第70話

家全体の形が変わる、防衛のために、ここにいる人達を損なうものを排除するために、最適の形状へと組み変わる。

床が、壁が、柱や扉や何もかもが動く中――


「逃さねえよ!」


状況の変化を察知し遠ざかる敵に向け、家主はダッシュした。

その腕に結節球を何個も纏わりつかせ、透明で鋭い刃を形作る。


鎧われた敵が放つ蹴り、それを最短の動きでかい潜り――


「シッ!」


過たず一撃で貫いた。

硬い装甲を破壊し、その胸中央へと突き刺さる。

最硬度の魔術刃は砕け、手刀は敵を貫通し、敵は驚いたように痙攣した。


間違いなく、致命傷。

まずは敵を一体排除できた――


「は……!?」


わけじゃなかった。


顔は覆われてるはずなのに、壮絶に笑った顔が見えた気がした。

貫いたその傷から、チロチロと燃えるものが覗いたかと思うと、あっと今に火柱になった。

ただの炎じゃない、黒い――いや、冥(くら)い炎だ。

喪わせるための熱。喪失させる属性だと、直感的にわかる。


「ぐっ」


家主は急いで引き抜くけど、その腕は冥い炎に覆われていた。

刻一刻と、焼けている。

徐々に存在が喪われて行く。


「この――!」

――家主!?


残った左手で結節球を操作、無秩序に燃え広がろうとする炎を右腕だけに集積させる。


「悪い、銃で頼む!」


了解、という言葉が薄く聞こえて、轟音が響き、家主の腕が吹っ飛んだ。

キレイに燃えた部分だけを吹き飛ばす一撃。

千切れて飛んだ腕は、落下の合間にも燃焼を続け、落ちる頃には完全に焼失していた。危機一髪だった。


けど、まだ解決したわけじゃなかった。


敵の人型は、もう完全に冥い炎に覆われていた。

鎧の人から炎の人になったのに、家主の腕はあっという間に燃えて消えたのに、まだその胸には大穴が空いて炎をこぼしているのに――

まるで問題ないように、前と変わらない動きで接近した。

最初はゆっくり、やがて全力疾走で。

消しようのない炎を纏ったまま。


――あっちいけ!


家を変えている最中なのを利用して、横から動かした壁で吹き飛ばした。

冥い炎が衝突による錐揉みで吹き飛び遠くへ行った。左壁に当たるより先にドアみたいに開けて、飛距離を稼ぐ。少なくとも建物外までは行ったはず。


「悪い、助かった。けど、なんだ、これ――」

――家主、止血を!

「ああ、もうやってるが――ダメだな、いくらか削れた」

――そりゃ見ればわかるって。

「違う、私の魂が削られた」

――え。

「コイツら竜炎で、魂を燃やす熱で可動してやがる、こりゃ下手に倒すこともできねえぞ……」



  ◇ ◇ ◇



いま家にいるお客さんはあっちこっちに散らばらず、だいたい同じところにいた。

ステージ公演が終わっても中央ステージにいる人が大半だ。


お陰で遠慮なく形を変えることができる。

入り込んだ鎧を、さっきと同じ要領で吹き飛ばし、家の範囲の外へと押しやりながら、家そのものを装甲化する。

戦い耐えるための構造に変える。

城壁と備え付けの重火器を設置する。


――竜炎で動くって、そんなことできるの?

「わかんねえ。だが、胸に大穴開けてそこから炎が吹き出たんだ、それを動力源にしてると思うのが妥当だろ」

――うわあ……

「幸い、と言っていいのか分からんが、ある程度は炎としての特性もある。火炎操作をある程度は受け付ける。まあ、好き放題に打ち返せるほどじゃなさそうだけどな」


もしそれができたら、家主の右腕は無事だった。

家としては悔しさと、口惜しさしかない。


もし家にドラゴンが来たら、どうするか?

昔から思っていたのに、そのために強くなろうと考えてたのに、結局答えは「寮生の願い頼り」だ。

家自身は、何もできない。


「なあ」


うつむく家に向け、家主がやけに真剣に言った。


「私がこの竜炎にやられるのは、不味い。転生ですらないただの終わりだ。そうなるより前に、まあ、頼むな?」


無くなった右腕を示しながらの言葉だった。

つまるところ、「そうなるよりも先に殺してくれ」と言っているのだ、この家主は。


家としては不満しかない。

そんなことは考えたくもない。


だけど、隣の誰かは、ポルターガイストの人は、頷いたような気配があった。

同時に、なにかを言ってもいた。


「へへ、悪いな。というか、確かにそうだな、あの炎に巻かれたら、私に限らず誰であってもトドメを刺すべきだ。魂ごと消えるより先に殺さなきゃいけねえ……言っててなんだが、本当に胸糞悪い話だな」

――家は納得しかねる。

「あー……」

――なに?

「悪いな、たぶんだけどな、マジでどっちかに頼むことになる。そん時は、ためらわないでくれ、それは私自身の望みだ」

――うぅ……

「そうならんように努力はする。だけど、さすがに相手が相手だ」


ドラゴンが災厄扱いされるのも納得だった。

ただの敗北だけで話が済まない。


ここが本格的な戦場になるより前に、寮生のみんなは逃さなきゃダメだ。


「非戦闘員を逃しても、まあ、私らは動けんか」

――家は、家だし。


昔からここに根を張っている。

そう簡単に動けないし、動かない。


――それに、もし逃げても、そのまま追いかけられるような気がする。

「最上級に厄介なファンがついたな?」

――ストーカーを嫌がる人の気持ちがはじめてわかった。


家としては人間に好かれることは良いことだと思ってたけど、迷惑になることもあるみたいだ。

できればどっか遠くに行くべきなんだろうけど、逃げる家屋と追うドラゴンの様子は、想像だけでも大惨事だった。


「チタナの奴も含めて、ここで持久戦をするしかねえか……?」

「そう上手く行くでしょうか」


別の方向からの声が聞こえた。

聞いた覚えがあった。

ここで聞くべきじゃない人だった。


「わたくしめも予想しておりませんでしたが、かの者に一度目をつけられたなら、そう安々と諦めることはないでしょう。宝と定められ、評価されたことは、神から呪われるのに等しい艱難であると思われます」


目深に被ったフード、わずかに見える唇。

うっすらと笑うその様子。


魔女だった。

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