第二十八話 災禍一擲

 翼を一羽ばたきさせるだけで、周囲の建物は全て吹き飛ばされる。

 地面を踏み鳴らすと、その衝撃波だけで周囲の生命体の命を狩り取れてしまう。

 「おいおい、なんだあのバケモノ!」

 少し遠くでそんな声が聞こえた。

 イグナイスは自身から別れたフリーカーのことなど一切関係なしに全てを薙ぎ払う。風圧で吹き飛ばされる体、魔力が切れて体を支えることすらままならなかった。

 「うおっ――!」

 「…………」

 吹き飛ばされた先で誰かにぶつかった。

 「おい、大丈夫か。アンタ」

 「ええ、少し体が重いですけど」

 「ん? 魔力切れによる倦怠感か? 嬢ちゃん、さっきから大出力の魔弾撃ってた奴だろ?」

 髭の生えた風格のある中年男性が体を支えてくれていた。

 「っしょ……おっと」

 体を起こしたところでフラッと足から力が抜けて、倒れそうになる。

 「おい、大丈夫かよ」

 「助かりました」

 再び体を起こしてイグナイスの元へ向かおうとした。

 「おい待った嬢ちゃん。アーネ、魔液、残りを寄こせ」

 「なんでよ。無駄に消費したくないんだけど?」

 金髪の女性がそういい、渋るようにポーチから瓶を取り出し中年男性に投げ渡した。

 「嬢ちゃん、持ってきな。どうせ俺らじゃ、あのバケモノの相手にならない。少しでもアンタに回復してもらう方が有用だろ?」

 「その心遣いには感謝するけど、いいわ。今の私には必要ない」

 「「?」」

 私の言葉に二人は不思議そうな表情を浮かべていた。

 「お、お二人とも、どこにいますか……」

 ふと、瓦礫の中から這い出た一人の青年が現れた。二人はその青年を見つけ少し安堵するような様子だった。そんな中、私はそのままイグナイスの元へ向かい始めた。

 「彼女はさっきの魔弾使いマジック・ガンナーですか? 確か、白魔という――」

 「「――――」」

 青年が言葉を止める。そして、二人はその場の異変に気づく、先程まで熱気に包まれていた筈の空気がひんやりと冷たいものに変化したのだ。

 光りの粒子のようなものが私に集まっていく。すると、次第に倦怠感や体の不調が消えた。

 刃のような鋭い心がそっと、火焔竜を覗いていた――



 「化け物が……」

 活動を始めたイグナイスを忌々しそうに見つめるヴァーリはそう言葉を吐き捨てる。

 「同意しますよ、ヴァーリ。想定はしていましたが、ほとほと呆れる化け物っぷりです」

 頬に汗を垂らしながら、焔を撒き散らし全てを踏み均す竜に視線を向ける。あまりにも理不尽な力、生命活動するだけで周囲の生命を散らす最悪の生命体。

 具現化した最悪そのもの、人類が何をしても全てが無意味――圧倒的な理不尽。

 「ヴァーリ、私はこの場を少し離脱します、あなたはどうしますか。偵察でこれ以上の被害を出すのは困るのでね」

 「そうか。俺はしばらく様子見を続ける、少しでも竜の解析を済ましておくためにな。負け戦だ、次の糧にしなければ死んでいった者が無駄死になるだろう」

 ヴァーリは自身が戦線に参加するつもりはないが、偵察だけは続けると語った。

 「敗北が前提ですか」

 「当たり前だ。あの程度の戦力でどうとなる相手ではないことぐらい、多少の知識があれば明白だろう。上の人間がどういうつもりか知らないが、この程度の戦力で勝てると思っているのか」

 「さあ。我々も上からの通達でアレの討伐を任されただけですから」

 二人とも意見は同じようで、勝ち目のないこの戦いに奇跡が起こるとは微塵も思っていなかった。

 「上も上だが、それより問題なのはこの星十字団だ。組織自体が不完全な欠陥品、元の規模より縮小されている。おまけにあのよく分からないミサリという女が頭を務めているという事実」

