第十六話 心の赴くままに

 竜の元へ向かったというクレアを追いかけるため、星十字団の仮拠点を抜けて炎の中心へ向かおうとした。

 なぜ、こんなにも必死になっている自分がいるか分からない。でも、それでも行かなきゃ駄目だ、そう思った。だから、走ることは止めなかった。しかし――

 「ストップよ、平民」

 「……ルジュ」

 地面を擦って停止する。目の前には腕を組んだルジュが通ることを阻むように立っていた。

 「退いてくれ。俺はその先に用がある」

 「行ってどうなるの?」

 「行って……」

 痛いところを突いてくる彼女に思わず言葉が止まる。

 「ミサリも言っていたけど、アンタにはこの先を進む意義も意味もない。おまけに死を抗う力もない、行ってどうにかる問題じゃないの」

 「…………」

 「それにアイツを誰だと思ってるの? 私のライバルにして、天才魔術師なのよ。この程度で死ぬようなたまじゃないわよ」

 彼女の言うことは寸分違わず正しい(ライバルかは知らないけど)。クレアは俺なんかの力がなくても前に行ける、俺がいても意味なんかない。所詮、彼女と俺は今日会ったばかりの関係だ。

 どうしてここまで熱くなる自分がいるのか分からない――

 俺は人並みに誰かを助けたいという思いはあると思う。自分が傷ついても相手が幸福になれるなら、それもいいと思う。誰かのために自身を懸けることに迷いはない。

 死にたくない自分と誰かを助けたい自分がごっちゃになる。

 自己犠牲、そう言えば聞こえはいいが、俺はただ誰かを救いたい我儘を通しているだけ、それだけだ。きっと、俺がクレア彼女に向けている感情はそう言ったモノなんだろう。


 ――根本から間違っている。


 ――正しいことなんてありはしない。


 ――こんなにも矛盾している。


 であるなら、こんな行為に意味はない。なぜなら、代表品の利くモノに固執する必要はないのだから――

 自身が残れば、代表品があるなら、俺は残る。なら、それ以外を捨て生き延びることは悪いことなのだろうか? 間違っているのだろうか?

 きっと生物としては正しい。何も間違っていない――でも、心が痛い。

 悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。悔いが残る。


 ――悔いが、残る。


 俺は全を捨てられない。俺は個を捨てられない。俺は――自身を捨てられない。

 全部捨てられない、何よりなのだから、捨てられる筈が無い。


 ――俺は、なんで彼女について行った?


 自己矛盾の果てに原点の疑問へ戻った。

 あの時、彼女に魅入られた時、何を思って何を感じてついて行った? きっと答えはそこにあったんだ。見えないだけ、あるいは気づけないだけ。

 彼女について行ったのは、存在意義の為か? 彼女について行ったのは、自己犠牲の為か?


 違う――違う。違う違う違う。違う違う違う違う違う!


 なんであの時、俺は従った……?

 頭を強く抑え、暴れる脳を抑える。自己矛盾に狂いそうになる中、ただ答えを探った。


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 「…………そうか。そういうことか」

 「?」

 不意にそう呟くと、ルジュは不思議そうな表情でこっちを見た。

 「何がそういうことなのよ」

 「…………」

 「無視するなっ!」

 ギャーギャーとうるさいルジュがいる中、俺は単純な答えに辿り着いた――いや、最初から答えなんて、存在していなかった。

 俺は確かにクレア彼女の光に魅入られた。その時、心の中で〝何か〟が動いたのを感じた。


 でも――それはきっかけに過ぎない。


 彼女についていくと決めたのは、その〝何か〟が要因だ。だから、それ以外もそれ以下もなにもなかった。それ故に俺は、

 そもそも、俺は何かをするためにここに来たわけじゃない。ここに来たのは、理由を探すためだった。

 論点がずれている。根本から思案するモノを間違えていた。問題なくして、答えがあるわけがない。俺は原点が無いのに答えだけ、結果だけを求めていた。

 見当違いも甚だしい。自身が役に立つ立たないは何の問題でもない。周囲に迷惑を掛けようが、俺はただ心の赴くままに動く、それだけなんだ。でも――俺はそれが理由で構わない。

 理由を探すためにこの先に行く。理由を求めるために彼女に会う。

 そしてきっとこれからは、既に抱いてしまった新たな望み――彼女の力になりたいという望みのために、俺は前に進めばいい。

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