第73話
――ドラゴンって、以前に退治したんじゃなかったの?
「そう一般じゃ言われてるが違えな。本人から直接聞いて、過去の私が日記に書いたのが残ってるが――ドラゴンは「倒せんし、倒れん、無為だ」とか言って帰ったそうだ。英雄と呼ばれた奴は、戦う相手としては最上級に退屈だったみてえだな」
――あんまり攻めてこないのは、傷が残ってるせいだと思ってた。
「それもねえ」
――どうして断言?
「さっき戦ったあの人型だ。身体を貫かれても問題なく動き続けた。血を分け与えられただけのやつですら、それだけのタフさを示した。大本となればもっとだ。これは想像だが、ある種の否定の概念を纏う炎は、きっと「傷がある」って事実すらも燃やすんだろうぜ」
――想像以上にダメな相手だった……
嘆く家を他所に、家主は魔女を片手で指さした。
「おい」
「なんでしょう」
「私が知ってるのは記録だ。文字情報としてそれを知ってるだけにすぎねえ。私の推測に間違いはねえか?」
「どうしてわたくしめにそれを聞くのでしょう?」
「オマエの名前がアガトルだからだ」
――え?
「……」
「かつての英雄、「願い」により皆から忘れられた最強、その代わりとして祭り上げられたのは、オマエだな、魔女」
「……なぜそう思うのでしょうか?」
「ただのカン」
「――もう少しあなたは思慮深いと思っていましたが?」
「さっきの会話で、オマエは英雄のことをバケモノと呼んだ、誰からも忘れられてる奴を、明らかに知っている相手として述べた。そして、弟である英雄はアガトルのことを「その気にさせてたぶらかすのが上手い奴」と評価していた。双方向に評価が一致してるなら、関係者である可能性が高い。だが、まあ、根拠としちゃどっちも薄いな。結局のところはカンって話になる。で、オマエはアガトルか?」
「……知ってどうするのですか」
「オマエの出自になんて興味はねえよ、私の推測が大外れだった場合、オマエが言う所のつまらない結末になる、こっちの選択に成功の目はねえのか、それともわずかでもあるのか、知りたいのはそれだ」
「なるほど――」
しばらく魔女は考え込んでいたけど。
「断言は、どれもできません。わたくしめにできることは推測でしかありません」
「構わねえよ」
「かのドラゴンに傷らしきものは見当たりませんでした。すでに癒えているか、最初から問題としていなかったとするのが妥当でしょう。退屈しやすい性格であるかどうかについては、不明です。ずいぶんと義理堅く人間的な様子が見受けられましたが、かのドラゴンを相手に飽きるまで同じことを繰り返す度胸はありません」
「そっか、したくはねえが感謝しとく」
「わかりました、名をこのような場で広められたことに対し、少しばかり呪ってもかまいませんか?」
「攻撃すんな」
「魔女の感謝となる行動なのですが――」
「ぜってえオマエ自身の感謝じゃねえだろ」
家主は口をへの字にし、魔女はふふふ――と笑っていた。
案外、二人って気が合ってない?
「ねえぞ」
「ありえませんよ?」
……音として表に出してないのに、なぜか二人揃って否定された。
◇ ◇ ◇
家に向け、「願い」が継ぎ足された。
一時間限定だったものの期間が伸びる。
同時に、家自身に対しても「願い」を行使された。
「やるべきことは、耐久だ。そして、あのドラゴンはいつ攻めてくるかわからねえ。いくらか時間稼ぎする必要がある」
――時間を稼いで、どうにかなるの?
「結界を張る」
――結界?
「全天全球全星を模した完全結界だ。ドラゴンだろうがなんだろうが壊せねえ完全遮断の、別世界にも似た環境を作り出す」
――そんなこと、できるの?
「できるらしいな」
――なぜ他人事。
「やるの初めてなんだよ、理屈はわかっても実行はしたことがねえ、だが、当然のことながらバカみたいに時間がかかる、その準備期間を、稼いで欲しい」
――その結界、家が「願い」でやるわけにはいかないの?
「やれればよかったんだろうけどな」
家主は、残念そうに眉を下げていた。
「オマエは基本、知っていることしか達成できねえ、知って学んだことならやれるが、知らねえことを実現化することは無理だ。そして、この結界は秘された星々を含めた全天を模倣する、それを今から教える時間は、さすがにねえ」
――だから、これってこと?
「そうだな」
家の身体は、ほのかに光を放っていた。
手にはレイピア、ぜんたいの格好は、なんかこう王子様っぽい。
「かつての英雄そのままの再現はできねえが、一度は幻出させたものがある。あの騎士の想念をベースに、ドラゴンに対抗できる存在を「願った」結果がそれだ」
――おお……
魔女は、なんかすごく複雑な視線を家に向けていた。
「外の鎧兵も、中の欲の皮突っ張った誘拐犯も、そこにいる魔女も遠くのドラゴンも、何をしてくるか分からねえ。どんな攻撃をしてくるか想像もつかねえ。だが、全部に対処する。すべてを越える」
家主は周囲を示しながら言った。
「ここには、私がいる、オマエらがいる、家がいる、複雑なことは考える必要はねえ、まずは、この夜を越えるぞ」
鼓舞の返答は、家からは聞こえない空気の振動だった。
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