ。

 そして、そんな警備員もたくさん見てきた。まぁ、大体は欲望に任せて使い込んで金欠になったヤツらだから、ここの住人より救いようが無いんだけど……。



「まぁ、いいや。取り敢えず、明日またラピス商会に行って、今度は契約して来るつもりなんだが……一つ聞いてもいいか?」


「ラピシリアの落とし方か?それともルビアラの勘所かんどころか?」


「違うわあぁぁぁぁぁぁッ!はぁ……はぁ……ッ!」


 突然のサフィアスのボケに俺は大声を張り上げてツッコむしかなかった。いや、まぁ……ラピシリアは可愛いと思うし、見た目年齢と実年齢が釣り合わなくても俺はいいと思う。合法なら尚更文句の付けようが無い。……って、あれ?

 それに殺気を振りまく「歩く走馬灯」のルビアラよりは断然いい。もういっその事、ルビアラをクーリングオフして、ラピスに乗り換える……って俺は何を考えているんだッ!だから、そうじゃない!



「突然大声を出すなよ、トリィ。驚くじゃないか。で、聞きたい事は何なのだ?」


「あの物件を借りるなら、一ヶ月五千ルピア。購入するなら二十万万ルピアと言われた。それで朝、サフィアスからもらった資金なんだが、幾らあるんだ?俺はこの国の貨幣価値は分からないし、金の数え方も分からない。結局俺は、ルビアラに聞きそびれたんだ」


「あぁ、その事か。なんだ……私としてはルビアラを騎士団に返すとか言われたら……どうしようか悩んでしまったぞ?」


「いや、返せるなら返したいんだが、いいか?」


 サフィアスも厄介払いが出来て、のびのびとしているんだろう。一日中、ルビアラはサフィアスに対して絡んでそうだし、それはそれで見てる分第三者的には面白そうだ。しかし、サフィアスの表情はあからさまに「嫌だ」と書いてあった。



「良い天気だなぁ、トリィ……。さて、金の話しに戻そうか?今朝トリィに渡した資金は、総額で100万ルピアくらいある筈だ。ちなみに、それだけの金があれば暮らせば十年くらいは持つ」


「ふぅん……一ヶ月の生活費が大体一万ルピアってコトか。家賃が五千ルピアってコトは、かなり高い家賃ってコトになる。買うなら二年弱の生活費か……そっちの方が割安だな」


「トリィ……お前、計算が出来るのか?」


 識字率しきじりつが低い国は総じて計算が出来ないと言われている。街中で見た子供達は日本なら学校のある時間帯に仕事をさせられたり遊んでいたりしたから、そもそもこの国は教育制度が発達していないのかも知れない。

 そう考えれば、計算が出来ない者が多い国でスラスラと暗算が出来る俺は驚かれる対象になるのかもしれないなぁ……とは思ったが、サフィアスは異常なまでに目を輝かせていた。



「トリィ……それも新たな産業になるぞッ!」


「ふぁ?!いやいや待て、待ってくれ。俺は一人しかいない。アレもコレもなんて、俺には無理だッ!」


 サフィアスは俺に学習塾の講師でもさせたいのか?そもそも俺はこの国の言葉が読め……いや、読める。そう言えば読めたな。

 なんでだろ?

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