第六話 時は非情に
「おじいちゃん! おばあちゃん!」
崩壊した建物に押しつぶされそうになる祖父と祖母を泣きそうな表情で叫んでいる。
「美波、儂らのことはいい。お前さんだけでも逃げてくれ……」
「いやだ!」
「美波……」
祖父と祖母は嫌々と駄々をこねる美波を見て、彼女の父と母のことを思い出していた。きっと、二人はこんな風に駄々をこねた彼女を無理やり逃がしたのだろう。
二人は美波が連れてきた女子高校生の方に目を向ける。彼女もまた、ほとんど見ず知らずでありながら、命を懸けて二人のことを救おうとしていた。そんな様子を見て、祖父と祖母はニッコリと笑みを浮かべる。
「お嬢さん、お願いがある」
「な、なんですか?」
一生懸命、崩壊した家の残骸を退かす動きと止めず、祖父のお願いを聞いた。
「美波を連れて、避難所へ向かってくれ」
「え、でも、それじゃあ!」
「いいんじゃ。老い先短い者のために、美波や君のような若者が命を懸けることはない。行ってくれ……」
「っ――」
命里はその言葉に納得できないという表情を作った。
「そうですよ。私らに構わず、逃げてください。どうか……孫だけは救ってやってください」
「――――」
ニッコリとした笑顔でそういう祖母、その表情を見て命里は思わず泣きそうになった。こんなにも孫を思っている人をここで、見殺しにしなくてはいけないのかと……
命里は首を横に振って、否定した。
そんなこと……そんなことあっていいわけない!
彼女にはそんな残酷な運命は認められなかった。誰かのための自身の命を捨てていいわけがない、誰かをこんなに思っている人間がこんなに残酷に死んでいい筈がない。
「お嬢ちゃん……」
二人の意思を無視して、残骸を再び退かし始めた。
刻一刻と時間が過ぎて行く。一分、一秒経過する度に濃くなっていく〝死の香り〟、彼女の危険信号を伝えるサイレンは鳴りっぱなし、もうすぐで手遅れになると言っている。
彼女は呪った。自身の無力さを、自分で決めたことすら守れない弱さを――
火が大きく燃え盛る、もう
彼女にとって祖父と祖母は、自身に残された最後の思い出であり、大切な家族である。それを失うということは、自身の全てを失うことと同意義である。だからこそ、その手を止められる筈がない。
命里と美波は涙目になりながら、残骸を退かし続けた。
もう……時間が――
いよいよ
どうしよう、どうしよう、どうしよう……
頭がパニック状態に陥る。思考が上手くできない、これは単にパニックに陥っているわけじゃない、一酸化炭素中毒の症状で思考が真面に機能しなくなってきたのだ。
「おじいちゃん……おばあちゃん……」
「美波。ほら、お行き」
優しい声でそういう祖父、命里はその言葉を聞いたと同時に、先の願いが脳内でフラッシュバックした。そして、無意識に体が動きを止める。
もう、これしか……
命里はそっと美波の方へ向く。いくら女性とはいえ、小学一年生の女の子を担いで連れて行くことくらいは可能だろう。彼女と違い、美波は
そっと美波の後ろに回り、彼女を抱きかかえる。
「命里お姉ちゃん! やめて! ねえ! やめてよ!!!」
目一杯の力で暴れる美波、しかし、歳の差、力の差で容易く持ち上げられた。そして、すっと後ろに振り向き、一歩を踏み出す。すると、彼女の目から大粒の涙が漏れた。
その光景を見て、美波は抵抗を止めてしまった。わかってしまったのだ、どれほどの思いの中で彼女がその選択をしたのかを。
命里は少しゆっくりな足取りで少しずつ離れていく。もうだめだ、でもまだ、などと無意味な妄想を脳内で広げる。
「どうして、どうしてこうなったの?」
涙声でそう言いながら、彼女は走ろうとした。その時――
「――命里! お爺さんとお婆さんは!?」
絶望の中で一筋の光が見えたのだった。
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