第5話 第一項第二号 人若しくは車両の雑踏する場所又はこれらの通行に危険のある場所における負傷等の事故の発生を警戒し、防止する業務

 この世は大警備員時代である。だが使っている業者曰く「どうせ日替わり弁当だろ?」や「案山子カカシだからなぁ?」は皮肉だが、それの本質が分かる警備員もそうそういない。




「なんでこの国が滅ぶんだ?」


「この国の産業は衰退して行く一方だ。それではこの国が財政破綻する事になるだろう?」


 意外とまともな答えだった。それだったら、「ペルセポネス家を繁栄させなければ……」みたいなは必要無さそうな気がする……が、そこまでツッコむ気力は無い。



「それにな、この国の王家はペルセポネス家がなければ存続出来ないのだ。武力と財力を集約させない事にこの国の本質があるからなのだが……って、トリィちゃんと聞いているか?」


「Zzz……あ……あぁ、聞いてた聞いてた。要するに持ちつ持たれつってヤツだろ?」


「ま……まぁ、そんなところだ。それでトリィ……」


 再び警備業新たな産業を興せという催促。これを幾度と繰り返し、最終的に俺(の心)が折れた時には、明け方近くになっていた。

 だが、折れたのは俺の心だ。だから良い子は勘違いをしてはいけない。




「サフィアスよ、余に話したい事があると聞いたが?“草”まで貸し与えたのだ……賊の居場所が遂に分かったのであろうな?」


「いえ、私が拾った人間族は賊とは関係がありませんでした。ですがその者は、この国に新たな旋風を巻き起こす可能性がある産業のアイデアを持っておりました」


「ふむ……して、新たな産業とは如何なるモノなのだ?」


「はっ、ケービーイン産業と申します」


「その名前だけでは全く分からないが……良かろう。許す!サフィアスよ、その者をバックアップし一大産業に仕立てるのだ」


「ははぁッ!」




「トリィ!国王からの許可は下りたぞ!これで明日にでも始められるな!」


「ふぁッ!?いやいやいや、待ってくれ。俺は警備業をやるなんて、一言も……」


「ならば……」


「ならば?」


 この場合、次に来るのは脅しか泣き落としの二種類しかないと思っている。だが、そんな簡単な手に引っ掛かるほど、俺は修羅場をくぐっていないワケではない。



「もしも、ケービーイン産業が成功した暁には、国王にトリィをこの国の国政にたずさわれるように進言しよう」


「国政?俺には興味が無い話しだ」


 これはマジモンで説得しに来てる気がする。二種類以外の方法で来るとは正直想定外だったが、そんなんじゃ俺の心根は揺らがない。



「それならば、絶世の美女を用意しよう。それならば良いだろう?」


「絶世の美女?いやいや、俺は人間だ。それにこの国に人間はいないんだろ?例え仮に人間以外の絶世の美女と俺が結婚出来ても子供を作るコトが出来ないなら、人生の喜びが半減しちまう」


「その点は大丈夫だ。人間族と他種族とのハーフは確認されているから、問題は無い」


 ちょっと心が揺らぎ始めた瞬間だった。警備員なんてやってると、女性との出会いは皆無だ。

 特に自分より若い女性なんて、希少レア中の希少レア。スーパーレアよりも遥かに高いレア度希少性と言える。それくらい警備業界の平均年齢は高いんだ。

 その前に俺の年齢は聞いたらダメだ。悲しくなる。氷河期世代ってワードから推測してくれ。


 それに大体、世間的に警備員=「汚い」「臭い」「金無い」の三Kで見られていると言っても絶対に言い過ぎじゃない。

 よってそんな三Kに近寄る女性はいるハズも無い。いたとしたら、金無しから更に金をむしり取ろうとするハニートラップ使いハニートラッパーくらいだろう。



「それならば側仕えとして、この屋敷のメイドを一人、トリィに貸し出そう。あぁそうだ!トリィが好きな側仕えを選んでくれて構わないし、どうせなら本当に手を付けても問題は無い」


 こ……これがハニートラップと言うヤツか?「汚いハニートラップ」に引っ掛かるくらいなら、少しでも美味しい思いが出来るハニートラップの方が魅力的だが、どっちみち最後には悪夢にうなされるのは間違いが無い。



「善は急げと言うし、今から屋敷のメイドを全員呼び付け、トリィに選ばせてやろう」


ごくりッ


 「しがない警備員だった俺にも遂に春が?」こうしてトントン拍子で話しは進む。サフィアスの手のひらの上で転がされている感は拭えないが、出会いの無い俺にそんな条件を突き付けるなんて抗いようが無い。

 むしろ、卑怯としか言いようがない。


 拠って淡い期待に胸を膨らませ待つコト数分……。この屋敷のメイドが全員俺の目の前に招集されたのだった。



「あの……さ、サフィアス……」


「なんだ?」


「サフィアスってどっちかって言うと、人間よりの顔だよな?でも、このメイド達って……」


「皆粒揃いの美人顔だろう?」


 俺は「オーク」って種族を知らない。小説やゲームで有名な敵キャラ種族なんだろうけど、この場にいるのは全員“豚”だった。いや……それだと失礼か?だからちょっと言い換える。

 全員、つぶらな瞳をした“豚”だった。


 あかい豚ならそれこそ版権に触れそうだが、目の前にいるメイドは皆、青い豚だ。いや……待てよ?俺が知ってるメイドがこの中にいない……。

 俺がこの家に招かれた翌日に、俺が見掛けたメイドは少なくともこの場にいないが、これで全員とサフィアスは言っていた。

 これは……一体……?



「なぁサフィアス……これで本当に全員なのか?俺が前に見たメイドがこの中には……」


「あぁ、それは恐らくレッドオークのルビアラだな」


「レッド……確かに青くは無かったな……」


「なんだ、トリィはルビアラが好みなのか?」


「いや、そうじゃないが……少なくともこの中の誰よりも……」


「まぁ、ルビアラは私の部下だ。トリィを監視する為に屋敷の中に入れていたんだ。それは前に話したよな?だが、トリィが望むなら呼び付けるがどうする?」


 俺は正直なところ、焦っていた。少なくとも俺は豚には欲情しない。

 「手を付けても構わない」と言われようと、俺の感性はそれを拒絶している。全豚が涙するくらいに失礼な言い分だと思うが、好みの問題なので分かってもらうしかない。


 俺の側仕えを俺が選んでいいのであれば、全世界の女性が俺の事をさげすもうとも、俺は顔で選ぶしスタイルでも選ぶ。性格は二の次三の次だ。

 それくらい出会いの無い職業だったから、女性に飢えてると言われても肯定しよう。流石に現場で老女ばかり見てきた俺の気苦労も推し量ってくれると助かる。


 し……しかしだ。そのルビアラはメイドでは無いのなら、サフィアスの言う通りに動いてくれるのだろうか?

 俺は一抹の不安どころじゃない程の不安に苛まれていたが、この青い豚の中から決めるコトは不可能と判断し、ルビアラを呼んでくれるようにサフィアスに伝えたのだった。



「ふむ。トリィの趣味は度量が深いのだな。誠にお見逸れした。では早速執事を使いに出してルビアラを屯所から呼び付けるとしよう」


 サフィアスの不吉な物言い。だが、この時点で「やっぱりナシ」は利かない利かせないと、サフィアスの瞳は俺に対して訴えていた。

 あぁ、後悔ってのは先に立たないばかりか、取り消しも出来ないんだから、後悔のクーリングオフ制度くらいは充実させて欲しいモンだよな……。

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