第八話 正体不明の絶望
目の前で起きたことを上手く呑み込めない。あまりにも非現実的で、現実味のないこと、こんなこと理解しろという方がおかしい。
現在、俺の目の前には四足歩行の爬虫類のような生命体が、さっきまで心配そうにこっちを見ていた老夫婦だったモノを咀嚼している。二人に痛みはなかっただろう、それほどまでに一瞬に、何の理解も及ばぬ内に死んでいた。
これは……夢、か?
実感が薄い、目の前の光景を現実とは思えない。きっと、ベットへダイブしたあの後から目覚めていないんだ。俺は今もベットの上で眠っている、そうに違いない。でも――
どうして……どうしてこんなにも、気持ち悪いんだ……
頬についた老夫婦の血が妙に生暖かくて気色が悪い。夢では絶対に感じられないほど、リアルな温かさ、肌にこびり付く液体の感覚が、水とは違う。それが、余計に進行中の現実逃避の邪魔をする。
気分が悪い、眩暈がする、胃の中身が逆流して吐きそうだ――これは現実だ。
「あ、ぁあ、ああ―――うぁあああああああ!!!」
発狂した。
冷静で在れるわけがない。これが現実なら、人が目の前で死んだんだ、平静を保っていられる筈がない。
あの時……あの時と同じだ……死んだ、死んだ、死んだ…………
脳内にフラッシュバックする光景――五年前の星災で両親が瓦礫で下敷きになって死んだ時のことだ。
瓦礫が落ちる衝撃で吹き飛ばされた俺が、尻餅を着いたところで、真っ赤な血で両手を染めた時と全く同じ感覚。最悪な気分だ、幼くなければ泣き崩れて項垂れていた。
あの時は幼いが故に心が追い付いていなかったし、泣き崩れて動かなくなった命里を見て俺が何とかしなきゃ、という思いが強かったからどうにかなった。でも、兄さんと合流して状況が落ち着いたら、本当に父さんと母さんが死んだって実感が湧いて、思わず吐いて、何度も何度も泣いた。
それが普通だ。平常の人間なら、耐えられないほど摩耗した心で、何とか辛うじて稼働していた。
責任感、使命感がなければとても耐えられるような状況じゃない。理解力の乏しい子供でなければ、その場で動ける筈がなかった。だから、〝死の意味〟を、〝死の重さ〟を理解している今だからこそ、絶望するしかできない。
「お、おじい、ちゃん? ……おばあちゃん?」
理解ができないという風に美波ちゃんが声を発した。
彼女の表情は今、何が起こったのか何もわからず、ただ目の前で起きた事実を淡々と見ているだけ、そうゆう無気力なものだった。一方、命里の方は絶望の表情をまま絶句、固まったように一切動かない。
二人とも、あまりの出来事にそれぞれ行動を停止させていた。
これは、現実……いや、違う。これは夢だ――夢だ、夢だ、夢だ、夢だ、夢だ、夢だッ!
自分に言い聞かせるようにそう心の中でいうが、あまりにも虚しい。そして、あまりにも無理があった。もう既に俺は、これを現実だと思ってしまっているのだから。
過呼吸になる自身を必死に抑える。しかし、身体は全くゆうことを聞かない。ハリボテのようにその場で立ち尽くして行動を停止している。
「ヴァ、ヴァアアア!!!」
怪物が咀嚼を終え、こちらに向かった咆哮を放った。その姿は今すぐにでも襲ってきそうな体勢をしていた。
悪寒が走った。全身に鳥肌が立ち、頭の中では警報が鳴り続けている。
その瞬間――恐怖より、絶望より、先に
「
命里、美波ちゃんの方へ走ると同時、短く詠唱を唱える。その瞬間、全身に筋肉が再び隆起し、限界以上、常人以上の力を無理やり捻出し始める。
それと同時、こちらの変化に気づいたのか、怪物が動き始めてしまった。
怪物が襲って来る刹那の瞬間、俺は動かない命里の手を引き、放心状態の美波ちゃんを抱えて走り出した。そして、襲い来る怪物を躱して逃げ出した。
俺は怪物がこちらへ突進、あるいは攻撃を放つ瞬間に方向転換して辛うじて躱して見せる。
動かない命里の手を引き、放心状態の美波ちゃんを抱えているという状況、長くは持たない。第一、本能のまま体を動かしていた俺が、段々と平静に戻ってきているせいで、絶望から体の動きが悪くなり始めている。どちらにせよ、時間の問題だ。
クソッ! どうして……どうして、こうなった?
行き場のない怒りを溢れさせ、無理やり心に平静を取り戻さぬように、絶望を直視しないようにする。一方、襲い来る怪物は、その行動とは裏腹に、冷静に
怪物は淡々と、機械的に、得物を喰らうために――逃げる三人を見ていた。
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