第十八話 意地の悪い感情
炎が強く燃え盛る街を、一人の少女が駆け抜ける。その原因である、一体の竜を目指して。
道中、フリーカーの襲撃を受けつつも、その全てを容赦なく返り討ちにしていく。そんな中、彼女、クレアは一人の少年のことを強く思い出していた。
〝別に私は、彼を役に立たせるつもりで連れてきたわけじゃない〟
その言葉はクレアが少年、逆刃大叢真へ言った言葉である。彼女は今、その言葉に不可思議な疑問を抱いてしまっていた。
彼女にとってその言葉は嘘偽りない、事実である。
彼は確かに特異な能力を持っていた、でも、クレアはその能力を目当てに彼がついてくるのを認めたわけじゃない。最初から、役に立つ立たないの話ではない。
それでも――
彼女は叢真の表情を思い出す。自身の言った言葉を聞いて、酷く悲しそうな表情をしていた少年の姿、あまり良いものではなかった。
もっと他に言い方があったのではないか、それもあれが最善だったのか……分からない。
これはきっと、論点の違いだろう。彼の〝命〟を助けたいのであれば、彼女の選択は何も間違ってない。でも、彼の〝心〟を救いたかったのであれば、その選択は大きな間違いだ。
彼はクレアに、理由を求めていた。でも、クレアは彼の望みを切り捨てる回答を出してしまった。
〝命〟は救えたかもしれないが、〝心〟に救いはなかった。
きっと、悔いが残っただろう。きっと、落胆したのだろう。彼はあまりにも無力だった、その自覚があるからこそ、より一層、絶望の度合いは凄まじい。
そして、そのことを理解しているクレアもまた、心に想い重荷を背負うことになる。
両者共に、理由のために生きている者だからこそ、両者の心は絶望で満たされ、その絶望は心を闇へ引きずり込むように、鈍重にする。
私は、彼をどう思っているのだろうか……?
ふと、そんな疑問が降りてきた。
こうも彼に様々な感情を巡らせている現状にクレアは疑問を抱いた。誰に対しても関心が薄く、考えることは自身が望む明日の事ばかり。人のことなど気にしない、人のことなど興味ない、人のことなどどうでもいい。
ずっと……ずっと、そう思っていた筈なのに――今は彼のことを強く考えている。
昔、誰かが言っていた――
『〝生きる〟のは自分のためだ……自分がしたいと思うことにその人生を懸ける。難しいけど、生きている者は誰しも与えられた当然の権利だ。お前、少し無理をし過ぎだ、もう少し肩の力抜いて生きろ』
その言葉は、クレアの根幹を成すモノ。
壊れた機械のような自分、ただ役目を果たすだけの
明日を求めていい理由をくれた言葉、それ故、クレアは明日のためにただ走り続けた。
私は……
自身でも理解できない心の不安定さに戸惑い、思わず意識を逸らしてしまった。その時――
「ヴァァァアアアア―――!!!」
「っ――」
凶悪な咆哮が聞こえ、その瞬間、意識は即座に戦闘に戻った。だが、一瞬逸らした意識は、それに攻撃の隙を与えてしまった。
次の瞬間、目の前に現れたフリーカーはその大きな爪でクレアの背中を大きく切り裂いた。
「きゃっ――」
小さな悲鳴、同時に地面に倒れる。
地面を這いずって、何とかその場を脱そうとするも、狼の形をしたフリーカーは逃げようとするクレアの両腕を前脚で踏みつけ、彼女に覆い被さるように捕まえた。
狼型フリーカーの荒い息、今すぐにでも彼女の首を噛み切らんばかりに大きく顎を開いている。
くッ――!
両脚をバタバタと暴れさせ、狼型フリーカーを何とか退かそうとするも、微動だにもないフリーカー。刻一刻と自身が迫る中、何か打開策はないかと頭を働かせる。しかし――
なにも……思いつかない……
現状、どうみても助かりようのない。狼型フリーカーを倒すこと自体は可能だが、それはこんな状況ではない場合、今はどうやっても倒すことは不可能。
身体強化を使ってこの場を脱する方法も考えたが、残存魔力量がほとんどない今、その全てを身体強化に回しても簡単にねじ伏せられる。
他の魔術を使用しようにも、術式を展開するような余裕はない。つまり――
ここが私の、終着点なのかな……
待っているのは確定した〝死〟である。
何らかの外的要因が加わらない限り、この状況を打破することはできない。完全に詰みの状況である。
折角……明日の夢を見られたのに……何もかも、終わってしまう……
自身に向けられた鋭い牙を見て、自身の先を悟ってしまった。次はない、明日はない、この先に在るのは、何もないただの虚無だけなんだと……彼女は思ってしまった。
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