第4話 第一項第一号 事務所、住宅、興行場、駐車場、遊園地等(以下「警備業務対象施設」という)における盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務

 この世は大警備員時代である。しかしあまり知られていない事だが、社会不適合者と呼ばれる者の割合は非常に多い。




「私はてっきり、トリィは“賊”の一味だと思っていた。だからこそ私の屋敷にまで招いたのだ」


「それじゃ、俺は監視されていたってコトか?」


「そうだ。メイドに執事……それだけじゃない。私の部下を使い、国王直属の“草”と呼ばれる者達も借り受け、トリィの言動を調査させていた。もしも仮に“賊”の一味なら必ず動きがある筈だし、その時が来れば全て纏めて根絶やしにするつもりだったのだ」


「そんな話しをするからには、俺の嫌疑は晴れた……のか?」


 確かに美味ウマ過ぎる話しだと思っていた。見ず知らずの人間を三食付きで屋敷に住まわすなんて、普通じゃ考えられない。


 警備会社には現場を振って来る「管制かんせい」と呼ばれる内勤者がいるが、「二時間くらいで終わる現場なので〜」くらい美味過ぎると思っていた。

 まぁ、大体そんな現場は二時間で終わる事は無い。何かしらトラップが仕掛けられている事が日常茶飯事で、その度に恨みが増し、甘い誘惑に乗った事を後悔する。

 根絶すべき“汚いハニートラップ”だと俺は思ってる。



「うむ。だがそれとはまた違う疑問が嫌疑が晴れた後に湧いたのだ。——トリィは人間族にしては、人間族らしからぬ……と言う疑問がな」


「サフィアス……俺は人間だぞ?」


「この世界に住む人間族は、大体にして他種族に対して卑屈なのだ。それだけじゃない、非力な為か集団でいる事を好む。故にトリィは人間族にしては珍し過ぎるのだ」


「ちょっと待ってくれ!人間はこの国にはいないって言ってなかったか?」


「確かに人間族はこの国にはいない。だが、いないからと言って、人間族は未知なる種族では無い。それに人間族について知ってる者がいないと言ったつもりは無いが?」


 あぁ……サフィアスが勘違いしたと見せ掛けていたのとは裏腹に、俺は完全に勘違いしてたようだ……。要するに俺はサフィアスの手のひらの上で踊ってたってコトか……。



「改めて聞かせて貰う。トリィはこの世界の生まれではないのではないか?」


「あぁ、そうだな。俺からしたら、この世界は“異世界”ってヤツだ。俺はなんでか分からないが、気付いたらこの世界にいた。警備員として仕事をしている真っ最中だったのにな……」


「ケービーイン?それがそのカッコなのか?ガラスにも見える不思議な棒に、金属のように硬い兜、しかしその実……二つ共非常に軽い。そんな装備でする仕事とは、一体どんな仕事なのだ?」


 俺は交通誘導専門だったから、「二号警備やってた」とは言い難いが、そもそもそんな“号数”を言ったところで通用はしないだろう。だから、警備業の“あらまし”的な内容をサフィアスに伝えるコトにした。




「なるほど……それがケービーインなのか。ふむ、興味が湧くな」


「そうなのか?」


「トリィのいた世界では、産業として成り立っていたのだろう?それならば、この国に於いても産業として成り立つ筈だ。それにこの国で新たに産業として始めれば、他国に於いてもアドバンテージになり得る」


「そんなモンなのか?」


 日本じゃ当たり前のコトが、この世界では当たり前じゃないってコトは確かに旨みがあるだろう。それこそ、さっき喰ったラーメンみたいに……。

 ってかその場合、ラーメンを作り上げたヤツは、日本人ってコトになるが……。俺以外にも日本人がこの異世界にいるってコトだよな?

 でも……海が無いこの世界で、どうやって出汁系塩ラーメン作ったのか想像も出来ないから、俺には真似出来るハズもないと思う。



「この世界には、“冒険者”と呼ばれる者達がいる。その者達はさっきトリィが言ったケービーインの仕事の一つと同じようなモノだろ?」


 サフィアスが言ってるのは要するに四号警備ってヤツだろう。四号は所謂いわゆるボディーガードだから、冒険者を雇って守ってもらうってコトだよな?



「冒険者達が出来そうなのはそれくらいだろう。三号に至っては冒険者達が盗む可能性もあるからな」


 三号……それは貴重品の運搬や核燃料などの危険物の運搬に関わるが、そもそも核燃料なんてこの世界には無いよな?いや、あったら怖いし運べる気もしないが……。

 ってか、冒険者に貴重品の運搬を頼んだら、それを盗む可能性があるって言われるとか……信用無いんだな。



「トリィ、相談なんだが……私が出資しよう。だから、ケービーイン産業をやってみないか?」


「ちょっと待ってくれ。俺はそこまで警備業界に詳しいワケじゃない。それになんで、そんなに?」


「やはりトリィには分かってしまうか……実はな、私が騎士になったコトに問題があるのだ」


「それと何の関係が?サフィアスは好きな仕事に就いた。それだけの話しだろう?」


 俺にはさっぱり分からない。サフィアスが焦っている事からして分からない。だからサフィアスが俺に対して「分かってしまうか」と言ったところで、俺は何も分からない。

 そればっかりは、サフィアスの勘違いだ。



「ペルセポネス家はこの地の元からある豪族だ。私には三人の弟と二人の妹がいるし、分家筋で言えばそれこそ、顔も名前も知らない者達が有象無象の如くだ」


 なんとなく来た。と言ったら読めて来たが、取り敢えず俺は黙って聞く事にした。



「しかし……だ。私が騎士になった事で、私の弟や妹全てが騎士や冒険者になってしまったのだ!有象無象共も聞く限りによれば、新たな産業を興そうとする者はおらず、かと言って家業を継ぐ気もないらしい」


 ん?何か、俺が内容と違って来てる?



「私は、先祖達が栄えさせたこの国を衰退させる原因になってしまったのだ……」


 いや、そこまでは読めなかった……。ってか読めるワケが無い。



「繁栄と栄華を誇ったペルセポネス家とその分家筋に至る全てが、過去の産業と決別を始めたのだ。故に私は、新たな産業を興し、再びペルセポネス家を繁栄させねばならない。そうでなければ……」


「そうでなければ?」


「国が滅ぶ」


「なんでそうなるッ!?」


 やっぱり分からなかった。それ以前に全然話しが読めていなかった。こうなったら、読めたつもりになっていた俺を殴ってやりたい。

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