第2話 第一条 この法律は、警備業について必要な規制を定め、もつて警備業務の実施の適正を図ることを目的とする

 この世は大警備員時代である。だが、警備員はただの一般人であり、特別な権限は何も与えられていない。



「本当にどこなんだぁ?東京……じゃねぇな……」


 見渡す限り自分の三方には山がある。残った一つの方角には街が見える。こうなったら向かう場所は一択になる訳だが、ここが東京なら恐れるコトはないだろう。東京ならば……だ。

 もしも、ここが東京じゃない……以前に日本じゃないなら治安の問題が出て来る。これは死活問題だ。



「それにしても、夜勤やってて気付けば真っ昼間。まさかここは、夢の中ってワケじゃねぇよな?まぁ、夢の中でも眠いなんてコトがあれば別なんだが……ふわぁ」


 俺はぶつくさ言いながら歩を進めるコト数十分。優に3kmくらいは歩いただろう。途中ですれ違う人はおらず、ここがどこなのか尋ねるコトも出来なかった。この時点でここが東京じゃないコトは容易に想像が付く。

 第一村人も発見出来ないのであれば、日本じゃない可能性も薄々勘付かざるを得ない。




「やっぱりここは、日本ですらねぇな。日本にこんなご立派な城門なんざねぇからな。ってかなんなんだよ、ここは異世界とでも言うのか?俺はラノベなんざ読んだコトはねぇが、そんなのは小説の中だけの話しにしといて欲しかったぜ」


 閉じられた城門。中に入るコトは出来ないらしい。かと言って、閉ざされた城門をノックする気も起きない。

 ここが小説の中に出て来るような異世界ってヤツなら、「リアル剣と魔法の世界」ってヤツかも知れない。そして千葉にあるリアルな「夢と魔法の王国」では無いコトだけは確かだ。



「さてと、どうすっかな?ここの門は開いてないし、取り敢えず周囲の現場調査げんちょうが鉄則だな」


 俺は異世界に来ても根っからの警備員だったようだ。まぁ、成りたくてこの仕事を選んだワケじゃない。だが俺が大学を卒業した時は根っからの氷河期ってヤツで、どこにも就職先なんてなかった。

 新規採用なんてごく限られたエリートだけが手に出来る時代。名も無き三流……いや五流大学卒なんて、エントリーシートを書くだけ無駄だったし、履歴書なんて見てもらえるコトも無かった。

 要するに紙と証明写真が無駄に終わる。当時は個人情報保護法なんて無いから、そのまま捨てられてたかも知れない。バイヤーに売ってを稼いでる、ブラックな会社があったとかそんな噂もあったくらいだ。


 「面接?勝手に来たら?採用なんてしないから、時間の無駄だけど?もっと時間を有意義に使えよバーカ」みたいなコトを、とある企業の自称面接官がSNSで呟いていたのを覚えている。

 それくらい酷い時代だった。


 でも今まで食いつないで来れたのは、派遣やったりとか……って、そんな俺の苦労話しはどうでもいい。今が大事だ。



「うん……城門の基礎の施工がなってないな。捨てコン打って墨出しもしてない可能性がある。横から見ると城壁がデコボコになってるし、これじゃ地震が来たら崩れる……ってその前にこれ、切り出した石を使った石積み城壁か!でも、モルタルは使われて……」


 俺は建築屋じゃない。ただのしがない警備員だ。だが、長い事警備の現場に出てりゃ分かるコトもあるってだけだ。まぁ、動物園の動物共はカネの事しか考えてないから、長い事やっててもパッパラパーなのが多いワケだが……。

 「歴が長い=有能使えるヤツ」ってのが全然当て嵌まらない業種ってコトさ。



「要するに本格的にここは異世界ってコトか……。俺の常識が通用しない世界ってヤツだよな?——ん?……それじゃ何か?モンスターとか出て来るのか?いやいや、俺は武器なんか持ってないし、そんなのが出て来たら即終了オダブツじゃねぇかッ!」


