第3話 第二条 この法律において「警備業務」とは、次の各号のいずれかに該当する業務であつて、他人の需要に応じて行うものをいう

 この世は大警備員時代である。だが、警備員は人の善意に付け込まなくては仕事にならないのが事実である。




「ところでトリィ。その格好については何か覚えているか?いつ見ても私には、どうにも不可思議な格好に思えてならないのだ」


 俺がサフィアスの屋敷に居候するようになってから数日が経った。流石にその数日の間、同じ警備服でずっと過ごしていたワケじゃないし、そんなコトをしたら臭くなるのは当たり前だから俺的にはかなり嫌だ。

 一応、サフィアスから服を借りたんだが、思ったよりも着心地は悪かったってのは付け足しておく。

 だからこそ、警備服を洗濯してもらって乾いたら直ぐに着替える……と言うサイクルを徹底する事になった。

 まぁ、いたよ?日常で常に警備服を着てるヤツって。普段着持ってないの?って聞きたくなるくらい、警備服ラブなヤツを俺は知ってる……。

 でも、俺の場合はそうじゃない。分かってくれるよな?



 ちなみにサフィアスの屋敷ってのはかなりデカかった。メイドに執事までいる屋敷なんて、俺は日本で見た事が無い。まぁ、ここは日本じゃないから、これが当たり前かとも思ったんだが、実はそうではないらしい。



 サフィアスの家……「ペルセポネス家」と言うらしいんだが、元々この地の豪族だったらしい。それで農業から商業といった様々な産業に手を出した結果、この国の王族とも対等に渡り合える程の権力を握ったのだそうだ。

 金の力って凄い!!


 だが、サフィアス自身にはその手の才覚が無く、結果としてコネを使って若い内から騎士になったのだそうだ。ちなみに、現当主はサフィアスであり、前当主であるサフィアスの父親とその妻は事故で早死にしたと語ってくれた。


 更に騎士になってからのサフィアスは、才能をみるみるうちに開花させたらしい……。

 人の才能ってのはいつ花開くか分からないモンだな……。



「これは……いや……。うん、その前にサフィアスに言わなきゃいけないコトがある。信じてもらえるかは分からないんだけど……」


 俺は数日間、サフィアスと話してみた結果、サフィアスに対する警戒を解こうと決めた。だからこそ俺のコトを記憶喪失だと勘違いしているサフィアスにも、ちゃんと説明しなきゃって思ったワケさ。



「ふむ。何か言いづらそうな事なのだな?だが、その格好と、私に言わなければならない事と言うのは、別々の事柄ではない……と言う事なのか?」


「そうだな……」


「よし、ならばその話しは夕食の後にしよう。今日は“特別”なモノが手に入ったのだ。時間が掛かるならば先に腹を満たすとしよう」


「特別な……モノ?」


「父親の代までは商家をしていた事は話したよな?その時のツテで、珍しい食べ物がこの国に入って来たら、優先的に我が家に届けてもらえるように話してあるのだ。だから食べ物に関して言えば、この国の王族よりも早く珍味を食べられると言う事だ」


 話しの腰はボキッと折られた気がしたが、サフィアスの食い付き次第では時間が掛かるのも間違いは無いかもしれない。拠って、「先に飯」と言う言い分も分からないワケではない。

 どんな時でも柔軟な対応を求められるのが警備員ってモンだから、先に飯にするって言う意見を、俺は何も言わず飲み込んだんだが……。



「これは……ラーメン?」


「ほう?トリィ、これラーメンを知っているのか?まぁ、話しは後だったな。先に食すとしよう」


ずるッ

 ずずずずるッ


「ちょっと物足りない気はするが、確かにラーメンだ。この世界でラーメンが食べられるなんて思ってなかった……」



ぷはぁッ

「旨かった。ご馳走様、サフィアス。旨い塩ラーメンだったな。これはカツオと昆布の出汁の魚介系塩ラーメンって感じだが、隠し味にもう一つくらい出汁が使われていると見たッ!……ところで、さっきサフィアスが言ってたけど、このラーメンが特別だったのか?」


「シオ?カツオ?コンブ?ダシ?ギョカイケイ?うむ……トリィが何を言ってるか私には分からんのだが、やはりトリィには分かるモノなのか?」


 俺としてはサフィアスのその発言で「マズった」と思わざるを得なかった。ラーメンと言えば日本食と言っても過言じゃない、日本国民のソウルフードだ。

 それが出て来たモンだから、テンション上がって余計なコトを言ったかも知れない。

 だがもう遅い。



「おいおい、サフィアス。塩もカツオも昆布も魚介も出汁……も?ま、まぁ、いいや。でも、それってそもそも海から取れる産物だろ?」


「ウミ?トリィ……ウミって何だ?」


「えっ?海を知らない……のか?海って、あれだぞ?しょっぱくてデッカい水溜まりって言うか……そもそも人類の母だろ?」


 俺は正直困惑してた。確かに内陸の地で、その地を出た事が無ければ“海”を知らなくても分かるっちゃ分かるし、そもそもこの国がある街は山に囲まれてる。

 でも、塩は海水から採るモンだよな?そう考えれば“海”を知らないって言われた俺は、困惑するのも当たり前だろ?

 ってかその……大分前に、海ってどう説明すればいいんだ?



「人類の母?それがウミなのか?私は母を知っているが、母やその母は、その“ウミ”から産まれたと言うのか?——どれ、地図を持って来てやろう。どこにその“ウミ”があるのか教えて欲しい」


 地……図?待ってくれ!地図があるなら、「その地を出た事がないなら〜」みたいな理論は当て嵌まらない。それって、まさかだよな?まさかとは思うし、まさかのまさかまさかだよな?



すらーーッ

「おいおい、マジかよ……。確かに海が無い。これってこの世界の地図……なんだよな?」


「うむ。その通りだ。トリィ、これのどこに、トリィが言う“ウミ”があるのだ?」


 俺はサフィアスが広げた地図を見て、言葉を失わざるを得なかった。

 この世界には、「海」と呼ばれる塩っぱく広大な水溜まりは記されていなかったからだ。



「トリィ、この“ラーメン”なる食べ物は、この地図のここ。美食の国・ウィスタデヴォンで発明されたモノだと言う。美食の国・ウィスタデヴォンの隣国はラ・メンと言う女神を祀っているから、そこ隣国との関係も揶揄されたし、隣国としては女神の名に似せた食事を、面白く思っていない者も多いと言う」


 サフィアスが地図に指差したのは、俺がいる国、佳肴かこうの国・ユーノートリッジとは正反対に位置する。まぁ、地図上の正反対なので、この異世界が隣国と言えば隣国になるのだが、二つの国の間には山が描かれているから国交は無いのだろう。

 要は一方通行いっつうってヤツだな。いや片側交互通行かたこうか?ま、そんなコトはどうでもいいか……。



「そして、この国に至るまで……この食べ物はありとあらゆる国で模倣されようとしたが、どの国に於いても模倣する事が一切叶わなかった食べ物なのだ。それを……その謎をトリィは分かるのか?」


 うん、一方通行いっつうだった。まぁ、それは置いといてだな……。

 あぁ、なんかもう……「やっちまったな感」が凄い。もう、そうとしか言いようがないくらい、やっちまった感じがする。


 こうなった以上、「言わなきゃいけない事」なんかどうでもいいくらいに、やっちまったよ……。

 はぁ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る