第71話
まったく躊躇せずに家主が駆け――
「わたくしめは、この場にて戦いません」
けれど、その攻撃よりも先に、魔女は片手を上げて宣言した。
魔女の、言葉だ。
それは家主の残った左手を停止させるくらいの効力があった。
「さすがに自衛のための行動は認めて欲しいところですが、家主と家、あなた方を能動的に害する行動はいたしません、これを魔女の名にかけて誓いましょう」
「……信じると思うか?」
「ええ、信じないでしょうね、それほどお人好しではありません、それもわかっておりますとも」
魔女は気軽に肩をすくめていた。
「それでもなお、誓った言葉は重要です、魂を扱うものが言葉を違えることは許されません。それは己の魂を欺く行為なのですから。自傷に近い愚かさです」
「どこまで関わっていやがる」
遮るように家主が聞いた。
「ドラゴンが来て、襲撃があって、オマエが来る、どう考えても偶然じゃねえな」
「ええ、無論のこと、わたくしめが手引をしました」
「テメエ……」
「わたくしめがこの場所を教え、ヴィガーラを倒したものについての詳細を知らせ、かの尖兵達を主導的に作成いたしました。ええ、たしかに間違いありません」
「完璧な敵が、なに堂々と目の前をうろついていやがる」
「どうしてでしょうね?」
からかうような軽い口調だった。
「なぜだと思われますか? 一体どうしてなのでしょう? どのような勝算があり、いかなる地点を目指しこれを行ったのでしょうか?」
「黙れ」
「いいのですか? その場合、わたくしめが知る情報についても口には致しませんが? ああ、いまこの場を襲う人型の敵はどのような特性があるのでしょうか」
「こんの――」
「ふふふふ……」
ええと、つまるところ、ドラゴンが来たのは、この魔女が原因。
なのにその当人がなぜかこの場にいる……
え、なにこの意味不明の状況。
「ええ、わたくしめは首謀者です、敵対者です、あなた方を最終的には害するものです、しかし、今この時に限れば、ただの有用な情報源です。それもまた確かなのですよ? 叩きのめして手足を切り落とし、思う様に棒で小突いて顔を焼き、野原に晒して情けなくのたうち回る様子を観賞するのは、それからでもいいのでは?」
「やって欲しそうだな、おい」
「それを見る人がいれば、やりがいがあることを認めます。助けたいけど立場としてできない、ああ、果たしてどうしたものかと苦悩する様子を見るのは本望です」
フードを目深に被ったその隙間から、歪んだ笑みが覗いていた。
「……結局、なんでここに来た」
「観賞です」
「はあ?」
――え。
「先程のステージも確かに素晴らしいものでした、しかし、これから起きることも同様にすばらしい。だからこそ、最前線で観賞をしたいのです、そのためであれば、かのドラゴンの不利となる行動も躊躇いません」
割と本気で理解できない行動だった。
自分で攻めておきながら、その不利になるようなことをしている。
「おまえ、もう――」
家主が手で追い払うような動作をして、途中で止めた。
嫌なことに気づいた顔だった。
「ふふふふ、気づきましたか、理解しましたか。ええ、そうです、わたくしめは、別にここから離れても構わないのですよ。しかし、本当にそれでいいのでしょうか? 情報を得られない、というだけでは済みませんよね?」
「最悪だ、コイツ」
「わたくしめを自由に野放しにするか、それとも目の前で監視をするか、提示しているのはその選択です」
両手を軽く合わせ、こてんと倒しながら言う。
「もちろん、この場にいる限り先程の宣言は有効ですよ? 積極的に害する行為はいたしません。ただ観覧だけを続けますとも!」
家主が苦虫を多量に噛み潰したような顔をしていた。
自由にさせたくないけど、近くにいてほしくもない相手。
というか、下手にちょっかいをかけるのも怖い敵だ。
積極的に敵対しないって宣言したけど、ちゃんと自衛するとも言っている。
下手な攻撃は逆効果。家側からの約束破りみたいな形になるから、どんな不都合が起きるかわからない。
それでも一撃で倒してしまえば……
いや、ダメだ。
きっとそれも考えてる。
それを予想した上で、それが起きるかもしれないと思った上で、目の前にあらわれてる。
――なに選んでも、家達の不利になってない、これ……
「そんなことはありませんよ?」
「コイツ、今すぐ叩き出してえ……」
「追い払われてしまった場合、わたくしめは悲しくて切なくて、ついつい無差別に呪ってしまうかもしれません」
寮生や観客を人質に取られた格好だった。
◇ ◇ ◇
「今現在、この家の敷地内より放り出された兵たちは、先程も申しましたがわたくしめが作成したものではありますが同時にかのドラゴンの協力の元に達成された成果でもあります」
「それはわかってるよ」
「ふふふ、いち早く体験したようですね? ざまあみなさい」
「内心がもれてんぞ」
「失礼、彼らがその炎で即座に燃やされ消えぬ理由は、その血にあります」
「血? まさか――」
「ええ、丹精込めて作成した彼らに、竜血を混ぜ込み強化いたしました。外部を竜鱗で覆い、内部を竜炎にて可動させ、それを竜血にて継続させたのです、彼らは言うなれば人型の竜とも呼べます、戦闘思考(ルーティーン)しか中身はありませんが、そう簡単に倒せるとは考えぬ方がいいでしょう」
「うっわ……」
――あー……
想定の五倍くらい厄介だった。
いま家は、30体以上の小型ドラゴンに攻め込まれてる、ってことだ。
「硬い装甲はたいていの攻撃を弾きます、まだ慣れていないようですが、時間が経つほどに内部のエネルギー源を有効活用することでしょう、また、仮に致命となる攻撃を与えたところで、内部の炎が吹き出し傷を燃やします、竜血の染み込んだ部分のみを可動させ、余分なものを失ったために、より早く、また強くなることでしょう」
「……倒す手段は?」
「一気に消し飛ばすくらいでしょうね」
「近接戦闘者の全否定じゃねえか」
――ええと、前にドラゴンを倒した人とかいたんじゃなかったっけ?
「あー、それは」
「あのバケモノですか」
――え。
「前も言ったがな、避けて攻撃した」
――でもそれは……
「参考にはなりませんよ、アレは」
「私も聞いただけだがな。避けて当てる、ってのをやったのは、一度や二度じゃねえんだ、百や二百、下手すりゃ千や万を越える回数繰り返した。それこそ、ドラゴンが音を上げるまでな」
規格外すぎて参考にならなかった。
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