第二十一話 理由は単純

 全身が痛い、右腕から血が噴き出ている。だらだらと零れる血が冷たい、いや、体自体が冷たいのだろうか?

 どちらにせよ、血の出し過ぎで凍えるような寒さだ。クレアとの会話から意識がまともに働かない、完全に体の限界が来ている。

 今日、は…無茶、し過ぎた、か……

 まだ少し稼働する意識の中、今日の出来事を思い出す。そして、体がぐらりと崩れる。

 「叢真っ――!」

 眼前で佇み、まだ少し放心状態気味のクレアは、急に倒れた俺の体を抱きしめるようにして抱えた。俺は力なく、彼女にもたれかかった。

 「いくらなんでも無茶し過ぎだ。まったくこのままだと出血死することになる」

 「ああ、そうみたいだ」

 「ああって、もう……どっちが助けられたのかわからないよ、まったく」

 呆れたような表情でそういう彼女に微笑する。

 得られた満足感は死に逝く体への悲壮感を殺した。どのみち、あそこで何もできなければ、〝心〟にしろ〝命〟にしろ死んでいたんだ、この結果への不満は大してない。

 そう思い安心したように目を瞑った。

 「叢真、眠るのは禁止。頑張って意識を保ちなさい」

 「ぜ、善処する」

 半分くらい意識を落としたところで無理やり起こされ、現状を思い出し少し動揺したように声を出した。

 ふと、背中から包み込むような暖かさを感じた。少し視線を背後に向けてみると、白い光のようなものが見えた。おそらく、クレアが魔術とやらで傷を治してくれているのだろう。

 うっ、眠くなる……

 絶妙な温かさのせいかより眠気が襲って来る。意識が飛ばないように何とか堪えるが、かなりキツイ、眠気と疲労感が脳に睡眠を求めている。

 それに、彼女から伝わる人肌の温かさが何より眠気を誘った。

 人の熱がここまで心地よいとは思わなかった。なんだか安心するような、ほっとするような気持ちだ。やっぱり、とても眠たい。

 い、意識が……

 眠気に負けそうになり、意識が暗い闇の底へ沈む。その瞬間――

 「体、動きそう?」

 「ん。あ、ああ……」

 一瞬、完全に眠ってしまっていたが、彼女の声で何とか目を覚まし、支えてくれていた彼女から離れる。そして、自身の体がある程度動けるくらいには回復していることに気付いた。

 「すごいな、魔術って治癒までできるのか」

 「まあ、私ができるのは重傷を軽傷に、軽傷を無傷にするくらいだけど」

 「それでも十分すごい。俺にはそんなことできないからな」

 素直に彼女を褒めるようにそういうと、少し恥ずかしそうに頬を赤らめて顔を伏せた。

 「それで、叢真――君は何をしに来たの?」

 伏せた顔を上げて、不可思議そうな表情でそう言った。

 彼女は俺の身を案じて、一足先に竜の元へ向かった。自身が居なければ、俺がこの危険な場所へ留まる理由がないと思って。

 「まあ、そうだな……さっきも言ったけど、別に俺は助けに来たつもりはない。第一、俺なんかの助け、さっきみたいなことがなければ、必要ないだろ?」

 少し暗い表情をするクレア。無言で何も言わないあたり、同意ということなのだろう。

 つまり、俺の力は必要ない、そういう意味なんだろう。ただ彼女は、その心の優しさでその事実を口にしないだけ、ただそれだけだ。

 「素直に言えば、俺がここに来たのに大した理由なんてない。いや、そもそも、理由すら軽薄で何もない、無目的でこの場にいる」

 「じゃあ、どうしてここに……」

 理解できない、という表情でそう問いかける彼女に、事前に自己完結を済ませた回答を述べた。


 「俺がここにいるのは、クレア、君に――ここにいていい理由を貰うためだ」


 「え――」

 クレアはその言葉を聞いて、呆気み取られたような表情をした。

 予想外の言葉だったのだろう。

 「そ、そんな理由でこんな場所まで来たの?」

 「ああ、自分でも馬鹿なことは自覚してる。でも、どうしても、君の傍に居たいと思ってしまった。それがきっと、今の俺が大切なことだから」

 「…………」

 自身でも理解できない感覚が、俺を駆り立てた。

 この先に、この先に行かなくてはいけない。彼女を、彼女を見守らなくてはいけない。

 理解できないモノが、急かすようにそう言っている気がした。おかしい自覚はあったが、それでもそれが悪いことだとは自然と思わなかった。

 だから、この選択に悔いはない。

 俺は彼女の傍で、例え力になれなかったとしても、それでも一緒に居たいと思ったこの気持ちに、間違いはきっとないんだと思う。

 「君は、例え死んでしまっても、ここにいた事を後悔しないと?」

 「ああ」

 「その選択が間違いだったとしても?」

 「ああ」

 「…………」

 真剣な眼差しでそう答えると、彼女は押し黙る。そして――

 「そう、ですか……なら――私の傍にいてください、叢真」

 彼女は笑みを浮かべてそう言った。

 「君には私は何も求めません。私は君に役に立ってほしいとも、力になってほしいとも思いません。君はただ――私を見ていて下さい」

 「……ああ、わかった」

 不思議な気分だった。

 なぜ、自身がこんなにも彼女に執着しているのか分からないが、それでもこうして良かったと思っている。ルジュが言っていた惚れているのか? という問いが強ち間違いではないのではないかと思い始めている。

 そうだとしてら俺はとんだうつけ者だ。たかが数時間一緒にいただけ、命を救われただけの相手に、恋をして命まで懸けるなんて、バカなことにもほどがある。

 でも――仮にそうだとしても、この〝心〟に抱いていたモノに嘘はない。なら、それでもいい気がした。

 そうきっと、間違いではないのだから――

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