第75話
「おそらく、これですべてでしょうね」
家主の横に到着した魔女が、周囲を見渡して言った。
「わたしめが知る限り、作成したすべてです。彼らを釘付けにし続ければ当面は問題ないでしょう」
「本当か?」
「魔女は嘘がつけませんよ。勘違いによる錯覚はあるかもしれませんが、すくなくとも言葉だけは誠実ですとも」
家主は、もう攻撃の手を止め、結界作成の準備に入っていた。
その横には魔女が変わらずにいる。
「しかし、いい夜ですねえ」
「なんかオマエ――」
「どうしました?」
「前と比べて、私に対する態度が軟化してねえか?」
「そうでしょうか、そうかもしれません、そうなのでしょう」
「意味のねえ三段活用やめろ」
「おそらく気づいたからでしょうね」
「なにをだよ」
変わらない深々と被ったローブ姿。
仮にも英雄と讃えられてたなんてまったく信じられないような、本当に魔女としか呼べない形のまま、わずかに微笑んで。
「今のあなたは、まだマシである事実にです」
「はあ?」
「先程の会話と以前の記憶を統合し、思い至った事柄があります。これが至当か不分明ではありますが、ピンポーンと正解ならば、今のわたくしめがあなたを嫌う理由はあまりない。そして――」
「……なんだよ」
「やはり、魔女は魔女でしかない、それを理解いたしました」
「オマエは会話をする気がねえのか」
「人々からの敵役、敗北し失敗し願いが叶わぬことを望まれた役柄である、そのような意味ですよ。それでも――」
続けた言葉は、風にまぎれて聞こえなかった。
けど、歯を見せた口元は、これ以上ないくらいの自嘲と歪んだ歓喜があった。
◇ ◇ ◇
戦場はヘンな様子を見せていた。
戦う家とデルタは、もうメインじゃない。
迂回してこようとする敵を叩く作業だけをしていた。
あとは、銃弾の嵐が彼らの足止めをしていた。
――とはいえ……
だからこっちを突破されていい、って話じゃない。
あの魔女じゃないけど、自由にどっから攻めて来るかわからない敵が一体でもいると厄介さが段違いに変わる。
殺し間とでも呼べる銃弾が飛び交う場所へと押し返してるけど、どこまで続くかわからない。
誰かがミスすれば、また均衡はひっくり返るかも。具体的にはこんな風に密集せず、あちこちからゲリラ戦法されるのが一番困る。
――なら……
本格的に倒すしかない。
常に回復を続ける相手だからこそ厄介なんだ。
敵はもう鎧がない、竜血と竜炎を組み合わせたものでしかない。
だったら消すために水属性をぶつければ――
――あ、違う。
レイピアを持ち上げ水属性をまとわせようとして、ほとんど直感的にダメだとわかった。
これに水をかけても、むしろ酷いことになる。
この世で最も高い熱に対してはきっと逆効果だ。なら――
――これだッ!
全身を銃弾に撃ち抜かれながらも、家に向けて拳を振るったそれをを弾き、胸元に刃を付き入れた。
もう痛がる素振りすらない、慣れてしまった様子で反撃を繰り出そうとするけど、それより先に――
――燃えろッ!
可能な限りの、上限を突破する勢いの「火炎魔術」を叩きつける。
その中心から冥さとは別の、魔術の白い炎が吹き上がる。
炎人が、驚いたように跳ねた。
きっと今までに味わっていない感触だった。
その身体を構成する炎を、家のそれで「上書き」した。
そう、あの魔女は言っていた。
倒すには、「消し飛ばす」くらいしかないと。
つまり、消す手段があれば、これは倒せる。
剣先から放たれた炎は敵の冥さをすべて白く焼き、黒焦げの焼死体へと変えた。
燃え残った、人の形だけが残された。
その口から黒煙を吐き出したかと思うと、崩れて落ちた。
灰と化したそこから、もう復活してくる様子はない。
――かなりの魔力が必要だけど、倒せる!
「ん」
デルタは困ったような顔をしていた。
うん、そう、かなりの魔力量がいる。火炎系の魔術を上手く使える人も必要。
やれるのが、家くらいしかいないし、一体一体に対してやるしかない。
――倒せるけど、今あんまり関係なかった……!
残りはまだ30体。一体倒しても端数でしかない。
「なら、こっち」
デルタが気軽な声と共に、地面を蹴った。
なんでも無い動作なのに、轟音と共にクレーターみたいな破壊跡が作成された。
――なにを、って、あ、そっか。
家も真似して剣を振り、その穴と連結するような形で地面を掘った。
ただの縦穴を掘るだけで終わりじゃない、要塞方向に向けても斜め上に広げていく。
そうして不格好ながらも作成されたのは、角度の浅い塹壕だ。
違うのは、塹壕が敵からの攻撃から身を守るものだとしたら、これは逆、銃で狙いやすくするための穴だってこと。
この底へと落とされた場合――
敵からすれば、登るような形になるから速度が落ちる。
城壁上から狙った時、より狙いやすいようになる。
角度がかなり浅いから、身を隠すような場所ができない。
――大切なのは、時間稼ぎ。
そのための構造物だった。
変わらず対処の主力は銃だけど、まだできることがある。
家とデルタはその穴へと炎人たちを放り込む。
触れないようにしなきゃいけないのが大変だけど、大半が手足を回復中の状態だったから、思ったほどじゃない。
「ないす」
――ん?
「上の人達、そう言ってる」
もう叶え終えた人たちの、射手の言葉を伝達してくれたらしい。
バラバラに散らばろうとしていた炎人たちを全部集めた。
攻撃として散発的だったものがひとつを焦点に注がれた。
放射状にばらまかれてた弾丸が一点集中へと変わる。
もう回復力もなにも無かった。
一方的に殺すための空間ができあがっていた。
――あー……
あんまり気分がいいものじゃなかった。
仮にも人の形をしたものが、絶え間ない銃弾にさらされてる。
他の炎人を盾に進もうとしてるけど、あまり成功している様子はなかった。
盾が、すこし脆すぎた。
――銃弾そのものは、なんか「願い」で量産されてるっぽいから、たぶん持つ。
その惨劇から意識をそらしながら、やっぱり家がちゃんと倒した方がいいんじゃないかって考えを一時棚上げにしながら、次にするべきことを考える。
――とりあえずは、均衡状態。今の内に、避難できる人は避難させないと……
外壁からひょっこりと、さっきの誘拐犯が顔を覗かせたけど、慌てたような悲鳴を上げた。
外の炎人たちの様子だけじゃなくて、ドラゴンも見たからだった。
ようやく事態を認識してくれたのはいいけど、腰を抜かしてへたり込むのはどうなんだろうと思う。
「――が、う……!?」
――ん?
怯えながらも、指さしてなにかを叫んでた。
銃声が鳴り響く中で、どうにか聞こえたそれは。
「ドラゴンが、動いたァ!!」
事態がまだ、まったく終わって無いことを教えた。
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