 「それはそうですね。協会にも教会にも所属していた経歴のある人間というのは、流石にきな臭いものを感じ得ないですね」

 両方が星十字団の代表役であるミサリに疑惑の念を見せる。

 彼女の経歴に確かに不明瞭なところが多く、なぜ様々な組織から出所を受けて作られた組織である星十字団の代表役に任命されたのか、疑問を抱くのも当然である。

 「確かにそれはそうですね」

 「「!?」」

 突如としてヴァーリの右隣の瓦礫がバゴン、と崩れ、地面からミサリが這い出て、そう二人に声を掛けた。

 二人は突然の出来事に思わず驚愕の表情を浮かべていた。

 「お二人の意見もご最もです。私の経歴では確かに無我を主張できる立場ではないですね」

 「そんなことより、なぜ貴様はそんなところから現れた」

 訝しむような視線を向けつつ、瓦礫から這い出て土を払っている彼女にそう言った。

 「それはですね、イグナイスが活動を再開させた時に丁度、私の足元が陥没して瓦礫に呑まれてしまったんですよ」

 「同行者はいらっしゃらなかったのですか?」

 「いえ、同行人は五名ほど居たのですが、瓦礫に呑まれる私を無視して戦闘を続行したみたいで、私は瓦礫の下で放置されてしまったんですよ。酷いですよね」

 ね? という感じに同意を求める彼女の様子に、少し呆れ気味にため息を吐くヴァーリとローシュム。

 「崩れる瓦礫に下敷きにされて尚、一切の怪我なく無傷な人間を心配する奴はいないだろう。身体強度が高いという次元の話ではない、というのは些か道理から外れ過ぎているように思えるぞ?」

 「その意見、私も同意します。ミサリ司令官、あなた本当に人間なんですか?」

 全く信用していないとばかりにミサリに疑惑の目を向ける二人。

 「もちろん人間ですよ。それにしても信用がないというのはやはり辛いものがありますね。いえ、私以上に信用がなくて、そう言った疑惑を向けられている方を知っていますが……そうですね、今、そのお気持ちがとてもよく理解できた気がします。嬉しいような悲しいような、とても複雑な気分です」

 フフフ、と笑いをこぼしながらそう言った彼女の様子に二人は何ともいえない表情をした。

 「さて、無駄話はここまでにしておいた方がよさそうですね。もうそろそろ、あちらの方が本気を出して来そうですし」

 彼女の言葉を聞いた二人に嫌な予感が走る。

 イグナイスは現在、活動を始めたばかり、用は目覚めた直後のようなもの。であれば、必然的に本格稼働を始めるのはその後だろう。

 そうきっと、今からが――本稼働だ。

 「音が――停止した……?」

 ヴァーリは周囲の違和感に気づき、そう呟いた。

 イグナイスの動きによる地響き、空気を裂くような響きも一切止まる。イグナイスの方に目を向けると、奴は体を動かすのを止め、ある方向を向いていた。

 その方角は、星十字団の仮拠点のある場所だった。

 「ミサリ司令官! 拠点に連絡をッ――!」

 異変に気づいたローシュムは叫ぶように言った。

 「わかっています!」

 ミサリは即座にポケットから黒色のトランシーバーを取り出し、星十字団の仮拠点に繋いだ。

 「橘さん! イグナイスがいま、そちらに向かって何かをしようとしています! 今すぐに撤退してください!」

 『な、本当ですかッ!』

 「はい。おそらくですが、その一帯が更地になります!」

 『っ――わかりました。総員撤退、物資は置いて、この場をとにかく離れ――』

 そんな声が聞こえた後、通信がプツリと切れる。これは、わざと彼女が切ったわけではない、により強制的に切断されたのだ。

 「な、なんというデタラメさ――バケモノめ……」

 狼狽えるようにそう言ったヴァーリの言葉を聞き、ミサリとローシュムがイグナイスの方へ顔を向ける。すると二人は驚愕の表情を浮かべた。

 イグナイスは大きく口を開き、何かを行っていた。魔視が使えるミサリとローシュムは、すぐさまにその異様な光景の理由を理解した。

 現在、イグナイスは体内のエネルギーを圧縮して一点に蓄積してる。それは魔術師が使うような魔弾魔術に類似しているが、その質量は一介の魔術師とは比べものにならない。

 トランシーバーが突如として電波障害を起こしたのも、エネルギー圧縮しているイグナイスから電磁波のようなものが放たれたからだろう。

 蓄積されるエネルギーと同時、イグナイス体に見える青白い光を放つ隙間がより強く発光を始める。全身に稲妻を走らせ、口元にはクレアが作り出したような光弾が展開されるが、それは青白く光り、クレアのモノとは比較にならないほどのエネルギー発している。

 術式の類を一切発動せず、純粋に自身のエネルギーを圧縮して放出する。

 次の瞬間――突如としてイグナイスの躰から莫大なエネルギーが発生する。それもどんどんと増加を始め、即座に光弾にエネルギーが蓄積される。

 膨れ上がる光弾、夜なのに周囲が昼間のような明るさになる。

 「ローシュム! 俺の後ろに回れッ!」

 「ッ――!」

 ヴァーリの言葉を聞き、ローシュムは彼の後ろに隠れる。

 すると、ヴァーリは即座に自身の持てる最大威力の防御術式を展開し、これから起こるであろう衝撃のに耐えるために全力を尽くした。

 次の瞬間、イグナイスにより正真正銘、竜の息吹ドラゴンブレスが放たれることになった。


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 一瞬、音が消えた。

 全てを粉砕する最悪の一撃、射線上の全てを消し去り、イグナイスの放った竜の息吹ドラゴンブレスは着地点を跡形も無く全て、更地に変えた。

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