第72話
「状況を整理するぞ」
家主がまだいくらか青い顔のまま言った。
手を打ち鳴らそうとして、片手しかないことに気づいて、景気づけみたいに壁をパン!と鳴らす。
「ドラゴンに目をつけられた。だが、来たのは竜じゃなくて鎧と魔女だった。敷地内に入り込んだ鎧は弾き飛ばしたが、魔女はまだ残ったままだ」
「大変ですね」
「そこの傍観者は黙って観賞してろ。ひと段落ついたからには、ドラゴンが出張るかと思えば、まだ静観したままだ」
――遠くに気配はあるし、隠れてる様子もないから、外を見たらドラゴンの姿くらい見えるかも。
「見たくねえなあ、というか家屋が変形したから窓もろくにねえから確かめられねえ」
――弾き飛ばした後、あの鎧の人たちまた入ろうとしてるけど、今のところは防いでる。
「OK、さすが銃マニアの「願い」だ。敵の嫌がることをよく研究してんな。上手く膠着状態を作り出した。けど、本当にドラゴンは一体なに考えてやがる、目的すらよくわからねえ」
「ひとつよろしいですか?」
「……なんだよ、傍観者」
「情報提供者でもあります。そのような立場からすると、つまらない結末がいちばんつまらない。特に、先程のステージを観賞し、心奪われた人間の欲望が達成されるような事柄は、陳腐極まりない終わり方です」
「それは――」
「ドラゴンが来たと即座に信じる判断の優れた人間ならば、それを行いません。けれど、そのような滅多に起こらないことは起こらないと信じ、己に都合がいいように「判断」をする者は、それを行います」
この場面での、誘拐を――
言葉にしなくても、続きが聞こえた気がした。
けど、いったい誰を?
家に対してじゃない、きっと、もう家が忘れてしまった、認識できない相手――
――家主、ごめん、家からは判別できない!
「状況を読めずに動くからこその馬鹿かッ!」
完全に密閉されてるはずの集中治療室、普通なら来るのにもいくつもの手続きが必要だけど、今はそうじゃなかった。
ものすごい敵がいて絶体絶命だ、ってことを無視すれば、たしかにチャンスではあった。
家も家主も駆け出した。
――なんで人間が人間を得ようとしてるのか、家にはわからない。
「私にだってわからねえよ」
「魔女には分かります」
「なに仲間みてえな顔して付いて来てやがる!」
「主演が動くのであれば、観客も動く必要があるのですよ?」
近いけど遠い、崩れてしまった連結を遠回りして行き着いた先には、戦闘音がしていた。
ドラゴンの尖兵の、あの鎧じゃなかった。
「今行く!」
多人数が防衛戦をしていた。
ドラゴンから防衛しているその最中に。
――なんで、こんなバカみたいなことを……
「宝と判断したものを欲しがるのは、ドラゴンだけじゃねえって話だろ」
言いながら、いつの間にか片手に銃を持ち、そのまま発砲した。
着弾は当たる様子がなかった。壁を削るだけに終る。
人を撃たれるのは嫌だけど、家を削られるのもなんだか妙な気分だ。
格好からしてガードマンっぽい姿をした人たちは、すばやく喚いてる人を抱えて後退した。
見えなくなる終いまで、誰かは大声で「手に入れろ」とか叫んでた。
「追撃するのは……やってる場合じゃねえか、家、アイツらの様子を監視しとけ」
――了解。この付近に近づかせないようにしとく。
「呪いましょうか? 今ならサービスです」
「……いや、やめとく。オマエに感謝したくねえ」
「ふふふふ、葛藤がそこなのですね?」
周囲には、家にはわからない人たちが大勢いるような雰囲気があった。
血は、たぶん出てないけど、争い合った雰囲気がまだ残留してる。
「家、ここに今、誰がいる?」
――ええと、家主達以外だと、家からわかるのは、数人だけ。
「OK、願ってねえ奴、ここに来い。緊急事態だ、家主権限でオマエらに願いを強制的に使ってもらう」
「なんと横暴なのでしょうか」
「うるせえ、言ってる場合か。というかだ――」
家主はギロリと魔女を睨んだ。
「今こうしている会話、あのドラゴンに筒抜けになってねえか? 魔女、オマエを通してだ」
「さて、仮にそうだとしても問題ないのではありませんか」
「なにぃ?」
「かのドラゴンがその気になれば、この場に起きている出来事を見聞きできます。わたくしめから告げ口のように教えることはいたしませんが、この近さで竜の耳目から逃れることは難しい」
「クソが、どっちにしても筒抜けなのは変わらねえじゃねえか」
「さて?」
「仕方ねえ、聞かれてるのを承知の上で話すぞ、とりあえず、私らがやるべきことは持久戦であり時間稼ぎだ。かつての英雄がやったことを、集団で行う」
――ええと、それは……?
いまいちピンときてない家に向けて、家主は嫌そうに言った。
「あのドラゴンには勝てねえ。戦って勝利する目はどこにもねえ。だが、一人の人間が「たかが一万回程度」の攻撃を当てたくらいで撃退できている。つまりな、あのドラゴンは飽きっぽいんだ。同じことの繰り返しを退屈だと感じる。だから、音を上げて戻るまで、ここで堅実でうんざりするような防衛戦を続ける」
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