第二十話 乾坤一擲

 焔を駆ける少年は自身の目的である人物を見つけ、その足を止めずにさらに加速した。

 「レッグⅢ決定サードオン固定完了ロード

 詠唱と同時、脚力が飛躍的に向上する。常人の領域を越え、肉体が稼働を開始した。

 カウンタは一段階上げる度に、驚異的な能力向上が発生する。一段階上げるだけで、その力は世界記録保持者と同等、あるいはそれ以上の身体能力を得る。

 二段階に上げることで、強化魔術を使用した魔術師、あるいは魔獣などの超常生命体と同等の身体能力を発揮する。

 そして、三段階上げれば――その力は上位の生命体に迫る常軌を逸した力を持つことになる。

 踏み込んだ地面が大きく砕ける。同時、叢真の身体は高速で前に全身する。その動きは、魔術も護術も使えない、ただの人間のモノではなかった。

 だがしかし――その代償に、両脚の筋繊維が悲鳴を上げ、千切れ始める。

 カウンタとはあくまで〝前借り〟、あるいは〝契約〟である。代価を支払い、それに見合った対価を得る。彼の力は、代価と対価を指定できる能力であり、無条件に力を引き出せるモノではない。

 よって、その代償は確実に逆刃大叢真を追い込んでいる。

 現在、カウントⅢサード使用回数、実に四回。その回数はいつ肉体が壊れてもおかしくない数値、他にもカウントⅠファーストカウントⅡセカンド共に、全体+部分使用の回数は安定回数セーフティーラインを越えている、これ以上のカウンタの使用は肉体に重大な欠陥を残すことになる。

 だが――

 知るかッ――! 壊れるなら、壊れろ。今はただ――――走れる足があればいいッッッ!!!

 叢真は踏み込む足に再び力を込める。

 これは、〝後悔〟を乗り越える決断である。逆刃大叢真という人間の意義、その全てを架けた一歩だ。

 その選択が英断であるか、愚断となるか。愚者はただ、在り方理由のために渾身をこの一擲に込める。

 ――否。彼が逆刃大叢真であるなら、この選択は必然だ。二択ですらない、答えは常に人の前に在ること。自を救うため、他を救う。それが愚者であろうとした、彼なのだから。

 ッ――!

 踏み込む右足に痛みが走る。

 止まった、止まった、止まった――加速と同時、右足はその機能を一時停止させる。機能の保護のため、肉体が意思を越えて機能を静止させた。

 だが、その一歩は無駄ではない。標的は、彼の目の前にいる。

 「右腕ハンドⅢ決定サード――」

 短く言葉を呟く。標的は目の前、自身のクレア少女の上に乗っかた狼型フリーカー怪物の頭部。


 一撃で――討ち貫く。


 静かに狙いを定める。秒数はコンマ〇一、人間にしろ、怪物にしろ、反撃はおろか防御すらできないその一瞬を狙った。少年は、この怪物を一撃で〝殺す〟ために全身全霊を懸けた。

 感覚はいらない。余分はいらない。躊躇はいらない。

 この一瞬、仮にミスをして眼前の獣が生きていたとして、少年は――その場合のこと考えない。

 それはこの場でもっとも考える意味のないこと、やらねば死ぬ、やらねばシヌ。〝命〟にしろ、〝心〟にしろ、ミスればどちらも終わりである。であるなら、考えることに意味はない。

 痛みは忘れろ、恐怖を捨てろ。

 縮こまれば死ぬ、恐れれば死ぬ。単純な道理である。故にその全ては後回し、今はただこの瞬間に集中すればいい。


 しくったら、死ね――だから、ミスるなッ!


 心は固めた。覚悟は決めた。少年はただ、その拳を振るうためだけに今を生きている。

 「当たれ――――――」

 左脚を踏み込むと同時、剛力を宿した拳を狼型フリーカー怪物の頭部目掛けて全力で叩きつけた。


 ドッパッンッッッッッッ―――――!!!


 何かが弾ける音と共に、叢真の右腕は衝撃に巻き込まれ、激しく出血する。

 衝撃が肩まで駆け抜け、肉体をカウントⅡセカンドにしていなければ、反動だけで中身と側がグチャグチャになっていてもおかしくなかった。

 そして、次の瞬間――クレアを襲っていた狼型フリーカーの躰は、力なく崩れ去った。

 その頭部は見事に跡形もなく消し飛ばされており、それが常人の拳がぶつかっただけとはとても思えない異様なものとなっていた。

 「ハアハア、ハアハア――全限数解除オール・リミテッド・オフ

 荒い息をしながら、そう言った。

 すると、彼の身体は力を失ったように崩れたが、何とか体を支え倒れることを防いだ。そして、崩れた狼型フリーカーの死体の隣でへたり込んでいる少女の顔を向けた。

 「――別に、助けに来たつもりはなかったけど」

 血を滴らせた右腕をそっと彼女へ伸ばし、言葉を続けた。

 「大丈夫だったか?」

 笑みを浮かべる少年の様子を見て、少女は唖然として表情で俯いた後、その手を取って言った。

 「――助かった。ありがとう、叢真」

 「どういたしまして」

 少女の言葉に、少年は満足そうな表情を浮かべてそう言った。

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