 俺が持ってる武器になりそうなのは誘導灯ニンジン一本。防具になりそうなのは、ヘルメット一つ。交通腕章とかモールとかあっても役にも立ちそうにない。まぁ、警笛は音でびっくりさせるくらいには使えるかも知れないが……。

 あとは丈夫なベルトくらいしか……。



「せめて、会社が警戒棒くらい持たせてくれてりゃ、こんな時に役立ったのにな……まぁ、あり得ない話しだが」


 昨今の大警備員時代に警戒棒なんて着装させてくれる会社は限られてる。それこそ現金輸送を担う大手様や、特殊な現場の警備員のみだ。

 ただの二号警備交通誘導にそんな物騒な棒は持たせてもらえない。



「キミ!そこで何をしている?見た事のない身なり風体だが、どこの国の者だ?」


「ッ!?」


 俺は正直、驚きを隠し切れなかった。何故なら目の前に現れ、俺に声を掛けて来たのは、どう見ても人間じゃなかったからだ。



「も……モンスター!?早速お出ましかよッ」


「モンスター?何を言っているんだ?モンスターは迷宮ダンジョンにしかいないぞ?それに私はモンスターではない。私はこの国の騎士、ブルーオーク族のサフィアスだ」


 確かにモンスターだったら俺の言葉を理解出来ないだろうし、俺も何を言ってるか理解出来ないだろう。言語理解ってのはそれくらい重要だ。理解力があるか無いかは別として……。

 はぁ、なんか動物しか周りにいなかったから俺、毒吐きクセでも出来たかな?



「キミは見たところ、人間族のようだが……。本当にどこから来た?この辺りに人間族が住む街や国は無かったと思うのだが……」


 俺は困っていた。もし仮に「異世界から来た」とか言ったら、この騎士はどんな反応をするだろう?だから敢えてリスクは取らずに「人間族がいる」と言うのであれば、それに乗っかるのが順当と言える妥当な線だと思ったワケだ。



「俺はどうやってここに来たのかも、何も覚えてないんだ。気付いたらこの先の道に倒れていて、この街が見えたから来てみたんだが、中には入れそうにない。途方に暮れていたら、サフィアスさんが現れたってワケだ」


「ふむ……。まぁ、いいだろう。怪しげな格好には違いないが、記憶喪失と言う事ならば仕方あるまい。ついて参れ」


 俺は嘘は言ってない。勝手にサフィアスが勘違いしただけだ。だがこんな状況から助けられたのは事実だし、救われた思いなのも事実だ。しかし……警戒はしておいた方がいいだろう……とは思う。



「昨今、盗賊や山賊が周辺の街を荒らしているようなので、警戒を強めていたのだ。その為に城門も閉めてある。ところでキミは、自分の名前は覚えているか?それくらいの記憶は残っているか?」


「名前?俺の名前は鳥居だ」


「トリーダ?変わった名前だな?いや、他意は無い。気を悪くしないでくれよ?」


「トリーダじゃなくて、「トリイ」な」


「ほう?トリィか?ところで記憶喪失で行く宛が無いなら、暫くこの国に滞在するか?人間族がいないから風習が合うかは分からないが……滞在するなら、身分証明を作るがどうする?」


 身分証明……それは確かに必要だろう。日本に帰る方法が分からないコトを考えれば、暫くの間はこの異世界で生きて行くしか無い。身分を証明してくれるモノは確実に必要になる。

 警備業で必要な書類にも身分証明書ってのがあるし……って意味が違うか……。



「サフィアスさん、そう言えば俺……金も持ってないんだけど……」


「私のコトはサフィアスで構わないぞ?それに金か……確かに金銭を持っていなければ食事もままならないな。よし、それならば私の屋敷に来るといい。トリィを客人として迎えよう。必要ならば仕事も斡旋してあげよう」


 こうして俺はサフィアスと共にこの佳肴かこうの国・ユーノートリッジに迎え入れられたのだった。

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