第68話 八章エピローグ
最初の一曲と、二人で歌った一曲と、空で歌った曲。
たったの三曲だけで終わったステージだった。
それだけで、もう限界だった。
終わる曲に導かれるように下降して、地面に着く。
とん、とつま先が付いて、地面に触れる。
ピンヒールはいつの間にか脱げてどっか行ってたけど、履いたままなら転がってたかも。
ああ、直立って、こんなに疲れる行動だったっけ?
最後の音が鳴らされ、曲が完全に終わり、暗転する。
同時にもう限界だった、身体の自由が効かない。
地面に引き寄せられるように、倒れた。
きっと、そうやって倒れた音は、会場中に響いた。
それだけ、曲が終わった直後に音はなかった。
完全な静寂の中で、その転倒音だけがした。
――だ、だいじょうぶ……
手を振って言おうとするけど、上手くいかない。
慌てて駆けつける人たちより先に、
「……イベント事と急患、いつの間にセットになってんだよ」
そんな家主の声がして、無理にぐいっと引きずり込まれて、別の場所へと移された。
◇ ◇ ◇
家としては、仮想体に無理をさせすぎて一時的なオーバーヒート状態。
家自身の意識は、うん、ふわふわしてるけど大丈夫ではあった。
何時間か、ちょっとだけ意識が途切れただけで。
身体だけが、緊急治療施設に放り込まれて調整されてる。
焼き尽くされそうになった身体のあちこちを治して癒やされてる。
別の人も同時に入院して、こっちはもっと酷いことになってるみたいだったけど、命の危険とまでは行ってないみたいだ。
「無駄に頑丈だな、てーか、あんな状態になってるのにまだ笑ってんの気色悪い」とか家主は言ってた。
会場は、すべてが終わった後のその場所では、まだ観客の何割かが残っていた。
素直に戻った人ももちろんいたけど、心ここにあらずという風に空を見上げて、ポカンとしたままの人たちもいる。
ある程度の時間が経ったら、お茶とか毛布とかを配ろうかなと思う。
ミニ機構体でやるつもりだから、さっきまでの、その視線の先で踊っていた同一家物だとはバレないはず。
「まあ、上手く行ったみてえだが、なんかやりすぎじゃねえかなあ」
――どういうこと?
「この家を狙って、というか、あのアイドルとオマエを狙って争いとか起きるぞ、これ」
――またまた。
「いや、冗談言ってるつもりはねえよ」
その辺りはよくわからなかった。
家としては、うん、ステージが上手く行っただけで。
憧れていたものに、少しでも近づけただけで、大満足だ。
「……長かったんだよ」
――なにが?
「家、オマエは聞いてないみてえだが、歌い終わって誰もいなくなったステージに向けて、馬鹿みたいに盛大な拍手やら歓声やらが響いてた。ずっといつまでも止まらなかった。あれ、暴動が起きねえで終わったのが奇跡だぞ」
――そういえば、アンコールとかって、こういう場合にはやるものなんだっけ?
それは悪いことをしたなあ、と思う。
「そういう問題じゃねえ、というか、そういう普段通りを求めるような奴は、たぶんあの場にはいなかった」
ーーえ、家、アイドルやれてなかった?
「OK、家、オマエが事態を正しく理解してねえことは把握した」
――失敬な。
分かっている、そのはず。
だから明日も、みんなに朝ごはんを作る。
「それやったらマジの争奪戦が起きるからやめろ」
――なぜ!?
「絶対に、やめろ」
理由不明で、意味不明の謹慎だった。
家、なんにも悪いことしてないのに……
「しばらく大人しくしとけ。まあ、大人しくしてたら解決するか、って言うと怪しいけどな」
ーーえー……
すこししょんぼりしていると、呼吸音が聞こえた。
感に堪えない、そんな雰囲気の音だった。
たしかに感動をしたと、家にもわかるくらいのーー
ーーえ。
それは、もちろん家がやったわけじゃなかった、この周りの人たちの誰かじゃない。
そもそも、人間の声じゃ、ない。
『なるほどーー』
それは、言った。
いつの間にか注目していた存在がいた。
近くじゃない、もっと遠く、彼方から。
それはきっと、隠れているつもりもなかった。
『これは、宝だ』
格上の、圧倒的な力を持つものが、さっきのあのステージを見て、そう評価していた。
何もかもを焼き尽くすような、熱を秘めた声で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます