第6話 第一項第三号 運搬中の現金、貴金属、美術品等に係る盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務

 この世は大警備員時代である。業界全体の平均年齢は六十代とも七十代とも言われており、中にはよわい八十を超えた挙句、杖を付きながら現場に来る猛者もいる。




ばんッ

「サフィアス閣下あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


「おぉ、来たか、ルビアラ!」


 えっと……こんな人だったっけ?前に見た時はメイド服を着ていて、それとなくお淑やかな感じがしてたけど……なんか情熱的になってる……。



「サフィアス閣下がアタイに御用があると伺い、全ての職務を放棄して馳せ参じましたッ!」


 いや、放棄したらダメだろ……ってか、サフィアスはなんでツッコまないんだ?部下が職務放棄してるなら、そこは指導しないとアウトだよな?



「ルビアラ、本日只今の時刻を持って、騎士の役目を解任し、トリィの側仕えを命じる」


「えっ?サフィアス閣下……?アタイを解任?それにトリィって……」


「ルビアラ、トリィはこの者だ。側仕えとして誠心誠意励めよ」


キッ


 えっとなんか俺……凄く睨まれてる?何か悪い事した?いや、俺が彼女ルビアラを選んだからこうなったワケで、「悪い事したか?」って言ったら俺のせいなのは間違いが無いんだけど……。



「閣下!アタイは要らない子ですか?サフィアス閣下のご命令なら、不承不承従いますが……ですが、承服し兼ねます!」


「サフィアス……彼女もこう言ってるコトだし、この話しは無かったと言う事で……いいんじゃないか?」


「ッ?!——ルビアラ……お前には失望した。トリィはこの国にとって大事な人間族なのだ。それを見抜けないとは……」


 ん?サフィアスが焦ってる?でも、当の本人が嫌がってるんなら、仕方無いよな。うんうん。



「閣下……。失礼しましたッ!不肖ルビアラ、サフィアス閣下のご期待に沿えるよう、誠心誠意その男の側仕えをさせて頂きますッ!」


「そう言うワケだ。トリィ、明日からよろしく頼む。ルビアラのコトは好き勝手使ってくれて構わないし、手を付けても私は構わない。くれぐれも宜しくやってくれ」


 あぁ……。やっぱり後悔のクーリングオフ制度は必要だな。



「それでは私は一度、国王の元へ報告しに行くから、後は二人で宜しくやってくれッ!サラバだッ」


 慌ただしく屋敷を出て行ったサフィアスとそれにつられるように、集められたメイド達は各々仕事に戻って行った。

 こうして部屋に残されたのは俺とルビアラの二人だが、この状況で何を言えばいいか分からなかった。



「オマエ……トリィと言ったか?」


「あ……あぁ。これから宜しく頼む」


「オマエはアタイを手籠めにするつもりなのか?」


「えっ?いや……そんな腹積もりは……」


「さっき、サフィアス閣下は、オマエがアタイに手を付けても構わないと仰った。それは、アタイを手籠めにするってコトだよな?アタイを孕ませたいってコトだよな?」


 そんなコトの意味は勿論知ってる。だが、殺気混じりの気配と、目を合わせただけで喉を掻き切られそうな眼力の前で、自分の命を守る為にも知らないフリをしなければならないのは、本能が告げていた。



「アタイは閣下以外の男を認めない。今回の件は、サフィアス閣下からの命令だからこそ従うが、アタイに指一本でも触れてみろ?その細首一つ簡単にねじ切ってやるからな?」


 メイド服を着ていないルビアラは、メッチャマッチョでありながら、出てる所はちゃんと出てるって言うより存在感が果てしない。

 だが、触れれば即死……と言われれば納得が行く。筋繊維に浮かぶ青筋が雄弁と物語っているし、割れた腹筋や上腕二頭筋がピクピクと動き、顔に浮かぶ青筋が俺の死期を今か今かと待っているかのようだった。

 俺はハニートラップに引っ掛かったと言えるだろう。しかも、美味しい思いも何一つとして出来ない、“汚いハニートラップ”にだ。

 あぁ、根絶したい……。




「ほう?それでは新たな産業に着手する……と、そう言うワケだな?」


「はい。左様に御座います」


「して、その「トリィ」と言う者は何を望んだのだ?」


「ルビアラを所望し、本日を持ってルビアラは騎士を解任し、トリィの側仕えとしております」


「ほう?ルビアラとな?アレはお前が拾ったよわいを重ねたではなかったか?そのトリィと言う人間族も、モノ好きよな?」




「はぁ……なんでこうなった……」


 二人きりになり、何を話していいか分からず、ルビアラの剣幕に負けた俺は、明日の朝に来るよう伝えルビアラを帰した。


 俺は誰とでも普通に話せる自負があった。それは誰とでも話せなければ警備員として現場に行った時に何をすればいいか分からず、仕事の“指示待ち”をするハメになるからだ。

 “指示待ち”が悪いとは言わないが、円滑な人間関係を築けない警備員は総じて業者からのウケが悪い。そうなれば人間扱いされず、何か起きた場合に於いて全て自分のせいにされてしまう。それが自分のせいでなくても……だ。

 そして警備会社も業者がお客様なワケで、業者の言い分を真に受ける。結果、自分の立場が無くなると言う、「負のスパイラル」が待っている。

 だからこそ、誰とでも話せるのは必要不可欠なスキルだ。しかし俺は、ルビアラと話せる気がしなかった……。


 こうして俺は途方に暮れたまま、部屋に一人でサフィアスの帰りを待っていたのだった。




「サフィアス!どう言うコトだ?」


「何がだ?ルビアラとはもう、したのか?」


「出来るかぁッ!ってか、そんなコトをしたら、俺は今頃この世にいないッ!」


「アイツは気が強いからな。でもトリィが、齢60の未亡人が好みだとは思わなかったぞ!まぁ、レッドオーク族は年齢を重ねても子供を産めるから、それはお前の頑張り次第だッ!」


 俺はサフィアスが何を言ったのか聞き取れなかった。ってか、今……サフィアスは「齢60」って言ったか?そして「未亡人」とも言ったのか?どうやら俺は目以外にも耳が可怪しくなってしまったらしい……。いやいや、どう見たってルビアラは俺と同じくらいか、俺よりも年下に見えるんだが……。



「トリィ……ルビアラは自分の娘を探しているようなのだ」


 なんかサフィアスが勝手に語り出したが、俺の耳は餃子になりたがっている。思考は現実逃避の真っ只中だ。だから、何を語られようにも俺には届かない。

 その前に、俺が警備業を興す話しをクーリングオフしたい。



「ルビアラの娘は、実の父親……ルビアラの夫に因って産まれた直後に連れ攫われ、捨てられたらしい。ルビアラは今でもその娘を探していると言っていた」


 いや、やめてくれサフィアス。俺はまともに思考回路が働いていない。



「そして娘をどこかに捨てて帰って来た夫の首を、ルビアラは激情に任せてねじ切ったのだ」


 ッ?!いや……待ってくれ。本当に待ってくれ!それって本当なのか?いやいや、そんな話しを聞いたら怖くてルビアラの顔を見れなくなる。

 ってか、それって“未亡人”と呼んでいいのか?



「ルビアラは夫を殺し衛兵に捕まったワケだが、私がその膂力りょりょくを見込んで騎士に勧誘した。まぁ勧誘したはいいが、アイツは扱いが難しくてな……私も正直困っていたのだ。だが、トリィが見初めてくれて助かった!私は本当に感謝しているぞッ!」


 こんなコトなら俺は、国政に携われるようにして欲しくなった。そうしたら真っ先に、クーリングオフ制度の制定に励むコトだろう。

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