モノ言うKB-in 〜異世界でおっさんがモンスターと警備業始めたら大変なコトになった〜

酸化酸素 @skryth

第1話 警備員はツラいよ

 この世は大警備員時代である。警備業界はその人口を60万人規模に拡大し、ますます成長している産業と言える。



「ぷはぁッ!仕事終わりのビールがうめぇッ!」


「先輩、ビール好きっすよねぇ。ビールって苦くないっすか?」


 東京のとある酒場の一角。仕事帰りのサラリーマンが立ち飲み屋で酒に飲まれている頃、俺は一人、誘導灯ニンジンを振っていた。


 俺の名前は、鳥居。下の名前を聞かないでくれ。人間誰しも話したくないコトの一つや二つはあるだろ?

 それに「鳥居さん」って呼ばれるのも好きじゃない。どっかの元酒屋ドリンクメーカーみたいって揶揄からかわれたコトがあるからだ。まぁ、字が違うが、大体揶揄って来るヤツはカタカナでしか覚えてないだろうから仕方が無い。



「すいません、この先工事で車両通行止めなんです。あちらから迂回出来るんで……」


「なんでこんな時間に工事してんだよッ!」


「すいません……」


 「こんな時間じゃなきゃ工事出来ないから工事してんだよッ!!それに前もってカンバン出てただろ?お前目がついてんのかよッ!」なんて言えるハズも無い。だからこそ、頭が悪そうなニーチャンが怒鳴っていても平謝りする。

 まぁ、頭が悪そうだから、カンバン見ても理解出来ないんだろうけど……。



 所詮夜勤やってる警備員なんて、大体は面倒な工事で集められてるから人数合わせだ。眠そうなヤツに、何考えてるか分からないヤツ。人の話しを聞かないヤツに、突然発狂するヤツもいる。

 警備会社なんて、警備員って言う皮を被った動物を、大量に安く雇い入れた動物園みたいなモンってコトだ。

 それこそチンパンジーやゴリラの方が賢いと思える程に……。



「ピー……ガガガ……どうぞ」


「おいおい、無線もロクに使えないのかよ。ちゃんと研修の時に教わってな……いな。そーいや研修の時にはビデオ見させられただけだったわ」


 左肩に付けた無線機から突然鳴り響くノイズ。さり気なくスマホを取り出して確認した時間は深夜一時。終電がそろそろ来る時間なのに、近くの飲み屋からは大声で笑う声。

 明日は平日なのに、終電逃してまで飲む酒に意味があるのか分からない。



カンカンカンカンッ


 踏み切りの音が大音量で響く。恐らく終電だろう。俺の後ろには飲み屋街。目の前には踏み切り。左右は一方通行いっつうの車道。

 さっき怒鳴り散らしてたニーチャンは飲み屋街を突っ切れず左折して行った。まだ遠くにヘッドライトの光が見える。



「今日は早く終わるといいな。まぁ、始発まで待たなきゃなんねぇから、早く終わる意味は無いけど……」


 ただの自虐。早く終わればさっきみたいな盲目ニーチャンから怒号を受けずに済むから、いくらかマシってだけ。



パアァァァァァンッ

 ガタンガタンッガタンガタンッ


 夜を赤く照らす点滅と、電車のヘッドライトに車内の灯り。走り去って行くまで、周囲は昼のように明るい。これで俺の足は始発まで失くなった。工事開始から既に四時間が経過している。

 二、三時間程度で工事が終われば終電でワンチャン帰れるなんて思ってたから、その分「がっかり感」が強いがそれはそれ。

 当たり現場なんて早々無い。


 そんな自虐にまみれた俺は、終電が走り去った後に何か変なモノが視界に映っていた。



「白い服着た女?踏み切りの反対に?おいおい勘弁してくれ、どんなホラーだよ……」


 俺は確かにホラーなモノを見た。見てしまったんだ。だからこそ見た以上、逃げ出したくなったが、現場を離れる訳にはいかない。



「おいおい、なんで勝手に足……が?」


 白い女が手招きしていた。それに釣られるように俺の足は動き出して行く。



カンカンカンカンッ


 さっきのが終電だったハズの踏み切りに再び鳴り響くノイズ。だが、俺の足は止まらない。



————


「ねぇ、知ってる?踏み切りって儀式をすると異世界に通じる道が開くんだって!」


「何それ?どんな儀式?でも、そんなんで本当に異世界に行けるワケないじゃん!」


「踏み切りの前で左右を見て、二回お辞儀すると異世界に繋がって……」


————



 俺は踏み切りに向かって進んで行くが、助けを呼ぼうにも声が出せない。その前に周囲に人はいない。このままじゃ、確実に電車に轢かれて死ぬのは間違い無い。終電後に電車が走ってくれば……の話しだが。



パアァァァァァンッ




「あ……れ?俺……どうなったんだ?確かに、電車のクラクションは聞こえたけど……。ってか、ここは……どこだ?」


 気が付くと俺はさっきの現場とは違う場所にいた。まったく意味が分からない。



「そうだ、無線。無線を使えばッ」

ピッ

「誰かッ!誰か聞こえるか?」


「…………」


「くそッ!意味分かんねぇって!なんなんだよ、ココはッ!ココは一体ドコなんだーーーーッ!」


 こうして俺はたった一人で知らない場所に来たコトになる。

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